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.国際  投稿日:2019/5/7

米中合意限定的なものになる


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2019 #19」

2019年5月6日-5月12日

【まとめ】

・トランプ氏、脅迫まがいの米中貿易交渉。

・米中合意は「一時的、限定的、表面的」なものになるだろう。

・「力による外交」を理解するイランは、米の発表にどう対応するか。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=45686でお読みください。】

 

先週末、またまた米大統領が驚くべきツイートを行ったので、今回は米中貿易交渉を取り上げたい。「金曜日(10日)に中国産品2000億ドル分に対する関税を10%から25%に」、「他の中国産品3250億ドル分も近く25%の関税を課す」、「対中貿易交渉は続くが、あまりに遅い」とやった。既に、各国の株式市場は軒並み値を下げている。

米紙は「中国が劉鶴訪米の中止を検討中」、「中国はトランプ氏のツイートに驚いており」「脅迫の下で交渉することを望まない」と報じた。劉鶴副首相は予定通り訪米するかと問われれば、本稿執筆時点でその可能性は低いだろう。トランプ氏の脅迫まがいのツイートは交渉上有効な戦術かと聞かれれば、それは逆効果だと思う。

一方、現時点で予想される米中合意の概要は、知的財産権保護の強化、自動車や金融分野で市場アクセス拡大、人民元管理の透明性拡大、大豆、天然ガスなど米国産品の大規模購入、クラウドサービス米企業の中国内での独立営業などだが、中国は関税解除の時期と態様に、米国は合意の効果的実施確保措置に関心がある

詳細は今週のジャパンタイムスに英語版を、日経ビジネスオンラインに日本語版を寄稿したのでご一読願いたい。要するにトランプ氏の「交渉上の梃子」への過信と中国人の「面子を守る」性格の強さが相まって、米中交渉の先行きは極めて不透明ということ。米中合意は「一時的、限定的、表面的」なものにならざるを得ないだろう。

もう一つ、重要な動きがある。5日。ボルトン国家安全保障担当大統領補佐官が「イランによる数々の挑発的言動」に対応するため、空母打撃群と爆撃部隊を中東に派遣すると発表した。同補佐官は空母派遣によって「米国や同盟国の権益を攻撃すれば容赦なく実力を行使するという、明確なメッセージをイランに送る」と述べたそうだ。

▲写真 ボルトン国家安全保障担当大統領補佐官 出典:Flickr; Gage Skidmore

中東に空母打撃軍が派遣されるのは日常茶飯事で、中東問題のプロには何がニュースなのか良くわからないが、ボルトン氏が「米軍は、イランの革命防衛隊であれ通常のイラン軍であれ、いかなる攻撃にも対処する万全の準備を整えている」とわざわざ発表したこと自体、米国が中東での最近のイランの動きを重大視している証拠だ。

筆者の見立ては簡単。米国は後述するハマースの対イスラエルロケット攻撃の裏にイランがいると見ており、イランに「これ以上のイスラエル攻撃はレッドラインだ」と伝えているのだと思う。イランは、イラクのサダム・フセインなどとは異なり、「力による外交」を正確に理解する国であり、ガザにおけるロケット攻撃は下火になるはずだ。 

▲写真 ガザ地区から発射されたロケットを迎撃するアシュドッドのアイアンドームシステム(イメージ写真) 出典:Flickr; Israel Defense Forces

 

〇アジア

先週4日に北朝鮮が飛翔体を発射、具体的には短距離弾道ミサイルなどのようだ。それにしても、これをミサイルと呼ばないのは理解に苦しむ。大陸間弾道弾や中距離でないとしても、ミサイル以外は考えにくいだろう。それでも米国務長官は「米国や韓国、日本にとって脅威ではなかった」とし、北朝鮮への批判を避けたそうだ。

同長官は米朝交渉の継続にも意欲を示したようで、「完全で検証可能な非核化に向けた道のりは遠い」が、「我々はまだ前へと進む道があると信じている」とも述べたらしい。米国の対北朝鮮関係は相変わらずのようだ。何の根拠もないが、そろそろ日本も動き始める時期なのだろうな、と思う。

 

欧州・ロシア

3日、米露首脳電話会談が行われ、米露に加え中国が参加する新たな核軍縮協定の可能性や、北朝鮮の非核化に向けた取り組み、ベネズエラ情勢などについて1時間以上協議したそうだ。米国では特別検察官の報告書の関連で、トランプ氏がロシアの米国大統領選挙介入につきプーチン大統領に抗議しなかったことが批判されている。

▲写真 プーチン大統領とトランプ大統領 出典:ロシア大統領府

また、両首脳はベネズエラ情勢についても協議、トランプ氏が救援物質の国内搬入を望むと述べたのに対し、プーチン大統領は「ベネズエラの内政に干渉すれば、政治的解決に向けた道は閉ざされる」と伝えたという。少なくとも今回は様々な問題で米露両国首脳がまともな会談を行ったように見える。これって昔は当たり前だったのだが。

 

〇中東

 5月5日からイスラム教のラマダン月が始まったが、ガザ地区でハマースなどが4日以降、イスラエルに向けてロケット弾600発以上を発射、イスラエル側に4人死者が出た。対するイスラエル軍はハマスなどの軍事関連施設約260カ所を空爆し、民間人を含む23人が死亡したという。

イスラエル軍は空爆を続けるとしており、被害が拡大する恐れもあると報じられているが、筆者は別の見方をする。ハマースが600発ものロケット弾を何故持っているのか。イランの革命防衛隊の支援がなければあり得ないと考えるのが普通だろう。されば、前述のボルトン発言はイラン経由ハマースへのメッセージである。

 

〇南北アメリカ

現在米議会にはイランゲートのモラー特別検察官に公聴会で宣誓証言させようとする動きがあり注目されている。当初、大統領は特別検察官の証言について「司法省に任せる」としていたが、月曜日になり「証言には反対する」と態度を豹変させたことが再び話題となっている。まあ、トランプ氏の豹変は毎度のことで驚くには当たらないが。

▲写真 モラー特別検察官(左) 出典:FBI

 

〇インド亜大陸

今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きはキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

トップ写真:2017年 G20 Summit 出典:Flickr; The White House


この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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