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.国際  投稿日:2019/5/21

米・イラン、言葉の戦争激化


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2019 #21」

2019年5月20日-26日

【まとめ】

・米国とイランの「言葉の戦争」エスカレート。

・米対イラン挑発は現実超えた誇張の産物

・正統派の中東政策はもう戻ってこないだろう。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=45859でお読みください。】

 

先週末から米国とイランの「言葉の戦争」がエスカレートしている。先々週、米国は「明確なメッセージを送る」ため、空母打撃群と爆撃機部隊を中東に派遣した。先週もサウジアラビアとUAEが複数の原油タンカーに対する「破壊行為」を公表するなど、イランの関与を示唆する報道が続いた。でも、これって、ちょっと異常ではないか。

同盟国間でも意見は割れた。当初英軍関係者は「イランの脅威増大」を否定していたが、英政府関係者は別の見解を発表している。米国政府内でも、トランプ氏が「戦争は望まない」とする一方で、ボルトン補佐官やポンペイオ国務長官は引き続きイランを厳しく批判している。一体何が起きているのか、一体誰を信じたら良いのか。

そんな折、先週末トランプ氏は態度を一変させ、「アメリカと戦う気なら、イランは正式に終わりだ」 「2度とアメリカを脅迫するな!」などとツイートした。トランプ氏は同日バグダッドにある米大使館付近にロケット砲弾が撃ち込まれたことに激怒したというのだが、おいおい、この程度で“official end of Iran”とはやや大袈裟ではないか。

▲Donald Trump twitter

報道によればロケット弾は大使館から約1.6キロも離れた地点に着弾したという。米国は「イラク国内でイランの支援を受けるシーア派民兵組織による犯行」との見方を強めているそうだ。でも、それがどうした?米国大使館に近い、昔「グリーンゾーン」と呼ばれた地域に対するロケット砲攻撃なんて日常茶飯事だった。一体何を騒いでいるのか。

▲写真 バグダッドにあるグリーンゾーン 出典:Wikimedia Commons; Bobsmith040689

筆者が同地域で勤務したのは15年も前の話だが、当時からイラク国内におけるイランの影響力は圧倒的であり、特に有力なイラク・シーア派武装集団でイランの支援を受けていない組織など殆どないはずだ。米国がイランを脱兎のごとく忌み嫌うのは自由だが、最近の米国による対イラン挑発は現実を超えた誇張の産物ではないのか。

やはり、ここで求められるのは冷静な視点だろう。今イランが米国と戦争して勝てると思うだろうか。ここでイランが米国の挑発に安易に反応し米国を攻撃すれば、それこそ米国内の反イラン勢力の思う壺ではないか。米国内では、「2003年のイラク核兵器開発疑惑に似ている」との指摘もあるが、今回は明らかにそれ以下の茶番である。

しかし、イランが中東各地の反米勢力に有形無形の支援を与えていることは否定できない。中にはイランからの強い圧力や説得にもかかわらず、対米攻撃を実行してしまいそうな間抜け集団もいるだろう。されば、米国の反イラン勢力の「ベタな挑発」も案外効果的ということか。それでも、常識的には「今後何も起きない」と考えるべきだ。

 

〇 アジア

先週末の豪州総選挙で再び主要メディアの予測が外れた。ロイターは、「与党保守連合が予想に反して勝利したため、最大勢力の自由党を率いるモリソン首相の党内基盤は強まり、長期安定政権への道が開けた可能性がある」と報じたが、本当に「奇跡」の勝利だったのか。日米豪の連携維持という点で変化がないことは良かったが・・。

▲写真 スコット・モリソン首相 出典:Wikimedia Commons; Clrdms

〇 欧州・ロシア

今週23日から26日に欧州議会選挙がある。EU離脱問題を抱える英国の議会とは異なり、その結果が直ちにEUの方向性を変える訳ではなかろう。だが、最大の焦点はEU国際主義と個別主権国家主義との対立であり、その意味で各国「極右」政党の伸びを懸念する向きもある。

しかし、EU議会の争点は、EU予算、気候変動、難民問題など多岐にわたる。ここで多数を占めたからといって、ただちにEUの政策が急変する可能性は低い。その実態は「たかがEU議会選挙、されどEU議会選挙」、ということなのかもしれない。戦後の欧州の大実験は結局失敗に終わるのか。今回そのヒントを知ることは可能だろう。

 

〇 中東

中東関係ニュースはイラン絡みのものが圧倒的に多いが、先週米国の中東専門家の友人とゆっくり朝食を共にしてその理由が見えてきた。誤解を恐れずに極論するが、一言で言えば、彼や筆者が慣れ親しんできた古き良き中東和平プロセス」を中心とする正統派の中東政策はもう永遠に戻ってこないということなのだろう。

パレスチナ側がPLOハマースに分裂し、イランがハマースに対する関与・支援を深めたため、中東和平プロセスは事実上頓挫しつつある。本来はパレスチナ問題が中東問題の本質であるべきなのに、分裂と混乱を続けるパレスチナ・アラブ陣営はそうした己の優位を十分生かし切れていない。

イスラエルの強硬派にとって、西岸ガザの占領を恒久化する最良の方法はイランの脅威を前面に出し、その問題解決に焦点を当てることで、中東和平プロセスを実質的に先送りさせることだ。その意味でクシュナー大統領娘婿のような素人が事実上中東政策の責任者となることは各国強硬派にとって「願ったり叶ったり」なのである。

▲写真 ジャレッド・クシュナー上級顧問 出典:Flickr; Chairman of the Joint Chiefs of Staff

 

〇 南北アメリカ

米与党共和党下院議員がロシア疑惑につき「トランプ大統領は弾劾され得る行為に及んだ」とツイッターに投稿したという。ロシア疑惑で共和党議員が大統領弾劾に言及したのは珍しい。この人、よほどトランプが嫌いか、選挙に強いか、もしくはその両方なのだろう。だが、こうした動きが直ちに共和党内で雪崩を起こす可能性は低い。

 

〇 インド亜大陸

インドの下院総選挙は23日に開票されるが、出口調査ではモディ首相率いる与党が優勢だという。来週はインドを詳しく取り上げることとし、今週はこのくらいにしておこう。

いつものとおり、この続きはキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

トップ写真:トランプ大統領 出典:Flickr; Gage Skidmore


この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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