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.国際  投稿日:2019/6/4

NHK天安門事件解説の不謹慎


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視 」

【まとめ】

NHKの番組が天安門事件をカリカチュア化して放送。

・番組で惨劇への鎮魂や追悼の姿勢一切見られず。

・民主主義や人道主義に基づく非難や糾弾も感じさせず。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て見ることができません。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=46114でお読み下さい。】

 

日本の各メディアでは天安門事件30周年の回顧報道が盛んである。1989年6月4日、北京中央の天安門広場で起きた中国人多数への大弾圧、そして大規模な殺戮は世界を揺るがせ、当事者の中国共産党政権はその全面的な隠蔽をいまも続けるのだから、その検証の報道が必要なことは自明だろう。

この大事件は民主主義の弾圧であると同時に多数の人間が命を奪われた痛ましい悲劇だった。だからその事件を回顧するにあたってはまずは死者への追悼だろう。その意味では天安門事件の記念というのは生きている人間が殺された人間の霊を悼む厳粛な儀式でもある。

▲写真 ワシントンD.C.で天安門事件の19周年を記念して行われた写真展(2008年) 出典:Flickr; David

ところがこの6月2日夕方、NHKのテレビ番組をみて、唖然とし、憤慨を感じた。天安門事件をアニメふうに戯画化して、登場するタレントふうの若者たちにゲラゲラと大笑いさせていたのだ。NHK総合1午後6時05分~ 午後6時42分これでわかった!世界のいま 天安門事件から30当時の学生たちはいま」という番組だった。

▲写真 「これでわかった!世界のいま」出典:NHKホームページ

国際的な出来事など時事問題を子供たちにわかりやすく説明するという趣旨の番組である。だからある程度の軽いタッチはやむをえないだろう。だがそれにしても虐殺された多数の中国人男女の霊への配慮をあまりに無視するアプローチだった。

番組では中国政府をドラゴンにたとえたアニメふうキャラクターが何度も何度も登場する。解説役のNHK記者が自分の子供らしい3人を引き連れて、「64」という小旗を掲げて、ピクニックふうに行進する。小学生の一行が事件とは無関係のその小旗を持って、天安門広場に見学に行ったら、当局側からその旗を奪われたという経緯が笑い話のように語られていた

さらに中国政府を表わすドラゴンが急に爆発するかのように音響を発する。弾圧が起きたという意味なのかもしれないが、スタジオのタレントたちは、「キャー」とか「ワハハハ」という反応だった。要するに数えきれないほどの人間が生命を奪われたあの事件をおもしろおかしな出来事のようにカリカチュア化していたのだ。

同番組の後半では天安門事件で民主化に同調したかつての若者たちの現状を紹介もしていた。だが実際の生身の人間が貴重な命を不当に奪われたという人間的悲劇、人道主義上の惨劇への鎮魂や追悼という姿勢はまったくうかがわれなかった。多数の人間の命を奪った側の中国共産党政権はいまにいたるまでその非を認めず、死者の数も含めて、事件全体を隠しとおそうとしている。このNHK番組はその点での民主主義や人道主義に基づく非難や糾弾もツユほども感じさせなかった。

番組の紹介には「学生らの運動が武力で鎮圧され多くの死者が出た天安門事件。今も中国最大のタブーとして事件の情報は隠されている。関係者の証言で当時を振り返りつつ今の中国を読み解く」という記述もあった。だが実際の番組では出演者たちは一貫して、いわゆる軽いノリ、笑いをもらしながらの対応が目立った。

一方、私は民間の「チャンネル桜」というテレビグループの天安門事件30周年を語る番組に招かれた。6月1日に放映された3時間もの討論番組だった。7人ほどの中国や米中関係の専門家たちの討論だった。

その一人が著名な中国研究者の石平氏だった。天安門事件にも直接にかかわった中国での民主活動家で、いまは日本国籍を取得している。この討論のはじめの部分で他の討論者が当時の天安門広場の拡大地図をみせて、抗議集会参加者の集まりぐあいと、人民解放軍部隊の乱入と攻撃の様子を再現した。

▲写真 中国人民解放軍の59式戦車 出典:Wikimedia Commons; Max Smith

するとそれまで意見をときおり述べていた石平氏が突然、沈黙してしまった。私の向かい側に座っていた彼をついじっとみると、彼は必死で涙をこらえているのだった。だが大粒の涙がどっとこぼれた。そして石平氏は顔を伏せ、頭を抱えて、声を抑えながら、しばらく泣いていた。明らかに当時の同志や友人たちが殺された模様を思い出し、悲しみに襲われていたのだ。私はこれこそが天安門事件の被害者側の反応なのだと実感した。

トップ写真:天安門 出典:Wikimedia Commons; 张瑜


この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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