無料会員募集中
.国際  投稿日:2019/6/13

仏人IS戦闘員死刑判決で論議


Ulala(ライター・ブロガー)

フランス Ulala の視点」

【まとめ】

・死刑反対の仏で起こった「仏人ジハード戦闘員に対する死刑問題」。

・かつて死刑に賛成だった仏が死刑廃止に傾いた道徳的・政治的理由。

・死刑廃止という理念の中、大きくなる死刑賛成の声。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て見ることができません。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=46255でお読み下さい。】

 

イスラム過激派組織「イスラム国IS」に参加したフランス人11人が、イラクの裁判所で裁かれ死刑判決を受けたが、フランスでは現在、意見が大きく割れている。「死刑に反対のため救出を唱える声」と「現地で裁かれるのは当然だとする声」だ。そしてフランス国民の大半は、彼らの帰国を望んでいない。

今年2月25日、フランス、パリでイラクのバルハム・サレハ大統領とエマニュエル・マクロン大統領との会談が行われた。会談終了後の記者会見では、シリアでジハード戦闘員として戦闘中に拘束されたフランス国籍の13人の裁判を、イラクで行うことが発表された。またマクロン大統領もかねてから発言していた通り、イラク側に引き渡されたフランス人ジハード戦闘員らは「イラクの法に基づいて裁かれるべきだ」と述べた上、ただし、死刑を宣告された場合は、終身刑への減刑を要求していくとしたのだ。

▲写真 バルハム・サレハ大統領 出典:U.S. Department of Defence

フランス政府の立ち位置は一貫している。「外国で犯した罪は、犯した国で現地の法に基づいて裁かれるべきだ」としている。これは日産自動車元会長、カルロス・ゴーン被告においても同じ態度であったことは記憶に新しい。

しかしながら、今回ここで問題になるのは、フランスが死刑に反対しているのに対し、イラクでは死刑制度が存在していることだ。しかも、今までもイラク内で拘束された外国人戦闘員ら数百人に対して、重い判決を言い渡されてきており、今回も死刑判決が下りる可能性があった。そして予想通りフランス人のジハード戦闘員たちには次々と死刑判決が下されていったのだ。

そこで、45人の弁護士がフランス政府に対して抗議文を、ネット版のフランスニュースメディア FranceInfo.frに掲載した。要約すると「イラクでフランス国民の死刑執行されるのを認めたり、また彼らの宣告を承認すること自体が死刑廃止が宣言されているフランスの憲法に背くことになる。よって、正しく裁判が行われるフランスにて裁判を行うべきだ。」と言う内容だ。

あれほど死刑に反対すると言っていたフランスであり、多少の反対者がいても、この弁護士らのように当然死刑回避を望む声が大きいと思いきや、実際は、この弁護士の「フランスで裁判を行う論」に賛同するフランス国民は少なく、ノーを突き付ける国民の方が多かったのだ。

例えば、LeFigaroのライブ放送中に行われたアンケートでは84%がノーと答えておりRMCの討論では、弁護士たちの意見に反対する発言者に大きな拍手が送られている。

また、他にも、「イラクで裁かれるべきか」という内容のネット上のアンケート結果では、13567投票のうち、87%が賛成とされているのだ(注:この記事を書いている時点)。しかも、このアンケートは特にタイトルがとてもダイレクトなのが目を引く。「フランスのジハード主義者に対する死刑:あなたはどう思いますか?」となっており、「イラクで裁かれる=死刑と捉えるようにも解釈できる。

実際に、強固に死刑に反対していると言うイメージがあるフランスなのにもかかわらず、死刑との結果がでることを知りながらも、多くの国民がイラクで裁かれることに賛成していることに驚きを隠せない。

しかしながら、現在でこそ死刑反対に強固な姿勢を取るフランスではあるが、実は、西欧諸国でも死刑執行に熱心だった過去がある。1939年まで公開処刑を行っていたぐらい死刑は日常の一部だっだ。しかし、他のヨーロッパが次々と死刑反対に切り替わっていく中、「世論の理解を待っていたのでは遅すぎる」と1981年に就任した社会党のフランソワ・ミッテラン大統領が死刑廃止を提案し決定した。この結果西ヨーロッパで一番最後ではあるが、死刑廃止をした国となった経緯がある。

▲写真 フランソワ・ミッテラン大統領 出典:Wikimedia; Jacques PAILLETTE

だが、決定した4年後の1985年においても65%の国民が死刑に賛成しているという状態で、死刑反対の割合が上回るのは1999年にすぎず、死刑廃止決定後も、長い間、多くの国民の死刑賛成と言う意見は変わらなかったのだ。その後、紆余曲折を経て、2007年、第5共和国憲法に死刑の廃止が明記されることになり、これでフランスで死刑が行われることが完全になくなった

フランスの憲法にわざわざ死刑廃止を明記した理由は3つあった。一つは、死刑廃止各国が協調して加盟、または批准している国際諸条約にフランスが参加する必要があるということ。しかしもっとも重要だったのは、死刑を復活してはならないという道徳的な理由であり、政治的な理由だ。

道徳的な理由としては、「すべての人間の生命に対する権利は、法律によって保護される。何人も、故意に、その生命を奪われない」とする、生命に対する価値の肯定を「憲法的価値」に置き換え死刑廃止を唱えること。

また、政治的な理由としては、1981年の死刑廃止してもなお、フランス政治では、死刑復活が主張されてきた。特に、2001年9月11日以降のテロ首謀者に対する死刑の復活が議員立法案として国会に提出された際には、47人という数多くの国会議員がその法案に賛同し、共同提出者として名を連ねた。こうした動きに対して、死刑廃止を憲法的価値とすることによって、「国家として死刑を行わない」ということを示す必要があったのだ。

このように、フランスでは、死刑賛成の世論が大きい中、死刑廃止という理念をまずはじめに制定し、世論の方を変えて来た。しかし、現在その努力もむなしく、テロが頻発するようになった結果、死刑賛成の国民が増え始めている現実に直面している。

ついに2015年には、52%のフランス人が死刑制度を復活すべきであると答えており、死刑賛成派が反対派を上回ったのだ。それは2015年11月に起こった「パリ同時多発テロ」が影響した。130人が死亡、300人以上が負傷したテロであるが、実行犯グループの中で唯一生存しているサラ・アブデスラム被告の精神状態が悪化したことを受けて、収監されている刑務所が処遇を改善したことが判明し、世論が反発したのである。

それでも、またその後は少しは情勢が落ち着き、2018年では死刑賛成派は49%と多少減少したものの、そんなテロの影響で死刑賛成派が増加している真っ只中、今回のジハード戦闘員の裁判の話となったのだ。

LeFigaroとFranceInfoによっても、Odoxa-Dentsu-Consultingを通し調査が行われている。すでに、イラクの裁判で何人かのフランス人が死刑宣告された後に行われたアンケートにもかかわらず、ここでも、フランス人の82%がジハード主義者はフランスに戻ってきてほしくないと答えている。89%のフランス人が不安を覚えており、彼らの子供すら戻ってきてほしくないと67%が答えているのだ。そして、今回のマクロン大統領の「イラクの法に基づいて裁かれるべきだ」とする発表に対しては、82%が支持してるのである。それでも、例え67%が反対しても、ISに参加したフランス人の子供たちは人道の立ち場からも、フランスに受け入れがはじまっている。

▲写真 イラク治安部隊がISILから領地を取り戻すための訓練 出典:U.S. Central Command

しかし、裁判が行われたジハード戦闘員は、引き続きイラクで過ごすこととなるだろう。裁判に公正性がないのでないかと言う懸念には、外務大臣ジャン=イヴ・ル・ドリアンによって、裁判は公正であると確認したことが伝えられている。そして、政府報道官シベス・ンディエイ氏は、「フランス国民が国民の死刑を回避するために最高レベルで介入することは言うまでもない。」と述べ、フランスが、死刑反対の立場を貫ぬき通していることを強調した。フランスを裏切りISに加わった人物ではあるが、在外フランス国民として平等に扱い、国として出来る限りの援助をしている。一部から要求があっても、それ以上の特別扱いはできないのである。そして、今回は特に、イラクの法で裁かれることは大多数のフランス国民から支持されたことでもあり今後この状況が変わることもなさそうである。

トップ写真:British fighters of the International Freedom Battalion’s 0161 Antifa Manchester Crew in Rojava(イメージ)出典:IFB member


この記事を書いた人
Ulalaライター・ブロガー

日本では大手メーカーでエンジニアとして勤務後、フランスに渡り、パリでWEB関係でプログラマー、システム管理者として勤務。現在は二人の子育ての傍ら、ブログの運営、著述家として活動中。ほとんど日本人がいない町で、フランス人社会にどっぷり入って生活している体験をふまえたフランスの生活、子育て、教育に関することを中心に書いてます。

Ulala

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."