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スポーツ  投稿日:2019/7/10

パフォーマンス理論 その15 骨格と動きについて


為末大(スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役)

 

【まとめ】

  • 骨格は努力で変えることは出来ない
  • 最も良いパフォーマンスを発揮するには自分の骨格に合う戦い方、トレーニングを理解する必要がある。
  • 肩幅と骨盤の関係性

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depth https://japan-indepth.jp/?p=46670 のサイトでお読みください。】

 

才能とは何かと聞かれると、こと陸上競技に関しては骨格はかなり大きな部分を占める。筋肉や技術、精神的特性などは多少なりとも生後変えられるが、こと骨格においてはほとんど努力で変えることができない。わかりやすい話で言えば身長は努力ではコントロールできないが、20-40才以下の男性アメリカ人で身長2m13cm以上の6人に1人がNBA選手だ。また二つ以上の関節にまたがっている筋肉と関節があるが、腱の付着部が関節部分より遠いと力は出しやすく、近いと力が出しにくい。釣竿を持ち上げる際、両手を根元に持って持ち上げると持ち上げにくいが、片手を根元に待ちもう片方を離れた場所に持てば持ちやすい。この場合根元が関節、離れた場所が腱の付着部というイメージだ。この付着部はトレーニングで変えることはできない。

ただ、骨格が全てを決めるわけではない。骨格は変えられないが、これを起点にどのような戦い方、技術、トレーニングを行えばこの個体が最もよいパフォーマンスを発揮するかを考えれば戦いようがある。そもそも競技を骨格から選べればいいが、はっきり自分の体型がわかるのは10台半ばで、そのあとスポーツを始めたのでは遅すぎる。まずスポーツは行なっている上で、徐々に見えてくる自分の骨格を意識しながら、どのような戦い方がいいか、どのような競技が向いているか、また動きはどうあるべきかを考え都度トレーニングで修正しながら着地させていくのが現実的なところだろう。

走ることに関すると下腿部の形状や特性は大きく影響する。例えば長距離選手はパフォーマンスが良い選手ほどが、下腿部の体積が小さいと言われている。マラソンであればレース中に何万回も足を引き上げなければならないために、体積が小さければ重量も軽く、消費カロリーが少なくて済むからだ。また、足首関節は硬いほうがいいと言われていて、トップケニア選手は90度よりも曲げられない選手も多い。極端に言えば立っているときにほっておいてもかかとが浮いてしまうような形だ。走りというのは、特に下腿部は基本的には受け身であり、上から落ちてくる体重を受け止めそれに耐えようとする中で張力がたまりその反発で自分を前方に運び、足も前方にリカバリーする。理想の動きは競技用義足の動きに似ている。幾人かのケニア人アスリートは足首が固すぎてスクワットの体勢が取れなかった。ケニア選手の足は力を入れずとも足首が硬いのでまさにカーボン素材の義足と同じように、勝手に反発してしまう仕組みになっている可能性がある。

私は幼少期に水泳をやっていたので、足首が柔らかい。また、下腿部の体積は大きく、特に腓腹筋やヒラメ筋が発達している。このような選手の足は基本的には走りには非効率的だ。下腿部が着地に耐える際も柔らかく筋肉量が多いのでエネルギー効率が悪く、また持ち上げるにもエネルギーを消費する。自分の足を回転させるのが苦手だったが、下腿部の大きさも影響していたのではないかと思っている。一方で、下腿部の健よりも筋肉の方が多いので、筋肉は神経が通っているために細かいコントロールは効きやすい。400Hのような毎回ストライドを調整する必要がある競技を選んだのは結果的に正解だったと思っている。一歩一歩、足首の硬さを変えて飛距離をコントロールできるサスペンションのようなものだろうか。いくら硬く性能がいいサスペンションでも、硬さが一定であれば歩幅をコントロールできないので400Hでは不利になる。長身が高く、下腿部の体積が小さい選手は最高速度は速いが、歩数のコントロールが苦手で、いつもハードル前の減速が著しいと分析していた。

もう一つ大きく影響するのは、肩幅と骨盤の関係だ。人間の足は重く、振り回すのに結構な力がいる。例えば、骨盤付近に目を向けると背骨の一番下を中心にして、足の付着部は地面と平行に背骨と少し離れた位置に付いている。中心から足の付着部が距離があればあるほど、でんでん太鼓の半径が広くなっているようなもので、足を素早く振り回す際に力が必要になる。同じ理屈で肩幅が広ければ少し振っただけで大きな回転エネルギーを生み出せる。同じ運動量でも半径が小さければ早く回転し、大きければゆっくり回転する。だから肩幅が広く骨盤が狭ければ少し肩幅を振っただけで骨盤をくるくる動かすことができる。ウサインボルトのような身長であれだけの長い足を持っていると本来は足に振り回されて回転数が稼げないと思われていたが、あの逆三角形の広い肩幅と大きく掻くような腕振りで自分の足を前に引き戻すことが可能になっている。

女子選手がある年齢から急にパフォーマンスが出なくなる、または出るようになるのは、第二次性徴で骨格が大きく変化するからだと私は考えている。例えばフィギュアスケートなど回転系競技は、骨盤の幅が大きく回転に必要なエネルギーに影響するので、もし骨盤の幅が広くなれば同じ力でも回転できなくなるということもありえると思う。女の子が走る際に手のひらを横で振る走り方をすることがあるが、これも骨盤が広いために必要なエネルギーを上半身で生み出すことができず、手を広げることでエネルギーを確保している現象だと私は考えている。肩幅が狭く骨盤が広い人間は脚の動きを意識するよりも、腕振りをダイナミックにしたほうが良い。骨盤の動きを引き出すために上半身で必要なエネルギーを生み出さなければならず、肩幅が広い人間よりも狭い人間の方が腕振りの貢献度が大きいからだ。

また、着地の瞬間を見てみる。人間は地面に力を加えその反力で前に進んでいる。もし人間の体が、背骨からつま先まで一本の棒であれば上から加えた力=地面に加える力になるが、人間の体は複雑で特に骨盤周辺は関節の自由度も大きく、また足の付着部と背骨の付着部は離れている。背骨の真下から横にずれたところに両足の付着部はあり、逆エル字型の真ん中に背骨が乗っているイメージだ。例えば右足で着地した状態で考えてみると、右足側は固定されているが上半身の重さが背骨を通じて骨盤を押してくる。それに耐えられればしっかり地面を押せるが、耐えられなければ反対側の骨盤が落ちてしまい、力は逃げ足も開きがに股になる。トップスプリンターの足が着地時に内に入って見えるのは、着地の瞬間も骨盤が平行状態をキープできるからだ。この動きには臀部の筋肉、中臀筋と内転筋が大きく貢献している。骨盤が広い人間はより大きな力で耐えなければ骨盤が地面と平行である状態をキープできない。骨盤が広い人間は狭い人間よりも、中臀筋を徹底的に鍛えて着地に耐えられるようにする必要がある。肩幅が狭く骨盤が広い人間で最も適応したのが、伊東浩司さんだったと私は考えている。

教科書はどうしても、平均を取ったものになっている。途中まではそれで構わないが、理想の動きを求める際には個別化をして、結局自分の骨格とは何かを理解しなければならなくなる。人の動きをよく観察し、自分の動きと何が違うのかを考え、さらに相手の骨格を外見上でもいいのでよくよく観察する。この繰り返しで、動きと形の関係が理解されていく。私の経験上だいたいうまくいかなかったのは骨格が違う人間の動きを真似した時で、動きだけは似せることができるのだが、動きを生み出している力の方向性がちぐはぐで全く走れなかった。どのように力を生み出しているかと、どのような動きになっているかは形状によって相当違いが生まれる。動きは結果でしかない。

陸上競技は、言ってしまえば生まれた時に与えられているこの骨格をどれだけ効率よく動かすことができるかという競争だ。理想を言えば、身体の構造を直感的に理解するのは、幼少期に多様な身体経験を積んでおくこと、つまり遊んでおくことが効率が良いと思う。そのベースがある人間は、理屈と感覚のバランスがよく、実際の動きに落とし込むのがうまい。大人になってからであれば、ひたすらな観察と分析を繰り返すのが理解を進める。

 


この記事を書いた人
為末大スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役

1978年5月3日、広島県生まれ。『侍ハードラー』の異名で知られ、未だに破られていない男子400mハードルの日本 記録保持者2005年ヘルシンキ世界選手権で初めて日本人が世界大会トラック種目 で2度メダルを獲得するという快挙を達成。オリンピックはシドニー、アテネ、北京の3 大会に出場。2010年、アスリートの社会的自立を支援する「一般社団法人アスリート・ソサエティ」 を設立。現在、代表理事を務めている。さらに、2011年、地元広島で自身のランニン グクラブ「CHASKI(チャスキ)」を立ち上げ、子どもたちに運動と学習能力をアップす る陸上教室も開催している。また、東日本大震災発生直後、自身の公式サイトを通じ て「TEAM JAPAN」を立ち上げ、競技の枠を超えた多くのアスリートに参加を呼びか けるなど、幅広く活動している。 今後は「スポーツを通じて社会に貢献したい」と次なる目標に向かってスタートを切る。

為末大

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