無料会員募集中
.政治  投稿日:2019/7/23

コマツ、装甲車輌開発から撤退


清谷信一(軍事ジャーナリスト)

【まとめ】

・装備契約者コマツの近年の装甲車輌は開発の失敗が相次いだ。

・日本の軽装甲機動車の防弾能力はNATO規格レベル1以下の防御力。

・コマツ撤退により多額の税金により蓄積された防衛技術基盤が損失。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=47023でお読みください。】

 

本年3月自衛隊向けに砲弾や装輪装甲車輌等を生産してきたコマツ装甲車輌の開発、生産から事実上撤退を決意した。同社は今後今後新規の装甲車開発は行なわず、現在生産中のNBC偵察車の生産と、一定期間の既存の装甲車輌の保守だけは行うと同社の広報担当者は説明している。この件は3月に新聞各社が報じたが、その発端となったのは2月の筆者のブログだった。

複数の防衛産業関係者、陸上自衛隊(陸自)将官OBらによると、天下りの将官も1名を除いて全員解雇したという。砲弾も含めたコマツの特機部門からの撤退は時間の問題だろう。

筆者は2014年に東洋経済オンラインにおいてもコマツの特機(防衛)部門の問題点を指摘した。同社は防衛産業から早期に撤退し、経営資源を本業に集中すべである。中途半端に事業を続けて、低性能で他国の何倍も高い装備を作り続けるのは納税者の利益にもならないと指摘した。

コマツの装甲車輌から撤退決定は遅きに失した感がある。だが新聞報道だけを読んでいてはその実態は把握できない。コマツの装甲車輌からの撤退は遅いだけではない。納税者にとって最も悪い、「立つ鳥跡を濁す」形となった。コマツが培ってきた装輪装甲車の開発、生産技術が失われるからだ。それには長年多額の税金が注ぎ込まれてきた。これが無に帰すのだ。同社は自社ベンチャーとして装輪装甲車輌のハイブリット化の研究を行い、これにその後防衛省も予算をつけて研究を行っていたこのような取り組みも無に帰すだろう。

コマツは防衛省の7番目に大きな装備契約者であり平成30年(2018年)の契約額は280億円である。だがコマツの売上は約2.5兆円であり、特機部門(防衛部門)の売り上げはその1.1パーセントに過ぎない。かつてはその2/3が榴弾や戦車砲弾などの弾薬であり、装甲車の売り上げは1/3程度であったが、近年装甲車輌の売上は落ち込んでいた。それは相次ぐ開発の失敗によるところが大きい。

軽装甲機動車は近年の排気ガス規制によって改良が必用となり、防衛省はコマツに対して改良を発注し、28年度予算では改良型6輌が3億円で要求された。単価はそれまでの約3千~3.5万円から5千万円、約1.5倍に高騰した。

このため財務省が難色を示して政府予算に計上されなかった。そもそもこの手の小型4輪装甲車の国際相場は1千万円程度である。財務省が激怒したのも、むべなるかな、である。コマツ、防衛装備庁、陸幕防衛部の認識が甘すぎたとしか言いようがない。

その後エンジンをカミンス社のエンジンに換装するなどしてコスト削減を図るなどの案も検討されたが採用されなかった。またコマツは自社ベンチャーで軽装甲機動車6輪型も開発していたが、これまた陸自には採用されなかった。

更に現用の陸自の96式装甲車の後継となるべき8輪装甲車、「装輪装甲車(改)」の調達も頓挫した。これは三菱重工との競作となったが、コマツが試作を受注したものだった。

▲写真 8輪装甲車(改) 出典:防衛装備庁

小松案はNBC偵察をベースに開発されたものだった。だが防衛省は昨年7月27日、「装輪装甲車(改)」の開発事業の中止を発表した。コマツが、同省の求める耐弾性能を満たす車輌を作れなかったためとされている。しかし関係者によると機動力など含めてかなり問題があったようだ。

「装輪装甲車(改)」および軽装甲機動車の改良型の不採用が重なり、コマツの装甲車輌の売上は激減、今後コマツは装甲車輌の生産ラインの維持できる見込みがなくなった。

なお陸自は軽装甲機動車と高機動車を統合した後継車種の調達を計画している。これに対してもコマツは応じる気はなく、三菱重工やトヨタなどが興味を示している

今後コマツが唯一生産を続けるのは先述のNBC偵察車のみである。NBC偵察車はこれまで20輌ほどが調達されたがこれも実は防弾性能に問題があり、また高額である。

これは陸幕にも問題がある。前線で使わない車輌なので、防弾性能は必要なく装甲はあくまでNBCシステムで車体を加圧するためのもだという認識が要求側にあったからだ。NBC偵察車は今後調達されるのは最大でも30輌程度、実際には20輌も調達されないだろう。これまで平均年に2~3輌の調達に過ぎない。このペースであればこれまでの規模のラインは当然維持できず、工芸レベル、町工場レベルの生産となる。これではこれまでの生産ラインを維持できない。恐らくコマツは生産数を上げて短期で生産を切り上げるように防衛省に依頼するのではないだろうか。

▲写真 NBC偵察車 出典:Flickr;JGSDF

そもそも同車の搭載しているNBCシステムはほとんどが外国製であり、国産は車体だけ。エンジンも外国製だ。高いコストをかけて少数で、高い調達費用をかけて専用の車体まで開発して国産開発、生産する必要があったのだろうか。

コマツの装甲車の開発能力は高くない。率直に申し上げて、3流であり、せいぜい80年代レベルに過ぎず、トルコやUAE(アラブ首長国連邦)、南アフリカ、シンガポールなどのメーカーに比べて技術的に相当遅れている。ところが自衛隊もコマツも自分たちの見識や技術を客観的に見ることができていない。

それはひとりコマツのみならず、防衛省、陸上自衛隊の側の当事者意識及び能力の欠如が原因である。例えば軽装甲機動車の防弾能力の要求仕様は紛争地でゲリラなどが多用するライフルで使用される、7.62×39ミリカラシニコフ弾に耐えられれば良いとされおり、より強力な7.62×51ミリNATO弾及び7.62×54ミリロシアン弾には耐えられない。つまりNATO規格のレベル1の防御力すら満たしていない

▲写真 7.62x39mm弾 出典:Wikimedia Commons; Malis

しかも被弾時に装甲内面が剥離して乗員傷つけるのを防ぐスポールライナーは経費がかかると省略された。当初左右のドアのガラスも防弾ガラスではなく、車内の騒音もひどい。しかも不整地走行能力が低く軍用装甲車のレベルにない。技術のレベルとしては70年代の装甲車である。

そもそも4名乗りの小型装甲車をAPC(主力兵員輸送車)としている奇特な軍隊は自衛隊以外に存在しない。8名の分隊が2つに分かれる上に、固有の無線機も機銃も装備していないので分隊長が分隊をまともに把握・指揮できない。

下車戦闘の場合は乗員も全員が下車戦闘するので、車輌の機動及び、火力支援が得られない。機械化歩兵のメリットをわざわざ捨てているのだ。つまり、陸幕は発注側としてまともな運用構想も要求仕様も書けなかった。発注の能力が低ければメーカーの能力も相応に低くなるのが当然だろう。

コマツの弾薬ビジネスも安泰ではない。先に発表された来年度からの防衛大綱は現大綱を引き継ぎ、「戦車及び火砲の現状(平成 30 年度末定数)の規模はそれぞれ約 600 両、約 500 両/門であるが、将来の規模はそれぞれ約 300 両、約 300 両/門とする」としている。つまり、コマツの弾薬の将来的には単純計算で売上が半減することが予想される。

コマツは榴弾砲などの精密誘導砲弾の研究を行っていたが、これを中止した。現在陸上自衛隊は榴弾砲、迫撃砲に精密誘導砲弾を導入していないが、将来これらを導入することになるだろう。人民解放軍や途上国ですら導入しているからだ。

そうなれば当然、精密誘導砲弾は輸入品になる。しかもこれらは通常砲弾の数倍の値段なので、国内の通常弾薬の調達予算は更に減ることになり、当然コマツの弾薬ビジネスの売上は減少するだろう。そうなれば弾薬の製造ラインの維持は極めて困難だ。また近年財務省は国内の弾薬メーカーの数が多すぎて、調達コストが高いと批判しており、弾薬メーカーの再編を提案している。これらのことからコマツは近い将来、防衛産業から完全に撤退する可能性が高い。

次期防衛大綱は次のように述べている。

「少量多種生産による高コスト化、国際競争力の不足等の課題を克服し、変化する安全保障環境に的確に対応できるよう、産業基盤を強靭化する必要がある」

また、中期防衛力整備計画には以下のようにある。

「国内調達の費用対効果が低い装備品について、輸入における価格低減の検討、国内向け独自仕様の縮小等の検討により、国内外の企業間競争の促進を図る」

だが防衛産業はこれまで大きな利益を得てきたはずだ。少なくとも国際価格の何倍も高い調達単価の装備を税金で支払ってもらってきた。コマツのように業績が順調で、防衛依存率の低い大企業、特に上場企業は株主のみならず国や納税者に迷惑がかからない形での撤退をするように努力すべきで、それが社会に対する企業の責任だろう。

しかしコマツにはその気がないようだ。コマツは特機(防衛)部門を恥ずかしい事業と考えていたようだ。自社のサイトにも特機事業は紹介せず、歴代社長は特機部門の朝礼でスキャンダルだけは起こしてくれるなと訓令してきた。

これまでコマツが蓄積した装甲車輌技術や人材は同社が開発してきたハイブリッド駆動システムなどの技術も含めて霧消するだろう。それはコマツの経営陣の当事者意識の欠如と問題先送りの責任逃れの成れの果ての姿だ。名経営者と謳われた坂根正弘元会長もその一人だ。

多額の税金を投じて蓄積された防衛技術基盤が無責任に失われていく。

装甲車両に関してはもっと早い段階から打てる手はあったはずだ。例えば三菱重工、日立あたりと事業統合、事業を売却するなど選択はあった。だが歴代のコマツの経営陣はそれを行わず前例踏襲を繰り返し、現状維持に固執して、茹でガエル状態となって両手を上げてしまった。

恐らくは同社の弾薬ビジネスも近い将来同じ道をたどるだろう。これは官の側の指導力にも問題がある。防衛省、経産省ともに防衛産業をどうするかというグランドデザインがなく、当事者意識も能力も欠けている。やる気がなく、将来長年に渡って多額の税金を使って蓄積した防衛技術基盤を安易に放棄するような防衛関連企業による国内調達は早めにやめて輸入に切り替えるか、やる気のある国内中小企業に切り替えるべきだ。既存の防衛関連企業を守ることだけが、国内防衛基盤の維持ではない。

トップ写真:82式指揮通信車 出典:Flickr;JGSDF


この記事を書いた人
清谷信一防衛ジャーナリスト

防衛ジャーナリスト、作家。1962年生。東海大学工学部卒。軍事関係の専門誌を中心に、総合誌や経済誌、新聞、テレビなどにも寄稿、出演、コメントを行う。08年まで英防衛専門誌ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー(Jane’s Defence Weekly) 日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関「Kanwa Information Center 」上級顧問。執筆記事はコチラ


・日本ペンクラブ会員

・東京防衛航空宇宙時評 発行人(Tokyo Defence & Aerospace Review)http://www.tokyo-dar.com/

・European Securty Defence 日本特派員


<著作>

●国防の死角(PHP)

●専守防衛 日本を支配する幻想(祥伝社新書)

●防衛破綻「ガラパゴス化」する自衛隊装備(中公新書ラクレ)

●ル・オタク フランスおたく物語(講談社文庫)

●自衛隊、そして日本の非常識(河出書房新社)

●弱者のための喧嘩術(幻冬舎、アウトロー文庫)

●こんな自衛隊に誰がした!―戦えない「軍隊」を徹底解剖(廣済堂)

●不思議の国の自衛隊―誰がための自衛隊なのか!?(KKベストセラーズ)

●Le OTAKU―フランスおたく(KKベストセラーズ)

など、多数。


<共著>

●軍事を知らずして平和を語るな・石破 茂(KKベストセラーズ)

●すぐわかる国防学 ・林 信吾(角川書店)

●アメリカの落日―「戦争と正義」の正体・日下 公人(廣済堂)

●ポスト団塊世代の日本再建計画・林 信吾(中央公論)

●世界の戦闘機・攻撃機カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●現代戦車のテクノロジー ・日本兵器研究会 (三修社)

●間違いだらけの自衛隊兵器カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●達人のロンドン案内 ・林 信吾、宮原 克美、友成 純一(徳間書店)

●真・大東亜戦争(全17巻)・林信吾(KKベストセラーズ)

●熱砂の旭日旗―パレスチナ挺身作戦(全2巻)・林信吾(経済界)

その他多数。


<監訳>

●ボーイングvsエアバス―旅客機メーカーの栄光と挫折・マシュー・リーン(三修社)

●SASセキュリティ・ハンドブック・アンドルー ケイン、ネイル ハンソン(原書房)

●太平洋大戦争―開戦16年前に書かれた驚異の架空戦記・H.C. バイウォーター(コスミックインターナショナル)


-  ゲーム・シナリオ -

●現代大戦略2001〜海外派兵への道〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2002〜有事法発動の時〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2003〜テロ国家を制圧せよ〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2004〜日中国境紛争勃発!〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2005〜護国の盾・イージス艦隊〜(システムソフト・アルファー)

清谷信一

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."