公共施設、初のマイナス入札
出町譲(経済ジャーナリスト・作家、テレビ朝日報道局勤務)
「出町譲の現場発!ニッポン再興」
【まとめ】
・経済成長期の公共施設の老朽化が進んでいる。
・埼玉県深谷市の全国で初めて公共施設がマイナス入札。
・マイナス入札後、どう利用するかで自治体として得につながる。
【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て見れないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=47419でご覧ください。】
私は帰省するたびに、愕然とする建物がある。近所にある市民会館である。老朽化のため休止され、放置されている。地元紙の報道によれば、財政難もあって耐震化工事を中止し、そのままになっている。解体するにしても、巨額の費用がかかるに違いない。幼いころ親しんだ建物だけに、日に日に朽ちていく姿は忍びない。
老朽化した公共施設をどうするか。それは、全国の自治体に突き付けられた課題である。
高度経済成長のころに建てられた施設は今、一斉に老朽化している。解体し、新たな建物を建てるのは巨額の費用がかかる。ただ、放置していても、維持管理費を出さなければならない。
そんな中、埼玉県深谷市の動きに注目が集まっている。全国で初めて「マイナス入札」を成立させたからだ。公共施設の跡地を譲渡する際、お金をもらうのではなく、業者に支払うという。いったいどんな仕組みなのか。
今回マイナス入札の対象となったのは、旧小学校の体育館の施設と敷地だった。2018年12月に行われた入札では、予定価格はマイナス1340万6000円に設定された。そして、最も少ない金額、マイナス795万円で落札された。
市は業者に795万円支払うわけだが、決して損をしないとみている。その理由はマイナス入札には、条件があるからだ。落札した業者は自分で建物を解体しなければならない。
「公共施設は、自治体が解体し、更地にして売却するというのが一般的だ。こうしたやり方においても、自治体が解体費を負担している。このため、解体費が土地の売却額を上回る場合、実質的には、マイナスとなる」(公共施設改革推進室 大野忠憲室長補佐)。
マイナス入札とは、入札を見える化した形といえよう。大野氏によれば、さらに大事なポイントは、スピード感だ。市が解体する場合、解体業者の入札など手続きを踏むため、それだけでも1年ほどかかる。
さらに解体しても、その土地は、売却できなければ意味がない。買い手が簡単に見つからないケースもある。その間、維持管理費ばかり出ていく。
今回の旧小学校の体育館はまさにそうした例に当てはまる。深谷駅から6キロも離れていて、交通の便は必ずしも良いとは言えない。深谷市は実際、2015年と17年に建物の活用を前提として入札をかけた。予定価格は1780万円。しかし、手を上げる業者は現れなかった。元が取れないと判断されたのだ。
そこで仕切り直し建物の老朽化を踏まえ活用はできないものと判断し、解体条件付き入札の実施を決定した。まずは予定価格を再検討した。土地の評価額から建物の解体費用を差し引くと、金額はマイナスになった。つまり、解体撤去費用のほうが、土地より高くなった。
深谷市はマイナス入札について制度として可能かどうか、検討に入った。大野氏は「ほかの自治体で実施しているところがないか調査した。北海道の室蘭市が実施するのを確認でき話を聞いた」と語る。ただ、室蘭市では、実際入札にかけてみると、落札額はプラスになった。
深谷市はマイナス入札を制度設計する際、もう一つ、重視した点がある。その土地がどのように利用されるかだ。住民に親しまれてきた旧体育館だけに、市は、売りっぱなしというわけにはいかない。
そこで住宅を建てることを条件にした。それは市の「税収」にもつながる。市の試算では、そこに住宅が建設されれば10年間で固定資産税と住民税を合わせると、約1700万円の税収が見込めるという。
一歩遅れた形となった北海道室蘭市も今年3月、マイナス入札を実施した。対象となったのは、旧総合福祉センターの建物と土地だ。市が業者に対し、881万円支払う。こちらも落札業者による解体が条件となっている。跡地には有料老人ホームが建設される。
▲写真 北海道室蘭市旧室蘭市総合福祉センター 出典:twitter: 青山たけし@室蘭市長
公共施設の老朽化問題は、全国どの自治体も抱えている。更地にして売却できるような人気のある土地なら、更地にすればいい。解体費も無駄にならない。ただ、そんなところばかりではない。買い手のつかない公共施設は、いたるところにある。その場合、マイナス入札を導入し、民間に解体してもらうのは極めて合理的だと思う。深谷市や室蘭市のように住宅や老人ホームに生まれ変われば、住民サービスにも直結する。
人口が減少する今、従来の枠組みにとらわれるやり方を続けていては、一歩も先に進まない。「損して得取れ」。そんな気概をもった行政が求められる。
トップ写真:深谷市の体育館 出典:著者提供
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この記事を書いた人
出町譲高岡市議会議員・作家
1964年富山県高岡市生まれ。
富山県立高岡高校、早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。
90年時事通信社入社。ニューヨーク特派員などを経て、2001年テレビ朝日入社。経済部で、内閣府や財界などを担当した。その後は、「報道ステーション」や「グッド!モーニング」など報道番組のデスクを務めた。
テレビ朝日に勤務しながら、11年の東日本大震災をきっかけに執筆活動を開始。『清貧と復興 土光敏夫100の言葉』(2011年、文藝春秋)はベストセラーに。
その後も、『母の力 土光敏夫をつくった100の言葉』(2013年、文藝春秋)、『九転十起 事業の鬼・浅野総一郎』(2013年、幻冬舎)、『景気を仕掛けた男 「丸井」創業者・青井忠治』(2015年、幻冬舎)、『日本への遺言 地域再生の神様《豊重哲郎》が起した奇跡』(2017年、幻冬舎)『現場発! ニッポン再興』(2019年、晶文社)などを出版した。
21年1月 故郷高岡の再興を目指して帰郷。
同年7月 高岡市長選に出馬。19,445票の信任を得るも志叶わず。
同年10月 高岡市議会議員選挙に立候補し、候補者29人中2位で当選。8,656票の得票数は、トップ当選の嶋川武秀氏(11,604票)と共に高岡市議会議員選挙の最高得票数を上回った。