日本でタイ反体制活動家襲撃
大塚智彦(フリージャーナリスト)
【まとめ】
・タイ反体制派活動家が国内外で襲撃される。
・タイ当局の関与疑惑に対しプラユット首相は当局関与を否定。
・総選挙後のプラユット政権による言論統制強まる。
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タイ国内外でタイの軍政や王政への批判活動を続ける活動家に対する締め付けが厳しくなりつつある中、7月には日本で生活するタイ人が正体不明の2人組の男に就寝中を襲われ負傷する事件も起きている。
このほかにもタイ当局の追及を逃れるためラオスやベトナムに活動拠点を移していたタイ人活動家が相次いで逮捕、身柄引き渡しに加えて行方不明、さらに殺害されるケースも報告されており、人権団体などはタイ当局に徹底捜査を求めている。
いずれの事案もタイの治安当局が関与した可能性が指摘されているが、タイ政府は一切の関係を否定しており、多くのケースで真相は深い闇の中となっている。
東南アジアの人権問題などを伝える「ブナール・ニュース」などが「ジャパン・タイムス」などの日本メディアの報道を引用する形で日本在住のタイ人活動家で京都大学准教授のパビン・チャチャバルポンプン氏(48)が7月8日に自宅に侵入した正体不明の男性2
人によって就寝中布団を剥がされてスプレーで液体を浴びせられことを伝えている。
写真)パビン・チャチャバルポンプン氏
出典)Pavin Chachavalpongpun Facebook
液体は化学薬品とみられパビン氏は皮膚にやけど状の負傷を負った。警察では住居不法侵入と暴行の容疑で捜査をしているが、これまでのところ容疑者の特定、逮捕にはいたっていないという。
パビン氏は2014年のクーデターで政権を奪取したプラユット首相率いる軍政やタイではタブーとされる王政に対し民主主義の立場から批判を繰り返し、タイの主要英語紙「バンコク・ポスト」や米紙「ワシントン・ポスト」に論評や意見を寄稿するなどして国際世論にタイの実情を訴え続けていた。
タイ当局はパビン氏の逮捕状を取り身柄を拘束しようとしていたが、パビン氏はシンガポールに逃れ、その後活動拠点を日本に移していたという。
・タイ政府は関与を完全に否定
このパビン氏の事件が国際社会で報じられたことに関してタイのプラユット首相は8月6日、記者会見で「パビン氏の襲撃事件は残念なことだが、政府は一切関与していない。彼は日本で襲われたてタイが関与していると非難しているようだが一体誰がそんなことをするというのだ。私ならたぶんしないだろう。いやたぶんでなく、絶対に過去も将来もそんなことはやらない」とタイ政府や治安当局と事件との関連を否定した。
このプラユット首相の発言に対しパビン氏は「どこの政府も襲撃者を外国にまで派遣して事件を起こしたことを認める訳がない」と反論している。もっともパビン氏側にしても「政府関与の証拠が現時点であるわけではない」としており、日本の警察による捜査結果を待っているのが現状という。
写真)プラユット首相
出典)ロシア大統領府
・相次ぐ海外在住の活動家の受難
日本で襲撃されたパビン氏のケースだけでなく、このところタイの軍政や王政への批判活動を続けていたタイ人活動家がタイ国内外で襲撃されたり、行方不明になったりする事件が相次いでいる。
2019年6月28日、バンコク市内で民主化運動活動家のシラウィット・セリティワット氏(27)が正体不明の男性4人組に襲われ、頭部などを棒のようなもので激しく殴られて鼻の骨を折るなど重傷を負った。シラウィット氏への暴行は6月2日に続く2回目だったと人権団体は指摘、警察に厳正な捜査を求めている。
またそれに先立つ5月8日にはベトナムで軍政・王政批判の言論活動中だったチュチープ・チワスット氏、シアム・ティラウィット氏、クリシャナ・タプチャイ氏ら3人が不法入国、資格外活動などの容疑でベトナム当局に身柄を拘束され、タイ当局者に身柄を引き渡された後行方不明となっていることが国際的人権団体「アムネスティ・インターナショナル」などの調査でわかった。
さらにラオスに事実上の亡命をしてインターネットなどで軍政批判を繰り返していたスラチャイ・セーダーン氏(78)、グライデート・ルールート氏(46)、チャチャル・ブッパワン(愛称プーチャナ)氏(56)の3人が2018年12月12日以降行方不明となっていた事案で、同月27日、29日にラオス・タイ国境のメコン川で相次いで発見された身元不明の2人の男性の遺体がDNA鑑定の結果、グライデート氏とプーチャナ氏であることが判明した。スラチャイ氏の行方は依然として不明で、安否が気遣われている。
この事件は海外で軍制や王政を批判する活動家に対して殺害を含む過酷な運命が待っていることを内外に印象付け、内外の活動家の間に大きな衝撃を与えた。
・民政移管後も続く厳しい言論統制
タイでは3月24日に総選挙が実施され、6月5日にプラユット首相の続投が決まり民政移管が実現したことになっている。
この間にワチラロンコン新国王の戴冠式(5月4~6日)もあり、タイは王政、政権が一新されて新たな体制での国造りが進もうとしている。
写真)ワチラロンコン新国王
しかし、昔からのタブーである王室、王族批判に加えてクーデターで政権を奪いその後軍政を敷き、今回の選挙で続投が決まったプラユット政権に対する批判は根強い。それだけにプラユット政権による自由な言論への締め付けは厳しさを増しており、内外の言論活動家、民主運動家への相次ぐ不可解な事件もそうした状況を反映しているものとみられている。