首相選出に2度も失敗 混迷増すタイ政治
大塚智彦(フリージャーナリスト)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」
【まとめ】
・タイ国会は7月27日に次の首相選出を実施する方針。
・野党「タイ貢献党」から候補者が立候補する可能性も浮上。
・野党連合、親軍派、保守派が各々の思惑で動いており予断を許さない。
タイの政治が混迷の度を増している。5月の総選挙で大躍進し第一党に躍り出た野党「前進党」のビター党首を次期首相に指名する上下院の7月13日の選挙で同党首は必要な票数を獲得することができず、19日に2回目の選挙が行われる予定だった。しかし議会は「同じ法案は2度審議されることはない」との規定を当てはめて、ビター党首の2回目の立候補を認めない決定を下したため投票は実施されず、ビター党首の首相就任は再び持ち越されたのだった。
さらに選挙管理委員会が禁止されているメディア関連の株をビター党首が保有していることを理由に総選挙への立候補資格に疑問を示していたことに関し、19日に憲法裁判所がこれを受理したためビター党首の議員資格が一時的に停止される決定が下された。このためビター党首は下院議場からの退出を余儀なくされる事態にまでなった。
★ 次回は27日に首相選出実施
こうした事態を受けてタイ国会は7月27日に次の首相選出を実施する方針を示しているが、ビター党首の首相就任は事実上困難な状況になったことを受けて前進党は他の候補者を擁立する道を模索している。
さらに総選挙で第二党になった野党「タイ貢献党」から候補者が立候補する可能性も浮上、連立を組む野党8党の間で調整が進んでいるという。
前進党は先の総選挙で王室改革を公約の一つに掲げて都市部の若者、学生、民主化運動活動家などの支持を広く獲得して第一党に躍進した経緯がある。
王室改革には最高刑で禁固15年の不敬罪の改正などが含まれ、これが国民の王室への不満を反映する形となって支持が拡大したとみられている。
野党8党で組む連合には王室改革に関して温度差が存在し、最も急進的なのが前進党で第二党になった「タイ貢献党」などは王室改革にはそれほど積極的ではないとされる。
★ ビター党首反対の背景に親軍、保守派
こうしたことを背景にビター党首の首相選出を阻止したのは特に指名議員からなる上院(250議席)という。選挙で選出される下院議員の他に政権が指名した上院議員が存在し、プラユット首相とは当然のことながら近い存在だ。
2014年にクーデターで当時のインラック前首相から政権を奪ったプラユット首相は軍人出身で、就任以来政権維持は軍の力を背景にしたある意味での「強権政治」で民主化を求める学生や運動家のデモや集会を力で弾圧してきた。
こうしたプラユット首相だが、先の総選挙では自ら立ち上げた親軍政党が惨敗し「今後は政界を引退する」と表明するに至った。しかし新首相が決まるまでは暫定首相としての地位にとどまっており親軍派、保守派の支持を背景にビター党首の新首相選出に関しても水面下であれこれと動いているとの見方が有力だ。
★プラユット支持派が国王忖度か
プラユット首相はワチラロンコン国王とも良好な関係を維持しているという。タイでは国王や王室に関する批判や論評は最大のタブーとされ、最高15年の禁固が刑法112条の不敬罪として国王や王室一族を守っている。
2016年に死去したプミポン前国王は若い頃からタイ全土をカメラと地図を手にくまなく視察し、平伏する国民にしゃがんだ姿勢をとり同じ目線で親しく語り掛けるなど国民の尊敬と信頼を一身に受けた国王だった。
後継のワチラロンコンは長らく海外に滞在し、離婚経験者で愛犬に軍の階級を与えたり、、誕生パーティに半裸の女性を侍らしたり、上半身に刺青があるなどの「奇行」が海外で度々報じられるなど、風変りな存在だった。
もちろんタイ国内では不敬罪に抵触することからそうした報道が流れることはなかったが、インターネットを通じて若者や学生は実態を把握、それが反王室運動に発展したことも事実だ。
そのワチラロンコン国王が内心ではビター党首の「前進党」が公約で掲げた王室改革を憂慮している可能性があるとして親軍派、保守派のプラユット支持議員が国王の気持ちを「忖度」してビター党首の首相選出阻止に回っているといわれているのだ。もちろん真相は王室のカーテン向こう側で不明である。
タイの政治は27日の首相選出に向けて野党連合、親軍派、保守派がそれぞれの思惑で動いており予断を許さない情勢となっている。
バンコク市内の国会議事堂前にはこうした国会の動きを反映して前進党支持者や民主化を求める若者、学生らによるデモが連日繰り広げられており、治安部隊はこれまでのところ強権的な手段を講じていないが騒然とした雰囲気に包まれている。
トップ写真:首相選出での一連の政党間の駆け引きに抗議するタマサート・デモ統一戦線ら、デモ隊(2023年7月19日、タイ・バンコク)出典:Photo by Mailee Osten-Tan/Getty Images
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この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。