無料会員募集中
.国際  投稿日:2023/8/13

タクシン元首相タイ帰国目指す 実刑判決後海外逃亡中 恩赦狙いか


大塚智彦(フリージャーナリスト)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

タイ、5月総選挙から新首相が選出できない異例の政治混乱続く。

・長年海外滞在のタクシン元首相が帰国を果たそうとしている。

・自らを支持するタイ貢献党の新政権が誕生すれば「恩赦」が期待できる。

 

5月の総選挙から2か月以上が経過しながらも新首相が選出できないという異例の政治混乱が続くタイに長年海外滞在中のタクシン・チナワット元首相が帰国を果たそうとしている。

タクシン元首相は2001年から2006年までの首相在任中の汚職容疑に問われ実刑判決を受けたが、現在は海外に逃亡した状態で収監を逃れている。

これまではタイに帰国すれば逮捕されて収監、服役されることが不可避といわれてきたがここにきてタクシン元首相を取り巻く状況が変化してきているのだ。

今年5月の総選挙で2014年にタクシン元首相の妹インラック・シナワトラ元首相をクーデターで打倒した軍人、プラユット首相が率いる政党が敗北し、野党だった前進党が第一党、タイ貢献党が第二党に躍進したことでプラユット政権からの政権交代が実現することになったのだ。

タイ貢献党はウドンタニなどタイ東北部を中心とする農村地帯や低所得者層を基盤とする政党でタクシン元首相が結成したタイ愛国党の流れをくむタクシン元首相を熱烈に支持する政党でもある。

★首相選出の混乱がタイ貢献党有利に

5月の総選挙結果を受けて国会で第一党になった前進党がピター党首の新首相就任を目指したが、プラユット政権支持の上院親軍派や保守派の反対で実現しなかった。その主な理由は前進党がタイで最大のタブーとされる国王・王室改革を公約の一つに掲げたことがあったとされる。

その後紆余曲折の混乱を経て第二党のタイ貢献党が「前進党抜きの野党連合」を組織して親軍派や保守派の支持を得る多数派工作で新たな首相に同党幹部の実業家セター氏を担ぎ出す方向が出てきた。

こうしたタイ貢献党を中軸とする新政権への道筋が見えてきたことから、にわかにタクシン元首相のタイ帰国への気運が高まってきたという背景がある。

現状では帰国後に収監が予想されるタクシン元首相だが、自らを支持する政党でもあるタイ貢献党の新首相の下で新政権が誕生すれば、特例として逮捕、収監、服役を逃れる「恩赦」が大いに期待できるとの観測が急速に高まっているのだ。

★帰国は8月下旬か

タクシン元首相は当初、仕切り直しして新首相選出が行われる予定だった8月4日を意識して8月10日前後の帰国を目指していたという。

しかし首相選出の上下院の選挙が16日以降にずれ込んだこともあり、5日にSNSを通じて「10日に予定していた帰国を延期する」ことを明らかにした。帰国する前に健康診断を受けることを理由にあげての帰国延長としたうえで新たな帰国予定日は10日以降の「2週間以内」になるとの見方を示した。

この「2週間以内」という期限設定には8月中にタイ貢献党の新首相が選出されることによる「恩赦」という期待が込められているのは間違いない。

★依然高いタクシン元首相の人気

タクシン元首相はビジネス界で通信事業を通じて業績を拡大、タイ有数の富豪に成長した実績を背景に1994年に政治家の道に入った。

その後2001年に政権を担い東北部の農民や低所得者を優遇する政策を打ち出したが、2006年に退陣後、在職中の汚職容疑で訴追された。

以降海外滞在のまま帰国せず、実質的な逃亡生活を送っていた。

だがタイ貢献党は現在もタクシン元首相の熱烈な支持者層が多く、これまでも何度か支持者らから帰国を求める声がでていたものの、タクシン元首相は逮捕を恐れて帰国をためらってきた経緯がある。

海外逃亡中は中東やアフリカなど国々を転々とし、日本にも一時入国したことがあったという。

★新たな政治問題になる可能性も

タイは現在、前進党のピター党首の首相選挙への立候補が資格無効として投票が回避された事の可否判断が憲法裁判所で審理中であるため新たな首相選出作業が延期されている。タイ貢献党を中軸とする野党連合による新首相選出選挙はこの憲法裁判所の判断が示される16日以降となるとみられている。

このためさらにしばらく首相不在が続くことになり、タイ政治の混乱はさらに続くことになる。

こうした状況に前進党の支持者からは「総選挙で第一党になった政党党首が首相に選ばれないのは異常な事態」としてピター前進党党首に反対した上院の親軍派や保守派、さらに前進党を外して首相候補を擁立しようとしているタイ貢献党に対しても反発と不満を高めており、バンコク市内の国会議事堂周辺などでの抗議活動を強めており、不測の事態に備える治安当局との間でも緊張が高まっている。

トップ写真:亡命したタイのタクシン・シンナワット元首相。娘のピントンタと(2006年9月21日、イギリス・ロンドン)出典:Photo by Daniel Berehulak/Getty Images




この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."