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.国際  投稿日:2020/7/21

バンコクで学生ら反政府デモ


大塚智彦(フリージャーナリスト)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

タイバンコクで、学生団体らによる反政府デモが行われた。

プラユット現政権の退陣、国会解散、憲法改正などを求めた。

現政権にとっては「対応を誤る」と政局に発展する可能性も。

 

タイの首都バンコクの中心部で7月18日、プラユット現政権の退陣、国会解散、憲法改正などを求める学生団体や若者組織による反政府デモが行われた。参加したのは約1000人と最近では大人数の反政府デモとなったが、現地からの情報によるとデモの中で一部群衆がタイではタブーとされる「王室批判」を展開したことから同調するグループと離反する組織に分かれるなど複雑な展開となったという。

とはいえ著名なタイのモデルがデモ・集会への支持をインターネット上で表明するなど国民とくに若者の間で現政権に対する不満が渦巻いていることだけは間違いないといえそうだ。

地元紙「ザ・ネーション」やAFP通信などが伝えたところによると、18日午後8時ごろからバンコク中心部の民主記念塔周辺で始まったデモにはNGO組織の「自由若者運動」や「タイ学生連合」など複数の組織に人権活動家、大学関係者、弁護士などが参加、次々にステージに立ってプラユット政権の即時退陣をはじめとする各種要求を訴えた、参加者はプラカードなどを掲げて応えた。

スピーチでは特に現政権がコロナ感染拡大防止のために実施している外出制限などの各種規制を「民主的活動や人権運動の抑制、弾圧に利用している」などと批判、プラユット首相に対して「14日以内に要求への回答」を求めた。

▲写真 プラユット首相 出典:ロシア大統領府

 

■ クーデターで政権奪取し総選挙で勝利

タイは2014年に当時のインラック首相の民主政権がプラユット軍司令官率いる陸軍によるクーデターで転覆され、以後プラユット暫定首相による軍事政権が続いていた。2019年に実施された「民主選挙」でプラユット氏率いる「国民国家の力党」などの軍政派が過半数を制したことを受けて、「国民の信託を受けた」としてプラユット氏が正式に首相に就任、表向きは「民主政権」の看板を掲げながら軍政時代とあまり変わらない「強権政治」が続いていると学生団体や人権組織は批判している。

 

■ 許されない「王室批判」で意見対立

18日のデモと集会では一部の参加者が国王や王室への批判を許さない「不敬罪」の撤廃を求めたことから警戒に当たっていた警察が介入して関係者を連行しようとした。これには周辺の参加者も加わって連行は阻止したものの、王室批判とは一線を画す大多数の参加者との間で意見の相違が明らかになる場面もあったという。

▲写真 ワチラロンコン タイ国王 出典:Thai Public Relations Dept.

タイでは王室批判は「不敬罪」の対象となり、外国人、外国メディアを含めて厳罰に処せられることで有名で、一種のタブーとなっている。しかし現実問題として一般のタイ国民にとってはプミポン前国王(2016年死去)から長男のワチラロンコン現国王に代替わりしてもタイ王室が崇敬の対象であることには変わりない。

このため内閣退陣、国会解散などという政治的スローガンを掲げるこの日のデモ・集会に「王室批判」に繋がる「不敬罪撤廃」は大多数の参加者の支持を得られることはなかった、と現地記者は分析している。

周辺で警戒に当たっていた地元警察は「デモ・集会は無届で違法なものである」「コロナ感染予防の保健衛生上のルールが守られていない」などとして参加者との間で小競り合いが頻発するなど不穏な状態が続いた。

このため主催者側の各組織団体が協議して19日の朝まで続ける予定だったこの日の集会を日付が変わる19日午前零時前に自主的に解散することを決定し、警察との間での大きな混乱は避けられた。

 

■ 内閣改造へ、デモ主催者の逮捕要求も

今回のデモ・集会とは直接関係ないものの、プラユット内閣から同じ与党のソムキット副首相らソムキット派閣僚4人が7月15日に辞表を提出して閣外に去った。原因は与党内の内紛とみられているが、これによりプラユット首相は小規模の内閣改造を余儀なくされる事態となった。すでに入閣候補者への打診が始まっているとの報道もあり、与党内でプラユット首相に近い人選になるのは確実視され、「軍政強化」の流れになりそうとの観測も流れている。

一方で今回の反政府デモ・集会に対し憲法保護団体や一部与党国会議員からは「法律に違反したデモや集会の主催者を警察は捜査して逮捕するなどしかるべき措置を講じるべきだ」と強硬論がでていると主要紙「バンコク・ポスト」が19日に伝えた。報道によればデモや集会に理解を示した一部野党国会議員に対しても警察は事情聴取を行うべきだと主張しており、反政府デモの余波が国会にも波及する可能性がでているという。

 

■ 著名モデルのデモ支持、政権批判拡大懸念

こうした中タイとスウェーデンのハーフの著名モデルで「元ミス・タイ」のマリア・リン・エレン(マリア・プーンレートラープ)さんが18日、自らのインスタグラムで「気をつけて、もし体調が悪いなら家にいて、そうでなく外にいるならマスクして。私もその場にいたかった」として学生らによる反政府デモへの支持を表明したことが「ザ・ネーション」紙で報じられた。

▲写真 マリア・リン・エレン(マリア・プーンレートラープ)さん 出典:Maria Lynn Ehren

プラユット政権は民主活動家や反政府活動家への締め付けを強めており、6月4日にはカンボジアのプノンペンに逃れてインターネットのSNSを通じてプラユット政権批判を続けていた活動家ワンチャルーム氏(37)が何者かに連れ去られてその後行方不明になる事件も起きている。

こうした現政権の強権姿勢に対してタイの若者や学生による政府批判は今回のデモ・集会のように静かだが着実にその支持を広げているともいわれている。それだけにコロナ対策への取り組みが急務となっているプラユット政権にとっては「対応を誤る」と野党を勢いづかせ、国外滞在中のインラック元首相とその兄であるタクシン元首相のタイ東北部農村地帯を中心とする熱烈な支持層をも巻き込んだ政治のうねりに発展する可能性もあり得ないこととされ、成り行きが注目されている。

トップ写真:反政府デモ 7月18日 タイ、バンコク 出典:@sunaibkk


この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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