「年金財政検証」が示すもの
八木澤徹(日刊工業新聞 編集委員兼論説委員)
【まとめ】
・厚労省年金局は「100年安心年金」の維持可能と結論。
・年金給付水準確保の手段として非正規労働者の厚生年金適用拡大案。
・定年後も健康で働けるうちは働く、「波平理論」が望まれる。
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厚生労働省は5年に1度に公的年金の将来財政見通しを確認する「年金財政検証」を公表した。今回も男性の現役世代の平均手取り収入額に対する65歳時点の「夫婦二人世帯」の厚生年金の給付水準を示す所得代替率は、2040年代半ばまでは5割を維持できるとしたが、重要なのは推計結果そのものではなく今後の年金改革の議論に繋がっていることである。
年金財政検証はあらゆる経済前提をベースに、5年ごとに年金保険料や給付額の将来推計を行う、いわば公的年金制度の「健康診断」といえる。財政検証を受け、政府は今秋から年金改革の議論に着手。20年の国会に関連法案を提出する考えだが、高齢者の増加と若者の減少という人口構造の急激な変化に正面からどう立ち向かうかが焦点となろう。
厚労省年金局は、今回も「100年安心年金」を「おおむね維持できる」と結論付けた。一方で、企業規模要件を見直した場合の被保険者の非正規雇用者への拡大や支給年齢引き上げ、在職老齢年金の見直しした場合の「オプション試算」を示すなど、苦しい財政事情も明らかになった。
今回の検証では、前回14年の検証と比較して財政的にプラス要因となる出生率推計を上方修正し、高齢化率も低下すると推計した。また生産性向上などを示す全要素生産性(TFP)上昇率や実質賃金上昇率のほか、厚生年金・国民年金などの公的年金資産の運用利回りなど経済の前提は前回より低く設定したという。
毎回注目されるのが所得代替率である。現在の代替率は61.7%だが、経済成長と労働参加が進んだ場合、財源の範囲内で給付水準を自動調節する「マクロ経済スライド調整」が終了する46~47年度時点での厚生年金所得代替率は5割を維持できるとするなど、現行制度の安定性を強調した。
安倍晋三首相は昨年の自民党総裁選で、就労長期化や厚生年金加入者増を軸とした雇用と社会保障制度の改革を目指すとした。今回の財政検証の内容も政府の方針を後押しする内容ともなった。
▲写真 麻生財務大臣と安倍首相 出典:Flickr; The White House
厚労省は年金給付水準確保の手段として、非正規労働者の厚生年金の適用拡大案を示した。現行の企業規模要件を廃止した上で、短時間労働者や一定の収入がある学生、雇用契約期間1年未満の者も年金の支え手とする案だ。支え手は大幅に増えるが、中小企業と非正規労働者、学生の負担が増えることになる。
同時に、基礎年金の加入期間の延長や65歳以上の在職老齢年金制度の廃止、厚生年金加入年齢の上限を現行の70歳から75歳に延長する案も示した。これらの案が採用されれば、受給開始年齢を75歳まで伸ばし、同年齢まで働いた場合には40年度の年金給付水準は現役時代とほぼ同じ額となるという。
「波平理論」という言葉をご存じだろうか。1950年頃の東京を舞台に展開している漫画『サザエさん』の父親の磯野波平さん設定年齢は54歳だ。あの風貌や立ち振る舞い、趣味の盆栽など今から見れば「老人」に見えるがその頃のサラリーマン定年は55歳だから引退間近だ。
当時の男性の平均寿命は約65歳。「波平理論」を提唱する日銀の関根敏隆氏は「生物学的には現在の74歳に相当する」という。定年後も健康で働けるうちは働き、受給者から支え手になれ、という訳だ。
サザエさん一家のようなサラリーマンと専業主婦家庭を想定した厚生年金制度が始まったのは戦時中。令和の今、年金受給年齢は逃げ水のように遠ざかり、「老後」は死語となりつつある。
トップ写真:年金手帳 出典:Wikimedia Commons; Katamakura
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この記事を書いた人
八木澤徹日刊工業新聞編集委員兼論説委員
1960年1月、栃木県生まれ。日刊工業新聞社に入社後、記者として鉄鋼、通信、自動車、都庁、商社、総務省、厚生労働省など各分野を担当。編集委員を経て2005年4月から論説委員を兼務。経営学士。厚生労働省「技能検定の職種等の見直しに関する専門調査会」専門委員。
・主な著書
「ジャパンポスト郵政民営化40万組織の攻防」(B&Tブックス)、「ひと目でわかるNTTデータ」(同)、「技能伝承技能五輪への挑戦」(JAVADA選書)、「にっぽん株式会社 戦後50年」(共著、日刊工業新聞社)、「だまされるな郵政民営化」(共著、新風舎)などがある。