韓国司法に向かう政治的圧力
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2019#37」
2019年9月9-15日
【まとめ】
・曺国氏を法務長官に起用。韓国与野党の攻防戦継続へ。
・迷走の末「野垂れ死に」も?英首相EU離脱やることなすこと成功せず。
・トランプお粗末外交続く。ターリバーンからも批判される始末。
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先週末は珍しく原稿書きが順調で比較的ゆっくりできた。いつもなら日曜日の夜は大抵半徹夜となる。特に、日本語と英語のコラムの締め切りが重なる週は地獄だ。幸い、今週は英語のみなので時間的余裕があった。今週はジョンソン英首相が安倍首相との初の首脳会談で捕鯨問題に「失望」を表明したとの英国の報道を取り上げた。
これで日曜夜は久し振りに爆睡できるかと思ったら、何と未明に台風15号が千葉県上陸、おかげで月曜朝の会議には出席できなかった。被災地域の方々には心からお見舞いを申し上げたい。それにしても、最近の気象庁の発表内容はあまり官僚的でなく、大いに好感を持った。言葉一つで人をその気にさせる良い説明の典型例だ。
今週は日本で内閣改造があり、内政的には一部関係者の関心が高まっている。だが、筆者の関心は内政は内政でも、やはり韓国内政の行方だ。先週ワイドショー系番組のテーマは日韓関係ばかりだったが、これには理由がある。とにかく数字が取れるらしいのだ。テレビ局もビジネスだから視聴率第一、当然といえば当然なのだが・・・。
そうこうしている内に、韓国大統領が例のタマネギ男を法務長官に任命したとの速報が入ってきた。一連の疑惑について韓国検察は妻を在宅起訴し、捜査を拡大しているようだ。多くのメディアは「任命強行は世論の反発を強め、文政権への逆風が強まる可能性がある」と報じたが、それは今後も続く韓国与野党の攻防戦に過ぎない。
筆者の関心は、韓国の司法が、真の意味で政治的圧力から独立し、法だけに基づいて司法権を行使できるか否かである。文在寅政権から見れば、韓国の検察は保守の巣窟であり、最高裁判所(大審院)の改革(左傾化)に続き、検察にもメス(政治介入)を入れるつもりなのだろう。もし検察が保守の巣窟なら、それはそれで大問題だ。
しかし、考えてみれば、この世界に真の意味で「政治から完全に独立した司法」など存在しない。どの国にだって完璧な司法などあり得ない。日本でも昔は「指揮権発動」事件があったのだから・・・、問題は独立の程度だろう。一般人の常識的感覚で見て「政治が介入しない公平で中立な司法過程」ぐらいは最低限確保すべきである。
その点、韓国はどうなのか。前例踏襲を重んじる法曹界は一般的に保守的傾向が強いが、だからといってそれが政治的に反「進歩系」、反「リベラル」であるとは限らない。問題は韓国法曹関係者に、法の専門家として最低限どの程度の「矜持」を求めるべきなのかである。韓国には日本の「大津事件」のような教訓があるのだろうか。
〇アジア
香港デモが続いている。行政長官は「逃亡犯条例」改正案を「完全撤回」したが、この人は政治家として実に勘が悪い。何週間も前にこれを言っていればデモの勢いは収まっただろうが、今となっては「too little、too late」。北京のお偉方も民主制下でのデモ収拾方法が全く分かっていない。現状は起こるべくして起きているのだ。
▲写真 人間の鎖で抗議する香港の学生ら(2019年9月9日) 出典:VOA
〇欧州・ロシア
英首相のEU離脱が一層迷走している。議会では離脱延期法案が可決され、「合意なき離脱」に突っ走る同首相は対抗して議会解散案を提出したが見事に否決された。解散案再提出を狙う首相だが、実弟の閣僚が辞任するなど、やることなすこと成功しない。このままでは本当に「野垂れ死ぬ」かもしれないが、これって英語で何と言ったのだろう?
▲写真 英議会で答弁するボリス・ジョンソン首相(2019年9月4日) 出典:www.parliament.uk
〇中東
相変わらず、トランプ政権の中東外交はお粗末だ。今度は7日に予定されていたアフガニスタン武装勢力・ターリバーンとの秘密会談を急遽取止めたという。トランプ氏がツイートしたものだが、場所はキャンプデービッド山荘の予定で、取止めた理由は前々日カブールで起きた自動車爆弾事件で米兵一名が死亡したからだそうだ。
亡くなった米兵には申し訳ないが、アフガニスタンでは自動車爆弾事件など日常茶飯事、米兵は他にも多く亡くなっている。なぜ今回だけ取止めるのか。トランプ氏お得意の「思い付き」衝動的決定だとすれば、トランプ外交の迷走は続くだろう。公然の秘密だが、トランプ政権内にも米軍アフガニスタン撤退には賛否両論あるからだ。
▲写真 トランプ米大統領(2019年9月9日 アンドルーズ空軍基地/米メリーランド州) 出典:flickr; The White House
これに対し、ターリバーン広報官は「1件の爆破を受けて協議から離脱した米政府には成熟と経験が足りない」と批判したそうだ。ターリバーン如きにこう言われるとは、アメリカも地に落ちたというべきか。要するに、米政府内だけでなく、ターリバーン内部にも米ターリバーン交渉を拒否する勢力がいるのだ。別に驚くべきことではないが・・・。
〇南北アメリカ
先週末、米国共和党内で2020年大統領候補の指名争いに参戦する3人目の政治家が名乗りを上げたという。良く言えば、勇気ある共和党員、悪く言えば、典型的な売名行為だ。しかし、共和党員の間ではトランプ氏の支持率は9割前後であり、恐らく勝ち目はない。それでもこうした声が上がるだけ米民主主義はまだ健全ということか。
▲写真 左から韓国・文在寅大統領、香港・林鄭月娥行政長官、英・ジョンソン首相、米・トランプ大統領 出典:Wikimedia Commons; 韓国大統領府 / VOA /Wikimedia Commons; GOV.UK / White House
〇インド亜大陸
特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きはキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ:法務長官に任命された曺国(チョ・グク)氏 出典:flickr; Republic of Korea
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。