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.国際  投稿日:2019/10/15

米が見捨てたクルド同盟勢力


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2019#42」

2019年10月14-20日

【まとめ】

・クルド同盟を見捨て、米軍のシリア撤退。

・アメリカはトルコの新たな戦争を黙認。

・米下院では大統領の弾劾裁判の準備が始まる。

 

先週末12日は台風19号が神奈川県を直撃するということで、筆者の誕生日ではあったのだが、実家のある鎌倉に缶詰めになった。久しぶりの大型台風だというのでかなり緊張したが、確かに雨も風も半端ではなかった。

たまたま、NYTのニュースサマリーを見ていたら、何と「Typhoon Hagibis devastates Japan」とあった。「ハギビス」と発音するらしいが、Hagibisとは一体何か。米国では昔、ハリケーンといえば女性の名前と決まっていたが、最近は男女平等ということで、半数は男性の名前である。

それではHagibisも人の名前か思ったら、何とhagibisはフィリピンで(恐らくタガログ語か)「スピード、速度」を意味する単語らしい。うーん、勉強になったというか、日本のように番号を付ける方が良いと思うのだが、ただ単に慣れているだけなのかも。更に、13日は日本ラグビーが四連勝でベスト8進出など、日本国内では実に色々あった。さて本題に入ろう。

先週も書いたことだが、重要なので繰り返す。10月7日、遂に米軍がシリアから本格的に撤退を始めた。ということは、これまで対ISIS戦を一緒に戦ってきたクルド同盟勢力を米国が見捨てるということだ。米軍は去るから良いが、残されたクルド勢力はトルコに虐殺されるに決まっている。案の定、トルコは9日に総攻撃を開始した。

こんなこと、戦争を始める前から分かっていたことだ。しかも、トランプ氏は実にフザケタことを言っている。「トルコは民間人、キリスト教徒を含む宗教的少数者を保護し、人道的危機を起こさないと約束した。我々はその約束を守らせる。」

 

Turkey has committed to protecting civilians, protecting religious minorities, including Christians, and ensuring no humanitarian crisis takes place and we will hold them to this commitment.

▲写真 クルド人の民兵組織“ペシャメルガ”の兵士たち 出典:flickr : Kurdishstruggle

おいおい、冗談じゃないぜ。そもそもトルコはクルド人を殺さない約束などしていない。一体何を信じたのか。トランプ氏は終わりなき戦争を止めるため、トルコの新たな戦争を黙認、米国に最も忠実なシリア系クルド人同盟勢力を事実上「見捨てた」のだ。クルド人に起きたことは他の場所の他の米国の同盟国にも起きるのでは?今週の日英コラムのテーマはこれである。

 

〇 アジア

この原稿を書いていたら、韓国のタマネギ法相が突然辞任を表明した。意外に「脆かったなぁ」というのが率直な印象だ。それにしても韓国の「進歩派」を名乗る人々がやっていることは「保守派」と何ら変わらない。これでは韓国一般庶民が浮かばれないではないか。ただ、これで文在寅政権の「終わりの始まり」と即断するのは時期尚早ではなかろうか。古今東西、ポピュリスト政権を甘く見てはいけないと思う。

 

〇 欧州・ロシア

珍しく、今回はポーランドを取り上げる。13日開票の下院選挙の出口調査では、愛国主義・強権政治の保守与党「法と正義」が全得票数の43.6%を獲得する見通し、中道系「市民プラットフォーム」などからなる野党「市民連立」は27.4%に止まるという。

欧州では数年前まで民族主義・大衆迎合主義政党の台頭が強く懸念されていたが、最近ではその種の政党が意外に伸び悩んでいるとも指摘されていた。その意味で、ポーランドはあくまで例外なのか、逆に今回の結果が欧州ナショナリズム、ポピュリズムの潮流を再び拡大するのか気になるところだ。前者であることを祈るしかない。

 

〇 中東

「目には目を」は確かハンムラビ法典の一節だったか。10月11日に紅海で起きたイランタンカーの爆発炎上事件について、イランは「ミサイル2発による攻撃だった」としつつも、サウジアラビアを直接非難はしていない。一方、イランメディアがサウジがやったとの噂を流していることも事実のようだ。これって、6月の日本などのタンカーに対する機雷攻撃の際の状況とほとんど同じではないか。

どうやら、これはサウジとイランの「意地の張り合い」の一環なのだろう。サウジは自分からは仕掛けないが、やられたら必ずやり返す。黙っていればイランが図に乗るだけだから、報復は絶対必要なのだ。「目には目を」がルールだが、「心臓には心臓を」とならないことを祈るしかない。

 

〇 南北アメリカ

トランプ氏の私設顧問弁護士であるジュリアーニ元ニューヨーク市長が炎上している。FBIが同氏を捜査しているとの話もあり、CNNなどは相変わらずトランプ氏に厳しい報道を垂れ流している。米国民のトランプ政権に対する見方は、本当のところ、一体どうなのか。地域、年齢、人種、性別で評価が全く異なるため、判断が実に難しい。

これから米下院による「大統領弾劾のための調査」が本格化し、米内政はますます泥仕合の様相を呈しつつある。最近は米国内政治のエゲツナさが一層鼻につくようにもなった。共和党は酷いが、民主党だって褒められたものではない。まだまだ、大統領選でトランプ氏が再選される可能性はありそうだ。

 

〇 インド亜大陸

特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きはキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

トップ写真:クルドの女性兵士たち 出典:flickr: Kurdishstruggle


この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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