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.政治  投稿日:2019/11/8

松根油、航空燃料復活の可能性


 文谷数重(軍事専門誌ライター)

 

【まとめ】

・ 松根油は高性能航空燃料となる

・ その利点は高比重・低コスト・再エネである

・ ナノ炭素・アルミ・ホウ素混和のベース燃料としても優れる

 

松根油は復活するのではないか?

 

かつて松根油(しょうこんゆ)と呼ばれた燃料があった。戦争末期に生産が試みられた代用燃料だ。松の切り株を掘り起こしチップ化する。そこから樹脂を蒸留回収した燃料である。日本はそれを航空燃料に使おうとしていた。

 

この松根油が復活する兆しがある。精製と改質により軍用航空燃料としての利用が期待されているためだ。松根油燃料はジェット燃料と同様に利用できる。その上で性能でも優れるのである。

 

その利点は何だろうか?

 

整理すれば次の3つである。第1は高比重の利点。第2は低コストの利点。第3は再生可能エネルギーの利点だ。

 

■ 高比重燃料の利点

 

第1の利点は高比重がもたらす高性能である。簡単にいえば容量燃費が15%向上する。これは軍用燃料としての利点である。

 

今日、飛行機はほぼジェットエンジンを利用している。これはプロペラ機やヘリコプターも同じだ。大雑把にいえば過半はジェットエンジンでプロペラを廻している。(※1)

 

その燃料は何でもよい。灯油・軽油系のジェット燃料だけではない。軽いガソリンでもアルコールでもメタンガスでもよい。重い重油でもアスファルトでも動く。さらにはマーガリンでも石炭粉でもアルミ微粉末でも動作する。

 

もし、飛行機を重油で動かせばどうなるだろうか?

 

比重増加により飛行距離は大幅に伸びる。燃料の熱量はほぼ比重に比例する。つまり燃料タンクにヨリ大量のエネルギーを詰め込める。例えばタンク容量1000リットルの飛行機があり比重0.8の灯油では800km飛べるとしよう。燃料を比重0.9の重油に変えればその距離は900kmに伸びるのだ。(※2)

 

松根油燃料はそれを実現する利益がある。その比重は0.93におよぶ。(※3)主成分であるカンフェン、αピネン、リモネンを抽出する。その分子をダイマー、トリマーとして重連、三連につなげればその程度の比重に達する。

▲図  航空燃料の概要。各種資料から筆者作成。

 

しかも物性も問題とならない。航空燃料では凍結温度や粘度も問題となるが松根油燃料では基準は合格する。重油のように高空で固まりエンジンが止まるといった問題は生じない。

 

つまり松根油燃料で飛行機の性能は向上する。従来のジェット燃料JET-A/B、JP-4/5/8の比重は0.75〜0.8だ。それが松根油燃料では0.93となる。つまり比重で15%増となる。同容量の燃料で飛行距離が15%も伸びるのだ。

 

これは軍用燃料として魅力である。例えば航続距離が不満足視されるF-35B型でもA型同様の戦闘行動半径が達成できるのである。

▲写真 F-35B(2019年1月12日)

出典: Flickr; Official U.S. Navy Page

 

■ 低コスト

 

第2は低コストの利点である。松根油は比較的低価格でジェット燃料にできる。その点で現用の軍用高比重燃料よりも優れる。

 

今でも高比重燃料は使われている。例えば比重0.93のJP-10燃料や1.08のRJ-5燃料だ。

 

たが利用は限定される。JP-10は巡航ミサイル用、RJ-5はラムジェット用だ。いずれもキロ単位でしか使用されない。燃料をトン単位で消費する飛行機には用いられていない。

 

なぜなら合成燃料であり高コストだからだ。

 

合成燃料の製造法は迂遠だ。例えば合成ガソリンで有名なFT法は水素と一酸化炭素から作る必要がある。天然ガスや石炭を一度そこまで分解してから合成するのだ。当然ながら非効率である。熱量100の原材料から40の合成燃料も作れない。

 

高比重合成燃料はさらに高額につく。JP-10ほかではその上でシクロペンタンつまり炭素5環体の合成をしなければならない。合成ガソリンのように一発合成できない。しかもその後には重連化や水素添加が必要なのである。

 

それが松根油燃料では効率化される。単純蒸留と精製だけでシクロペンタンであるカンフェンあるいは寸前のαピネン、リモネンが得られるのだ。あとは重合と水素添加だけで高比重燃料となるのだ。(※4)

 

そのコストは合成ガソリンの倍程度にとどまるだろう。FT法による合成油の生産コストはざっと1リットル1ドルとされる。その倍とみれば松根油は2ドル程度で製造できる。これは高比重燃料としては破格である。価格未公表だがJP-10やRJ-5では10ドルは超えるからだ。

▲図 JP-8利用での場合、F-35A型の戦闘半径は670マイル、F-35Bは500マイルである。敵地上空での戦闘時間は不変とすれば戦闘行動半径は同等となる。米海兵隊写真(撮影:A.J.Van Fredenberg)

 

■ 再生可能エネルギー

 

第3が再生可能エネルギーの利点である。

 

航空燃料はグリーン化が求められている。飛行機はCO2排出量が問題視されている。そのため民間航空はバイオ燃料導入を進めている。軍隊もその流れに追従している。米海軍省は10年前から戦闘機や軍艦へのバイオ燃料導入を試みている。

▲写真 100%のバイオ燃料で飛行する米海軍EA-18G Growler(2016年9月1日 米・メリーランド州)。米海軍省はグリーン燃料に熱心でいずれは海軍や海兵隊に使わせるつもりでいる。

出典: 米海軍写真(撮影:Adam Skoczylas)

 

松根油燃料はこの時流に沿っている。高比重燃料では唯一のカーボン・ニュートラルだからだ。

 

材料は特殊ではない。松根油は松の根以外からも採取できる。針葉樹であれば製紙チップや製材端材からも副産物としても得られる。テレピン油や残渣のロジンはそのようにして商品化されている

 

やや離れるが原油価格高騰への対処ともなりうる。松根油は原油由来ではない。また天然ガスや石炭といった化石燃料の生産や消費と競合しない。また種子油脂を主原料とするバイオ燃料とは異なり食料資源とも競合しないのである。

 

■ ベース燃料としての利点

 

松根油燃料の利点は以上のとおりである。

 

なお、さらなる性能向上の方策もある。比重1.1のアダマンタンや1.3のキュバンといったワックスの溶解や固体炭素やアルミ、ホウ素のナノ粉末混和による性能向上である。松根油燃料にホウ素を3割混和させれば容積熱量は従来燃料の50%増となる。

 

もちろんブレンドは他燃料でも可能だ。ただベース燃料としても松根油は安価であり再生可能である。その点でも優れている。

▲図 アマダンタンは将来航空燃料としてよく言及される。融点は高いが燃料には容易に溶解する。塩は800度まで溶融しないが20度の水でも溶解することと同じである。筆者作図

 

なお、高比重燃料に関しては以前に『軍事研究』に発表している。

文谷数重「『高比重燃料』軍用ビークルの燃費革命」『軍事研究』2018年5月号(JMR,2018)pp.182-194.

その元となった同人誌『高比重燃料の活用』に関しては以下の通販で頒布中である。

 

https://ec.toranoana.shop/tora/ec/item/040030773469(とらのあな)

https://www.melonbooks.co.jp/detail/detail.php?product_id=561205(メロンブックス)

 

(※1) 正確には総称してガスタービン・エンジンと呼ぶ。ジェットエンジン、ターボプロップ、ターボシャフトはガスタービンの下位概念である。

 

(※2) 重油そのものを使う例もある。船舶・発電機のヘビー・ガスタービンでは常温残渣油に近い粗悪な黒重油を用いた例もある。また航空エンジン転用型でもオイルショックの時代にはジェット燃料と重油を混和した燃料を利用した例もあった。

 

(※3) 潘倫ほか「高密度航空航天燃料合成化学」『科学進展』27(11)(北京,中国科学院基礎科学局,2015)pp.1531-1541.

 

(※4) 松根油の燃料化操作の詳細は以下に詳しい。

     Meylemans,H.A etal”Efficient conversion of pure and mixed terpene

feedstocks to high density fuels” “Fuel” 97 (Oxford,Elsevier,2012) pp.560-568.

 

▲トップ写真 日本海軍の試作ジェット攻撃機「橘花」。燃料は松根油と一般ガソリン9:1のブレンドである。なお高オクタンの航空ガソリンはジェットエンジンには向かない。旧海軍写真(著作権保護期間は経過している)。

 


この記事を書いた人
文谷数重軍事専門誌ライター

1973年埼玉県生まれ 1997年3月早大卒、海自一般幹部候補生として入隊。施設幹部として総監部、施設庁、統幕、C4SC等で周辺対策、NBC防護等に従事。2012年3月早大大学院修了(修士)、同4月退職。 現役当時から同人活動として海事系の評論を行う隅田金属を主催。退職後、軍事専門誌でライターとして活動。特に記事は新中国で評価され、TV等でも取り上げられているが、筆者に直接発注がないのが残念。

文谷数重

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