日本のEEZ主張は説得力なし
文谷数重(軍事専門誌ライター)
【まとめ】
・中間線分割は日朝間にオーバーラップを生んでおり説得力に欠ける。
・領海外は漁業自由だったEZZに関して日本は隣国との話し合いが必要。
・東シナEZZも同様に自明ではない。
日本政府のEEZ主張は妥当なのだろうか?
今月7日に北朝鮮漁船が水産庁取締船に衝突・沈没する事件が発生した。日本海の大和堆(たい)における漁業の取締りで生じた事態である。
政府は現場を日本の排他的経済水域内としている。大和堆は日本EEZに含まれる。そこで北朝鮮漁船が操業した。そのため日本公船として北朝鮮漁船に退去を求め放水を加えた。このような見解である。そして日本国民はそれを自明としている。
それは疑いない事実なのだろうか?
そうではない。日本政府が主張するEEZは必ずしも説得力を持ち得ていない。対外主張として完全無欠な主張ではない。その内容は日本国民が信じるほど確固ではない。
▲写真 放水 − 日本主張は確固とした内容ではない。政府はそれを承知している。大和堆付近においても立入検査や拿捕といった強硬措置を取らない理由はそれである。 出典:『平成30年度水産白書』WEB版より「北朝鮮漁船に放水措置を行う漁業取締船」
■ 中間線分割は自明ではない
まずは大和堆をEEZ範囲内とする理屈が弱い点だ。日本主張の中間線分割は自明の論理ではない。
大和堆周辺には日朝EEZ主張が重複する部分がある。日本側は舳倉島と竹島基点から200マイルを取る。また北朝鮮が鬱陵島と舞水端と独島基点から200マイルを取る。そうするとオーバラップが生じる。
この重複部について日本は「中間線が境界」と主張している。そこでEEZは暫定的に分割されるとしている。
一見すれば妥当な主張とも受け取れるだろう。中間線は機械的かつ公平な解決法に見えるためだ。
だが、この中間線分割は絶対的な説得力を持たない。機械的な境界確定は却ってアンバランスな結果を生む。北朝鮮は大和堆漁場を失うため納得はしない。また第三国も妥当とは見ない。日本だけが好漁場を独占し均衡を欠くとみなす。
実際のところ、このような場合では「衡平の原則」が持ち出される。両者の利益をバランスさせる調整である。例えば係争海域に接する海岸線の長さを加味するやり方だ。
その点で日本主張の中間線による分割は通用しがたいのだ。相手国や世界に通用しがたい。
将来ありうる日朝EEZ分割もまずはそうなる。日本舳倉島の海岸線長と北朝鮮の舞水端や朝鮮領域としての鬱陵島海岸線長の加味である。
その点で政府による大和堆は日本EEZは完全無欠の主張ではないのである。
▲図 EEZの重複「日韓漁業協定水域図」− 大和堆は日本と韓国・北朝鮮から200マイル以内にある。相互のEEZ主張が重複している。そのため日韓では暫定水域としている。出典:鳥取県HP「新日韓漁業協定の内容」より
■ 漁業協定未締結と既得権
また、日本は大和堆で北朝鮮漁業を完全排除できるかも怪しい。
なぜなら協定未締結や既得権の問題も伴うためだ。
EEZが膾炙したのは最近の話である。「沿岸200マイルの漁業・海底資源は沿岸国の所有である」 この考えが一般化してから50年は経っていない。
そしてEEZ以前は領海外は漁業自由であった。今回の大和堆もそのような場所だ。EEZ以前には日本漁船にも北朝鮮、韓国、ソ連の漁船にも開かれた海であった。*
この経緯からすれば単純な囲い込みはしがたい。EEZを設定する際には沿岸国の漁業には配慮をする必要がある。特に境界近くの漁場に関しては既得権として入会を認める必要もある。
本来、大和堆漁業について日本は自儘にできない。仮に日本EEZに含まれても一方的に振る舞えないのだ。
本来は漁業協定に類した話し合いが必要だ。沿岸国である北朝鮮漁業もそれなりに配慮する必要がある。その調整を経なければ一方的な漁業排除はできない。
だが、日本は北朝鮮とは取り決めをしていない。国交もなく政府間交渉もない。
この点でも日本主張は完全無欠ではない。仮に大和堆が日本EEZ内にあっても北朝鮮に既得権を主張されうる立場にあるのだ。
■ 竹島基点の可能性
付け加えれば基点の問題もある。今回のEEZ主張は竹島基点としている可能性もある。政府は厳密な事件発生地点を示していない。その点で可能性は払拭できない。
もし、そうであれば日本主張は一人よがりとなる。北朝鮮も同様に独島つまり竹島基点のEEZを主張できるからだ。
竹島は日韓の領土係争地域である。韓国は「独島は慶尚北道に属する。慶尚北道は大韓民国に属する」と主張している。
その点で日朝の領土係争地域ともなる。北朝鮮は自身を朝鮮を代表する政府と主張している。「独島は慶尚北道に属する。慶尚北道は朝鮮に属する」ともなるのだ。
EEZが竹島基点なら日本主張の説得力はさらに落ちる。係争地域での牽強付会でしかないためだ。
▲写真 竹島 − 仮に日本主張が竹島基点とすれば説得力は全くなくなる。日本と韓国の係争地である。つまりは日本と北朝鮮との係争地でもあるためだ。出典:WIKIMEDIAより「The Liancourt Rocks viewed from the North」(CC BY-SA 2.0 KR)
■ 日本政府も承知している
政府のEEZ主張は国民が信じるほど確固としてはいない。相手国や国際社会を納得させる鉄板の主張ではない。そういうことだ。
これは日本政府も承知している。世界が納得する内容ではない。
だから大和堆では北朝鮮漁船は本気で取り締まらない。以前は警告するだけ。今でも放水しかしていない。また今回の事件でも漂流漁民を日本漁業法違反に問わなかった。
もちろん日本の政府主張は「強欲」でもない。なにより権利主張である。権益であるEEZ面積を最大化する理屈をこねるのは役人の責務だ。
だが、国民が「政府主張は完全無欠」と信じ切るのは脳天気である。その点で日本政府のEEZ主張は妥当か。あるいは相手国や国際社会に通用するかは疑うべきである。
■ 東シナ海中間線も自明ではない
なお、日本主張の不確固は東シナ海でも同じである。政府主張は中間線分割である。そして国民も主張が通ると信じている。中国の大陸棚分割は理屈も古く通用しない。日本主張は公平であり世界は支持すると考えている。
▲写真 中国ガス採掘 − 東シナ海での中間線主張も通用する理屈ではない。写真は採掘中のガス井。出典:防衛省撮影の写真を「中国による東シナ海での一方的資源開発の現状」(外務省)より入手。
だが、日本主張は通用はしがたい。衡平の原則が持ち出されれば立場は悪い。中国の東シナ海沿岸線は日本の東シナ海沿岸線より長い。台湾省も加えればなおさらだ。日本EEZは相当に東に押し出されることとなる。
その点からすればガス田問題はあまり触らないほうがよい。現状で中国は日本主張に配慮している。つまり労せずして中間線が実現しているからだ。
*以前は領海6マイルの外であれば自由に漁業ができた。例えば戦後の日本漁船は水産業未発達であった中国、韓国、ソ連領海のギリギリ外で魚を根こそぎ奪う漁業を行っていた。当然ながら近隣諸国の強烈な反発を買った。だが日本漁業は反省せず対抗策として「英国旗へのリフラッグ」も検討する身勝手さがあった。このような海洋国による強引な振る舞いがEEZの概念を生んだ原因でもある。
トップ写真:衝突された漁業取締船「おおくに」。水産庁の傭船であり所有は民間である。ハルストライプはないがファンネルマークで政府公船の地位を誇示している。写真は「日本海大和堆周辺水域等における外国漁船への対応状況について」出典:(水産庁。2019)より入手
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この記事を書いた人
文谷数重軍事専門誌ライター
1973年埼玉県生まれ 1997年3月早大卒、海自一般幹部候補生として入隊。施設幹部として総監部、施設庁、統幕、C4SC等で周辺対策、NBC防護等に従事。2012年3月早大大学院修了(修士)、同4月退職。 現役当時から同人活動として海事系の評論を行う隅田金属を主催。退職後、軍事専門誌でライターとして活動。特に記事は新中国で評価され、TV等でも取り上げられているが、筆者に直接発注がないのが残念。