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スポーツ  投稿日:2019/12/24

私のパフォーマンス理論 vol.45 -嫉妬とその対処-


為末大(スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役)

 

【まとめ】

  • 嫉妬に対しては嫉妬してはならないという思い込みを外すことから始まる
  • アスリートにとって大事なことはこの嫉妬から生じるエネルギーの投下先
  • 嫉妬された時の対処で一番いいのは、受け取らないこと

 

スポーツに限らず嫉妬というのは人間社会に深く影響を与えている。嫉妬に対しての対処は古くから様々に語られているが実際に社会の中から嫉妬が消えていないようにみえるので、嫉妬は消すのが容易ではないという前提でうまく扱っていかなければならないのだろう。

嫉妬とは何か。私は自分自身が欲しいと思っているものを持っている相手に感じるネガティブな感情だと整理している。ずるいという感情も含むかもしれない。欲しいものに対して人は嫉妬するのだから、嫉妬している自分をよく観察すると自分が欲しがっているものやコンプレックスに感じているものがわかるので興味深い。

まず嫉妬に対しては嫉妬してはならないという思い込みを外すことから始まる。嫉妬しているならそれを認めなければならない。嫉妬しているのにしていないと自分を押さえつけようとすると、嫉妬のエネルギーはこじらせて自分の内側で渦巻くようになり、嫉妬に振り回されてしまう。おそらく嫉妬という感情を人前で話してはいけないし、そう感じてもいけないと子供の頃から社会から感じ取っていて、それを認めることが難しくなっているのだろうと思う。しかし、人は自分の内側に感情を抑制し続けられるほど強くない。あってはならないはずの嫉妬は実際にはあり、そしてないはずの負のエネルギーが実際にそこにあるにもかかわらずそれを認められないのであれば、そのエネルギーは抑制されず、内側においては苛立ちをうみ、外部に対しては攻撃性を生む。羨ましい、悔しいと言えなくなった人間が批判的になるのはそのメカニズムだと思っている。

アスリートにとって嫉妬自体は問題ではない。嫉妬も一つのエネルギーだから、それだけでは善も悪もない。嫉妬のエネルギーの行先を、自分や社会に対し悪い影響を及ぼす行動をとることが問題だ。使いようによっては勝利に近づくための原料にもなりうる。だから、選手が最も気にしなければならないのは嫉妬した時の感情を一体何に投下するのかという選択の部分だ。

嫉妬しているのは欲しいはずのものが、自分ではなく誰かが手にしていることが原因なのだから、それを手に入れるために自分自身を高めて手に入れられるようにする、というが一番わかりやすい投下方法になる。そうでないパターンは、嫉妬に苦しむのは視野が狭いことが原因でもあるので、遠くまで行き高くまで登れば、あんなに欲しくてしょうがなかったものがしょうもないものに見えるということも往々にしてある。だから、嫉妬のエネルギーを自分の器を大きくすることに使いましょうということだ。嫉妬の使い道はとにかく自分の前向きな将来につながる行動につなげることに尽きる。これがうまく機能すれば嫉妬は文字通りエネルギーになり、嫉妬すればするほどトレーニングに没頭できるということが起きる。もちろん到達してもなお嫉妬心がなくならないこともありえるが、それでも嫉妬のエネルギーによって一定の成功を納められるなら御の字だろう。

嫉妬のエネルギーを考え込む方に使ってしまう場合は、他者を攻撃するよりはましかもしれないがあまりいい結果を生まない。なぜ自分は嫉妬するのか。嫉妬しないためにはどうすればいいのか。嫉妬してしまう自分はダメなのではないか。このように考えることは一定期間であれば自分への理解を深めるが、実際の行動を伴わず考えることに嵌まり込んでいくなら堂々巡りに陥る。嫉妬と向き合うことはいいが、嫉妬の解明に執着してはならない。こういった類のものは覗けば覗くほど人を引き摺り込むからだ。ある程度考えた後は、馬鹿になったように行動に移し、気がついたら忘れていたというのが一番いい。

他者に嫉妬されることもある。嫉妬された時の対処で一番いいのは、受け取らないことだ。なだめるでもなく、攻めるでもなく、その人の前では微笑をたたえ多くを語らず、対処は機械的に行い、自分のやるべきことに没頭するのが一番いい。こういったものは一度でも対応すると相手は反応してくれると思って長期化する。人間は人間関係について考える時が一番頭を疲れさせる。嫉妬で他者を攻撃する人間はだいたい常習で、もはや嫉妬するために対象物を探しているような状態になっているから、そこに説得可能なロジックはない。わざわざその標的に名乗りを上げる必要はない。

スポーツ界はポジションが限られているので嫉妬心がむしろ強い傾向にある。引退したあとスポーツの世界で生きていきたいのであれば、特に年齢が上の人間の嫉妬心は意図的には刺激しない方がいいだろう。かといって萎縮する必要もないので、淡々と自分の競技にフォーカスするのが良い。賢い選手は、これを知って謙虚を演出するが、それはそれで本当にわかっている人間にはむしろ上から目線の振る舞いに見えるので、あまりやりすぎない方がいい。

嫉妬は人間社会において必ずある感情で、この扱いによって身を立てることもあれば滅ぼすこともある。繰り返しになるが嫉妬はただのエネルギーに過ぎない。アスリートにとって大事なことはこのエネルギーの投下先だ。間違えても投下する先を自分の人生をよくすること以外に向けてはならない。せっかくのエネルギーを外部に漏らすような愚かなことをしてはならない。

 

トップ画像:Pixabay by Free-Photos

 

 

 


この記事を書いた人
為末大スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役

1978年5月3日、広島県生まれ。『侍ハードラー』の異名で知られ、未だに破られていない男子400mハードルの日本 記録保持者2005年ヘルシンキ世界選手権で初めて日本人が世界大会トラック種目 で2度メダルを獲得するという快挙を達成。オリンピックはシドニー、アテネ、北京の3 大会に出場。2010年、アスリートの社会的自立を支援する「一般社団法人アスリート・ソサエティ」 を設立。現在、代表理事を務めている。さらに、2011年、地元広島で自身のランニン グクラブ「CHASKI(チャスキ)」を立ち上げ、子どもたちに運動と学習能力をアップす る陸上教室も開催している。また、東日本大震災発生直後、自身の公式サイトを通じ て「TEAM JAPAN」を立ち上げ、競技の枠を超えた多くのアスリートに参加を呼びか けるなど、幅広く活動している。 今後は「スポーツを通じて社会に貢献したい」と次なる目標に向かってスタートを切る。

為末大

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