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.国際  投稿日:2020/3/6

米大統領選が映す日本の危機


島田洋一(福井県立大学教授)

「島田洋一の国際政治力」

【まとめ】

バイデンサンダーストランプ、3氏の誰が次期大統領になってもおかしくない。

・日本の安全保障の危機は、サンダース大統領が誕生した場合の外交安保政策で「非介入主義」取る点。

・サンダース氏の中東を起点とする国際石油輸送ルート防護を打ち切る方針が及ぼす日本への影響。

 

3月5日の米大統領予備選「スーパー・チューズデー」では、民主党主流派がバイデン前副大統領に支持をほぼ一本化させ、同氏の奇跡の復活を後押しした。

左派のサンダース上院議員も、最大票田のカリフォルニア州で1位を確保して着実に獲得代議員数を伸ばしており、バイデン、サンダース両候補がほぼ横並びで激しい指名争いがなお続くことになろう。

▲図 3月3日時点での各州の支持(紫:バイデン氏、緑:サンダース氏)出典:Ballot Pedia

共和党現職のトランプ大統領にとって最も望ましいシナリオは、代議員獲得数でサンダース氏が僅差でバイデン氏を上回りつつ過半数には達しない状態で夏の民主党大会を迎える展開である。

党大会の第1回投票では、予備選の結果に縛られるため、すでに撤退したブティジェッジ、クロバシャー候補らが得た代議員票が他候補に回ることはなく、誰も過半数を得られない可能性は十分ある。

その場合の決戦投票では、特別代議員(民主党の上下両院議員、知事ら)が投票に加わるが、彼らはエスタブリッシュメント(既存エリート層)そのもので、大半はバイデン支持に回ると見られている。そうなると、予備選に示された草の根の意思を政治エリートがひっくり返したという構図になり、サンダース支持者の反発は必至である。彼らの少なくとも一部は、11月の本選で棄権に回るだろう。トランプ陣営にとって最も望ましい民主党の自壊である。

さて現段階では、バイデン、サンダース氏とも、本選で一騎打ちとなった場合の支持率でトランプ氏を約5ポイント上回っている(有力世論調査平均値)。3氏の誰が、次期大統領になってもおかしくない。

▲写真 バイデン前副大統領 出典:Frikr: Gage Skidmore

日本の安全保障の観点からとりわけ重大なのは、サンダース大統領が誕生した場合である。「民主社会主義者」を自称する同氏は「極左」と形容されるが、民主党全体が左傾する中で、国内政策ではもはやさほど浮いた存在ではない。例えば同氏が主張してきた最低賃金時給15ドルは、今や民主党全体の公約となっている。

問題は同氏が、外交安保政策において徹底した「非介入主義」(non-interventionism)を取る点である。サンダース氏は2003年のイラク戦争はもちろん、1991年の湾岸戦争開戦にも反対した。

その反対の論理が興味深い。次のように述べている。

サダム・フセインによるクウェート侵攻は許しがたい暴挙であり、最も強い言葉で非難する。あまりに明白な侵略であるがゆえ、珍しく国際世論も一致して、イラク軍撤退を求めている。従って、武力でなく国際世論や経済制裁の力で撤退を実現することが可能であり、その道を追求しないなら人類の未来はない―。

一方、国際的に議論の分かれる紛争事案においては、サンダース氏は、国際世論に一致が見られない中で、米軍の単独介入などあってはならないと主張する。

要するに、いかなる場合でも米軍は海外の紛争に介入してはならないというわけである。もちろんサンダース氏も、アメリカ自らが攻撃を受けた場合には、軍の最高司令官として遅滞なく断固とした措置を取ると述べる。

自国の防衛以外には軍事力を使わず、海外派兵はしない。要するに戦後の日本の立場と同じである。従って、日本政治からサンダース氏を批判する論理は出てこない。自ら、サンダース政権出現による抑止力の大幅低下に備える以外ないだろう。

サンダース氏は手続き論においても、自己防衛以外の軍事力行使には、憲法上、議会の明示的な承認が必要だとする立場を取る。

歴代大統領はいずれも、時に議会に支持を求めることはあっても、原則として、最高司令官たる大統領には米軍を動かす広範な裁量権があるとの立場を取ってきた。自ら手を縛る解釈を取る辺り、徹底した非介入主義者たるサンダースの面目躍如と言える。

以上に鑑みれば、例えば中国軍が尖閣諸島に上陸した場合、サンダース大統領が直ちに米軍に出動を命じるとは考えられない。当然それは、中国側のリスク計算に影響を与えるだろう。

サンダース氏は徹底した「反化石燃料主義者」でもある。石油・石炭・天然ガスへの依存から速やかに脱却し、太陽光、風力、地熱などの再生可能エネルギーに完全転換することを説く。

また福祉や国内インフラ整備(それは公共事業関連の職を作り出すことでもある)の費用を捻出するため、軍事費を徹底整理すべきことも説く。

その二つの要請が相まみえる点の一つとして、サンダース氏は、中東を起点とする国際石油輸送ルート(シーレーン)の米軍による防護を打ち切る方針を示している。アメリカ自身が石油から脱却する以上、輸送ルート防護に関与する必要はないし、他国に石油依存からの脱却を促す意味では関与してはならないとの論理である。これが実行されれば、石油の9割近くを中東に頼る日本にとって由々しき事態となろう。

こうした状況が約1年後に現れるかも知れないのである。結果的に、トランプ再選ないしバイデン当選となっても、「サンダース大統領」を想定した安保体制の強化は何ら無駄にはならない。むしろサンダース氏台頭を奇貨として遅れを取り戻す。そうした政治意思が必要だろう。

トップ写真:サンダース上院議員 出典:Photo by Jackson Lanier


この記事を書いた人
島田洋一福井県立大学教授

福井県立大学教授、国家基本問題研究所(櫻井よしこ理事長)評議員・企画委員、拉致被害者を救う会全国協議会副会長。1957年大阪府生まれ。京都大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程修了。著書に『アメリカ・北朝鮮抗争史』など多数。月刊正論に「アメリカの深層」、月刊WILLに「天下の大道」連載中。産経新聞「正論」執筆メンバー。

島田洋一

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