暗黒のNYにトンネルの出口
柏原雅弘(ニューヨーク在住フリービデオグラファー)
【まとめ】
・外出規制が続き、市民は「閉所性ストレス」に。
・新規に入院した患者は劇的に減ってきている。
・「見えてきたかもしれない出口」への期待が気持ちを明るくする。
目が覚めると今朝もまた、ため息がでてしまった。
ここのところ、春の朝の明るさが眩しい。だが毎日、私と家族は皆、朝を暗鬱な気分で迎えている。
ニューヨークでは外出制限が日々厳しくなり、午前中は必ず家にいることが多くなった。その結果、11時のクオモ・ニューヨーク州知事の会見をテレビで見ることが日常の一部になっている。
写真)クオモNY州知事
出典)flickr : Metropolitan Transportation Authority of the State of New York
先日見ていた会見で「キャビン・フィーバー」なる言葉を知った。聞いたことのなかった言葉だったが、「閉所性ストレス」というような意味らしい。要は、ずっと同じ場所に閉じこもり状態になると起こる情動不安定な精神状態全体を指す言葉で、今、ニューヨークに住んでいるひとは大なり小なり、この症状を抱えているのではないかと想像してしまう。
買い物に行くため、一人外に出る(買い物には基本、一人で行けとの州政府からの通達)。私のアパートの外は、西部劇のゴーストタウンか、核戦争後の街を描く映画よろしく、通りにはほとんど人影が当たらない。しかし、おびただしい数の建物の、おそらくすべての窓の中には、ぎっしりと住人が息を潜めている。重要な用事以外、外には出てはいけない。これでは住人の誰もが「キャビン・フィーバー」になっていてもおかしくない。
スーパーに着くと長蛇の列。大きなスーパーの中には常時10人程度以下しか客は入れないため入場制限。長蛇の列のひとりひとりの客の間は180センチ開いている。客には笑顔が皆無だ。人と絡み合うのが大好きなニューヨーカーなのに喋る人は誰もいない。とにかく雰囲気が暗い。
毎日が息苦しい。
写真)スーパーに入る長蛇の列。間隔を180センチ以上開ける警告に従わなければ1000ドルの罰金だ。
出典)筆者提供
今朝のクオモ知事の会見によると、この日はNY州で最初に新型コロナの陽性患者が発見されてから37日目だということだった。そんなに経ったか?と思い、カレンダーに書き込んでいた日付を確認してみた。
3/16 レストランなどの営業が停止。全・小中高校閉鎖。
3/22 事実上の外出禁止令発布
3/23 公立校全校オンラインで授業開始
ニューヨーカーの生活が制限されてなんと今日(4/7)で「まだ16日」しか経っていなかった。だが個人的な感覚ではもう2ヶ月位、こういう生活を送っているような気がする。
制限がある生活下の日常生活のストレスが、自分でも気が付かないうちに少しずつ自分の精神をむしばみつつあると感じている。
いつまでこういう生活が続くのか。
始まった時はそれなりに覚悟したつもりだったが、今では甘かった、と思っている。たった16日なのにもう辛い。そして増え続ける感染者、死者などのニュースがまた辛い気持ちに拍車をかける。
昨日、新型コロナウイルスによる新たな死者は一日だけで731人になったいう。すでに亡くなった人はこれで5489人。この日に亡くなった人の数は今までで一番多い。
だが私が一番ストレスを感じるのは、強いられている生活の不便さそのものより、すぐそこに転がっている「影」だ。入院した人のうち75%前後の人が退院出来ている、とも言うが、数字でいうと州全体で5500人近くの人がすでに亡くなっている。
クオモ知事によれば、入院して人工呼吸器を装着されると、その後呼吸器が外れて生きていられる率は20%だという。亡くなった方々はおそらく全員が数週間前には自分の死など想像すらしてなかったのではないか。数週間前のこの病気に関する情報はまだ楽観的だった話も多かったように思う。
病院では確実に数時間内に亡くなる、と医者が判断した患者の家族1人のみ、面会を許可しているという。家族は病院で待機出来ないため電話で呼び出される。「面会」はフェイスタイムなど携帯の画面を通して行われ、意識がない患者に対して家族が最後に携帯を通して呼びかける光景は想像するだに地獄だ。ウイルスに汚染されているため、その後の殆どの遺体の行き先は未定だ。
私のアパート近くの病院の駐車場には、亡くなる人が多すぎて、霊安室に置けない遺体を一時的に保管するトレーラーが小学校がある通りから丸見えだ。救急車の車内を消毒する作業に追われる救急隊員の姿も見える。数週間後に今、自分が見ているそのトレーラーに自分や自分の家族が乗っていないと断言できる根拠はどこにもない、と不吉な想像を働かせてしまう。
写真)病院の「遺体保冷車」。住宅街の通りに面している場所にある
出典)筆者撮影
1日で700人以上の人が「近くで」亡くなっている。しかし、その数字以上に、最近大きく伝えられていることもある。
ここ数日で新規に入院した患者が劇的に減ってきている、というニュースだ。症状が悪化して人工呼吸器を装着された人の数も減少傾向にある。間違いなく良い話なのだが、州知事は喜ぶのは早い、とばかりに言動は慎重だ。
これが感染拡大の山の頂点なのか、台形の山のトップにいる状態なのか、引き続き見極めが必要としている。一方、数が下降気味になって来ているのは決して、天から降ってきた数字などではなく、市民一人ひとりの行動があらわれた結果だ、とも言う。
市民としてはこれらのニュースを歓迎しないわけがないが、結果、市民の気分が浮かれて行動の制限が甘くなり、再びの感染の拡大を招く可能性もあるとして警戒、知事は事実上の外出禁止を4/29まで延長した。
日々耐え難くなる生活だが、「見えてきたかもしれない出口」への期待はわずかながらでも気持ちを明るくしてくれる。
こちらでは「その後」も語られ始めた。しかし、語られるのは、もう戻ることの出来る「日常」がない「その後」だ。
たったひと月あまりでアメリカの社会の形態は、その有りようの根本から変わってしまった。「その後」に「元に戻ることのできる日常や社会が待っている」と思うニューヨーカーはどのくらいいるのだろうか。
日本ではここに来て非常事態が宣言された。宣言が遅かったとか、効果が疑問、とか言われていたり、いろいろな意見があるようだが、今となっては宣言が奏効するのを祈るしか無い気持ちにもなる。
感染者がずっと増え続けているニューヨーク。下落傾向にある入院者の数はこれからのニューヨークの明るい兆しなのだろうか。
大変な苦労が待ち受けている事は理解しつつも、それでも必ずその先につながる未来が、ここでは少しずつ、おぼろげながらだが見えて来た気がする。
トップ写真)「客人数制限10人」のスーパー。片面3台ある自動レジの真ん中はソーシャル・ディスタンス維持のため封鎖されている。
出典)筆者撮影
【訂正】
訂正日:2020年4月9日
写真のキャプション表記に一部誤りがあったので、以下のように訂正をした。
誤)クオモNY市長
正)クオモNY州知事
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この記事を書いた人
柏原雅弘ニューヨーク在住フリービデオグラファー
1962年東京生まれ。業務映画制作会社撮影部勤務の後、1989年渡米。日系プロダクション勤務後、1997年に独立。以降フリー。在京各局のバラエティー番組の撮影からスポーツの中継、ニュース、ドキュメンタリーの撮影をこなす。小学生の男児と2歳の女児がいる。