[古森義久]<北朝鮮のしたたかな交渉戦略>相手を騙し「取りたいものだけを取る」交渉術に注意
古森義久(ジャーナリスト/国際教養大学 客員教授)
◆北朝鮮の交渉術〜楽観は禁物
北朝鮮がこのところ日本の拉致問題などについて、奇妙なほどの軟化をみせ始めた。
北朝鮮当局は横田滋、早紀江夫妻を拉致された長女めぐみさんの娘に面会させた。日本政府に対し、日本人拉致の再調査の意向を伝えたという報道もある。日本側では古屋圭司・拉致問題担当大臣が、もし北朝鮮がそうした方向への措置をとれば、日本政府の対北制裁も緩める構えがあると表明した。
確かに北朝鮮側になにかの大きな変化が起きているという兆しがうかがわれるのだ。人権弾圧の「凍土の共和国」に拉致されたままの日本人男女が帰国できるという展望は、日本国民の大多数を奮い立たせるといえよう。
だが、そこで想起させられるのは、北朝鮮のこれまでの対外交渉の特徴である。過去の記録は北朝鮮が自国の欲するものを入手するために、諸外国との交渉を始め、その欲しいものを得たとたんに態度を急変させるというパターンをあまりに多く繰り返してきたことを示している。
その北朝鮮独特の交渉術はアメリカの朝鮮半島専門家チャック・ダウンズ氏著の『北朝鮮の交渉戦略』という書が詳述している。この書が出たのは1998年だが、アメリカの国防総省で長年、北朝鮮を担当したダウンズ氏はそれまで50年ほどの北朝鮮 政権の実際の交渉パターンを精密に分析していた。私もワシントンでの報道活動でその書を読み、納得される点が多かったのだ。
『北朝鮮の交渉戦略』は北朝鮮が対外交渉で相手国に「楽観」「幻滅」「失望」そしてまた「楽観」という心理状態を順番に抱かせるのがパターンだと詳述している。ダウンズ氏はその内容を次のように解説していた。
「北朝鮮は自国の政策に基本的変化があるようにふるまい、相手国に有利となりそうな寛容な態度を示唆する。相手が楽観へと転じ、前に出てくると、自国が欲する経済援助や制裁解除を取りつけ、その後に態度を急変させ、相手を幻滅させる。北朝鮮はさらに交渉の事実上の打ち切りまでに至り、相手を失望させる。相手は最悪状態のなかで、やがてまた北朝鮮の軟化を期待し、楽観への道を歩む。
北朝鮮への交渉を試みる側はこの楽観、幻滅、失望というサイクルのなかの3つの心理状態のどれかしか抱いていないことになる」
簡単にいえば、相手をだまし、取りたいものだけを取るという、したたか交渉術だというのだ。北朝鮮への楽観が生まれつつあるいまの日本では、念頭に入れておくべき分析だろう。
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