イージス・アショア整備の矛盾
文谷数重(軍事専門誌ライター)
【まとめ】
・本来イージス・アショアは国民が安心するための政治兵器であった。
・だが整備計画では完璧な迎撃を目指してしまった。
・整備主旨と整備計画の矛盾により問題を生じた結果、計画は頓挫。
防衛省はイージス・アショアの整備中断を発表した。ブースター落下問題が解決できないから秋田・山口での建設工事を中止する。防衛省はそう説明している。
本当の理由は計画の八方塞がりである。アショア整備では配置場所や予算超過、完成時期の問題も積み上がっていた。その結果としてにっちもさっちも行かなくなり中止に至ったのだ。
なぜ計画は頓挫したのか?
整備主旨を明示しなかったためだ。本来は国民の不安解消のための政治兵器である。だが防衛省側はその意図を汲み取らず馬鹿正直に完璧な迎撃を目指してしまった。この整備主旨と整備計画の矛盾により計画は中止に至ったのである。
▲写真 秋田県に配置するとしても市街地に作る必要はなかった。空自加茂のレーダーサイトのうち、遠距離探知用レーダをアショアに置き換える選択肢もあったはずである。図はグーグルマップのキャプチャーであり筆者が矢印等をいれた。
■ イージス・アショアは政治兵器
イージス・アショアの整備目的は何か?
日本国民の不安解消である。
国民は北朝鮮の弾道弾に不安を抱いていた。地理上の問題から試射方向は全て日本に向いていた。また一部の弾道弾は日本の上空を通過した。そしてその脅威を政権は煽った。その結果である。
それにより社会にも悪影響も生じていた。試射のたびにJアラートが発令された。その結果、屋内避難や鉄道等の運行停止といった過剰反応が引き起こされた。また朝鮮半島にルーツをもつ人達への差別迫害も引き起こされた。
アショア整備の目的はその払拭である。従来のイージス艦やPAC-3に新しいミサイル防衛が加わる。それにより「弾道弾迎撃は確実になった」と国民に信じてもらうための政治兵器として選択されたのだ。
■ 完全迎撃を目指した防衛省
だが、政府はこの主旨を明確にしないまま整備を進めてしまった。
整備を命じられた防衛省側は本来の整備主旨を汲めなかった。国民不安の払拭といった目的は漠然と理解されていたはずだ。だが明文化された指示ではない。そのため主旨を計画に反映できなかったのだ。
結果、馬鹿正直に北朝鮮弾道弾の実迎撃を最優先してしまった。
イージス・アショアにはこの整備主旨と整備計画の矛盾があったのだ。それにより性能水準、周辺対策、優先度の3つを誤り、ついに頓挫したのである。
■ 過剰性能の追及
まずは性能水準の誤りである。防衛省は整備趣旨を理解せずに完璧な迎撃体制の確立を目指してしまった。
本来ならば性能は最低限でよかった。既存型のアショアを購入し迎撃ミサイルを装填する。そうすれば国民は安心感を得られたのだ。
だが、完全迎撃を目指したため価格と完成時期が問題化した。
価格高騰は当然であった。本来ならば800億円で済む整備が4000億円に達したのだ。まず高性能に目がくらみ実物もない新型レーダLMSSRを選んだ。結果、単価は800億円から2000億円に膨らんだ。しかも本気で日本全土をカバーしようと秋田と山口の2ヶ所の整備を進めた。そのため予算は倍の4000億円に達したのである。
しかも完成時期も読めなくなった。レーダがなければアショアは作れない。それにも関わらず一番納期が読めないLMSSRを選定したためである。
■ 周辺対策の省略
また周辺対策の失敗も整備主旨を理解しなかった結果だ。
イージス・アショアはそれほど急ぐ武器ではない。もともと本気で作る必要はない。しかも工期工程を決定するレーダー納入の遅延もわかっていた。
それにも関わらず設置場所の決定を急いでしまった。
これも実際の迎撃体制確立を最優先した結果である。アショア予算化のために場所選定を焦ってしまったのだ。
この拙速かつ粗雑な用地選定が反発を招いた。設定基準の明示も候補地間の比較対象もされなかった。「なぜ秋田か、山口か」が不明瞭なのだ。
また、担当部署の選択も誤った。アショアは陸自担当とされた。だが、陸自は一品物の整備や短い準備期間の施設整備は苦手である。また迷惑施設につきものの周辺対策もあまり得意ではない。(*1)つまり一番向いていない組織に割り振ったのである。
グーグル・アース問題や居眠り問題にもその影響がある。工事を担当する防衛局の仕事はポカが多い。(*2)しかし陸自は「責任範囲外である」と局を信用する傾向にある。本来は回避できたかもしれない失敗を見逃してしまった。そうとも見えるのである。
■ 防衛正面の誤り
さらに言えば優先度の誤りもある。整備主旨の見誤りにより中国対策よりも優先度の低い北朝鮮対策にはまり込んでしまったのだ。
日本安全保障の焦点はどこか?
中国である。中国軍事力の成長と日中関係の不安定が最大の課題だ。中国は日本および日本近海に影響を及ぼす力を持っている。日本はそれを抑え込むことは困難である。
つまり北朝鮮ではない。日本や日本交易路に北朝鮮は何の悪さもできない。しかも日本はそれを容易に抑え込める程度の敵国である。その核と弾道弾も張り子の虎である。使えば報復で北朝鮮の体制が滅んでしまう。
それにも関わらず防衛省はアショアに入れあげた。そして泥沼化で防衛行政の足を引っ張られる事態が生じた。対中関連の施策に集中できない事態に至ったのである。中止は当然の結果である。
▲写真 結局の所、日本安全保障にとって北朝鮮の優先度は低い。しかも北朝鮮にとっても日本の優先度も低い。その北朝鮮対策に過ぎないアショア整備により防衛行政が拘束され中国対策の足を引っ張るようでは本末転倒である。写真は進水する山東艦、中華人民共和国国防部「我国第二艘航空母艦下水儀式26日上午挙行」より。(撮影:馮凱旋)
■ 整備主旨と整備目的の矛盾
イージス・アショアの原因は以上のとおりである。政府はその主旨を明確にせず方向性と路線も提示しなかった。そのため整備主旨と整備目的に矛盾を生じた。この矛盾を放置した結果、計画いきづまり失敗したのである。
*1 陸自は周辺対策を所掌する職域や特技を作っていない。そのため無理解な隊員が配置されることがある。海空の専門職域では入会権や騒音問題は「尤もな主張である」と理解されている。だが陸自の場合はそれを認識しないライト・イズ・ライトの幹部が配置されることもある。
*2 建設工事を担当する防衛局調達部は少人数で多数の案件を担当する。ミスも多く管理職もチェックしきれない。だから海空自は派遣した自衛官や担当部局が常時逐一をチェックする。だが、陸自は組織文化からバウンダリーと呼ばれる担当範囲や責任範囲の外は信用しきってチェックしない傾向がある。そのためとてつもないミスがそのままとなる。
トップ写真:イージス・アショアには高性能を求める必要はなかった。それからすればレーダも既存のSPY-1レーダでよかった。だが電波発振部に真空管が残っており交換間隔も短い。それが嫌がられたのだろう。写真は除染中の「きりしま」の艦橋部分、六角形のレーダがSPY-1である。 出典:海上自衛隊HP「装備品」「フォトギャラリー」より入手。
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この記事を書いた人
文谷数重軍事専門誌ライター
1973年埼玉県生まれ 1997年3月早大卒、海自一般幹部候補生として入隊。施設幹部として総監部、施設庁、統幕、C4SC等で周辺対策、NBC防護等に従事。2012年3月早大大学院修了(修士)、同4月退職。 現役当時から同人活動として海事系の評論を行う隅田金属を主催。退職後、軍事専門誌でライターとして活動。特に記事は新中国で評価され、TV等でも取り上げられているが、筆者に直接発注がないのが残念。