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.国際  投稿日:2020/6/24

差別の象徴消しても暴力はなくせない(前編)変わらぬ支配の現実


岩田太郎(在米ジャーナリスト)

【まとめ】

・米で進む差別の象徴の撤去は、人種差別問題の解決から遠くなる。

・トランプは銅像を美しいとツイート、ペロシ議長らは撤去を推進。

政治家ならば、パフォーマンスではなく政策変更を推進するべき。

 

丸腰黒人が相次いで白人警察官に殺害される事件に歯止めがかからない米国で、白人の人種差別主義者の銅像・肖像画などの公共の場からの撤去や、隷属的な黒人のステレオタイプに基づく商品・商標の刷新などが加速している。

しかし、こうした人種差別の象徴を排除しさえすれば、建国以前から400年以上にわたり黒人を人間扱いしてこなかった白人がついに、奴隷の末裔たちを人としてリスペクトするようになるのだろうか。

残念ながら、差別の象徴の撤去は白人の黒人に対する敵意や暴力を見えにくくするだけであり、多くの白人をして「われわれは禊(みそぎ)を済ませたので、もはや人種差別主義者ではない」と言わしめるアリバイ工作となり、逆に問題の解決から遠ざかることになる。

さらに、表面的なパフォーマンスで黒人の不満のガス抜きを行うという、人種暴動のたびに繰り返されてきた悪しきパターンを踏襲することになる。この記事では前編と後編にわたり、人種差別の象徴を排する米国の動きを分析し、それらが人種間の敵意や暴力をなくせない理由を解説する。

 

銅像や肖像の撤去は「前進」なのか

非営利の公民権推進団体である南部貧困法律センターが2018年に調査したところによれば、南部連合の英雄を称える記念碑が主に南部を中心に、全米で1700体ほど存在するという。

南部バージニア州のラルフ・ノーサム知事(民主党)は6月4日、州都リッチモンドにある南北戦争時の南軍司令官であるロバート・E・リー将軍の騎馬像をできる限り速やかに撤去するよう命令した。(この知事令はその後、州巡回裁判所によって差し止められている。)

▲写真 リー将軍の肖像 出典:File:Robert Edward Lee – Wikimedia

リー将軍像はすでに、そびえたつ立派な台座部分が色とりどりのペンキで落書きされ、さながら満開のお花畑に浮いているような観がある。馬にまたがったリー将軍の像自体は非常に高いところにあり、損壊を免れているが、このままでは威厳に傷がつくことも考えられ、それを回避すべく白人至上主義者も不本意ながら撤去に合意することはあり得る。

リー将軍や、その片腕で猛将として名を馳せたストーンウォール・ジャクソン将軍などは、戦史から見れば名将であり、敗軍とはいえ戦略家としては高く評価されている。

しかし、黒人奴隷の解放を掲げる北軍と戦った彼らの記念碑は、白人至上主義団体クー・クラックス・クラン(KKK)やネオナチ支持者の心の拠り所として神聖化され、しばしば差別に反対するデモ隊などとの衝突の原因になっており、人種間緊張が高まる中でそのまま残しておけないという判断が働き始めている。事実、ノースカロライナ州のロイ・クーパー知事(民主党)は、「公共の安寧上の懸念」を、南部連合の英雄像の撤去の理由に挙げている。

こうした中、首都ワシントン近郊で6月19日、KKKの創設に深く関与したとされる南部連合のアルバート・パイク将軍の像を、デモ隊が引きずり倒して放火した。これを受けてトランプ大統領はツイッターに、「警察は、像が取り壊され燃やされるのを見ているだけで、何も仕事をしていない。こうした者たちはすぐにでも逮捕されるべきだ。わが国の恥だ!」と投稿した。同大統領は2017年8月にも、論争の的となっている数々のモニュメントを「美しい」とツイートし、「銅像の禁欲的な美が各地から失われてしまうのは、非常に残念だ」と嘆いていた。

▲写真 アルバート・パイク将軍の像 出典:Flickr; Cliff

一方、パイク将軍の像が倒された前日の6月18日にはナンシー・ペロシ現下院議長が、南北戦争時に南部連合に属していた元下院議長4人の肖像画を米連邦議事堂から撤去するよう命令し、肖像は実際に取り外された。ペロシ氏は、「南部連合の暴力的な偏見とおぞましい人種差別を体現した男性らを追悼する場所は、連邦議会の神聖な会堂にも、いかなる名誉を称える場にもない」と述べた。

さらに、ニューヨーク市の米国自然史博物館前に設置された騎馬のセオドア・ルーズベルト大統領像は、両脇に先住民と黒人を従えていることから悪名が高く、民主党のビル・デブラシオ市長は6月21日に、その撤去を許可した。

このように、白人による残忍な黒人支配の象徴と見なされた人物の記念碑や絵画を公共の場から撤去することで、「常に平等の理想に向かって前進する米国」という印象を前面に押し出す形となっている。

 

中身のないパフォーマンスに対する批判

だが、それは収奪的な人種関係の表面を取り繕っているだけだ。南部出身の「偉人」の肖像が撤去された米議会の食堂で調理・配膳をする人々や、清掃スタッフの多くは未だ黒人であり、低賃金で働いている。5年前の民主党オバマ政権時代には、米議会の黒人掃除夫のチャールズ・グラデンさん(当時63)が、持病の糖尿病の医療費がかさんで家を失い、過去5年の間ホームレスであることが報じられてスキャンダルとなった。

彼の週給は360ドル(約3万8500円)に過ぎず、生計を立てていけなかったからだ。慢性の病を患いながら一生懸命働き、夜はワシントンの市バスの屋根付き停留所で寝泊まりするという悲惨さであった。(後にグラデンさんは、黒人有名人の寄付などでアパートに入居したが、富裕層が多い米議員たちに彼を助けようとする者はいなかった。)

そうした状況は現在も当時と変わらず、白人議員やスタッフらのゴミを収集し、彼らの家にオンライン注文したものを届ける配送員たちも、宿泊施設でルームサービスを提供するのも、多くは黒人だ。奴隷解放前の南部のプランテーションや、解放後も人種隔離政策により黒人隷属が徹底されていた様子を想起させる。廃止されたはずの人種の役割や格差が、毎日の生活の中で再確認され、強化されているのだ。

ペロシ下院議長をはじめ、米議会の圧倒的多数派である白人議員たちは、民主党か共和党かを問わず、そうした隷属的な黒人の低賃金労働の恩恵に与っている。そのため、政治の現状を批判する声が上がっている。

たとえば、6月8日にペロシ下院議長たちが連邦議事堂で、白人警官の暴行のため亡くなった黒人男性のジョージ・フロイド氏を悼むため、アフリカ・ガーナの民族衣装「ケンテ」をまとい、抵抗のポーズとされる片膝をつく姿勢で、フロイド氏の首が圧迫されていた時間である9分近い黙祷を捧げたが、シカゴの黒人運動家であるチャールズ・プレストン氏は、「中身のない単なるパフォーマンスで、ばかげている」と斬り捨てた。

▲写真 ペロシ下院議長 出典:Flickr; Gage Skidmore

プレストン氏は、「政治家ならば、本当に黒人を助ける政策変更を推し進めるべきではないか」と指摘する。このように、どれだけ人種差別主義者の銅像や肖像画を見えなくしても、どれだけフロイド氏の追悼を行っても、政治と司法が本気で動かない限り、白人の優位と黒人の隷属的な地位は変わらない。

また、カリフォルニア州サンフランシスコでは6月18日、名所であるコイトタワーからコロンブス像が撤去され、6月19日には同州ロサンゼルスで、18世紀に現在の米国西部の先住民に疫病をもたらして多数の死者を出さしめ、生き残った者を教会建設の強制労働に駆り立て、改宗を強いたカトリックのスペイン人司祭であるフニペロ・セラの銅像が引き倒された。たが、先住民の土地に侵略者の子孫が未だ居座っているという構造は今も、一片たりとも変わっていないことに留意する必要がある。

(中編に続く)

トップ写真:ロバート・E・リー将軍の騎馬 出典:Wikimedia Commons; Cville dog


この記事を書いた人
岩田太郎在米ジャーナリスト

京都市出身の在米ジャーナリスト。米NBCニュースの東京総局、読売新聞の英字新聞部、日経国際ニュースセンターなどで金融・経済報道の訓練を受ける。現在、米国の経済・司法・政治・社会を広く深く分析した記事を『週刊エコノミスト』誌などの紙媒体に発表する一方、ウェブメディアにも進出中。研究者としての別の顔も持ち、ハワイの米イースト・ウェスト・センターで連邦奨学生として太平洋諸島研究学を学んだ後、オレゴン大学歴史学部博士課程修了。先住ハワイ人と日本人移民・二世の関係など、「何がネイティブなのか」を法律やメディアの切り口を使い、一次史料で読み解くプロジェクトに取り組んでいる。金融などあらゆる分野の翻訳も手掛ける。昭和38年生まれ。

岩田太郎

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