仏版ジョージ・フロイド事件とは
Ulala(ライター・ブロガー)
【まとめ】
・「ジョージ・フロイド事件」は仏「アダマ・トラオレ事件」と酷似。
・〝仏版フロイド事件〟で「仏に人種差別はない」の矛盾浮き彫りに。
・当初「警察の横暴」の論調のみ。米事件で「人種差別」の見方増幅。
米国で起きた白人警官による黒人男性暴行死事件を受けて、人種差別に抗議するデモが世界中に広がった。フランスでも6日、「人種差別」と「警察の暴力」に対して抗議するために、パリ、ボルドー、ナント、リモージュ、ポワティエ、マルセイユ、リールなどフランス各地で、デモが開催されたのだ。
パリでは、一部の通行が閉鎖されるなど朝から厳重態勢が敷かれる中パリのコンコルド広場に3000人程度が集結し、「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命が大事)」などのプラカードが掲げられた。デモでは、参加者はともに地面に片膝をつき「ジョージ・フロイドのための正義」「アダマ・トラオレのための正義」との声をあげる場面もみられた。
片膝をつくポーズは、かつてのアメリカで有色人種が、アメリカ合衆国市民(公民)として法律上、平等な地位を獲得することを目的としていた「公民権運動」時に行われていた抗議方法で、現在は人種差別反対の意思表示とされている。
パリ以外の各都市の抗議デモでも、警察によるとリヨン3400人、リールは1500人、ストラスブール3500人、ルーアン1500人、カーン1500人など、若者が中心となって集まり、リヨンなどの一部の都市では暴動化する場面もみられ、沈静化するために治安部隊により催涙ガスが使用された。
▲写真 米国での白人警官によるジョージ・フロイドさん致死事件をめぐってフランス各地でもデモが行われた。写真は事件があったミネアポリスの街角に描かれたフロイドさんの壁画(2020年5月31日) 出典: Lorir Shaull
■「フランス版ジョージ・フロイド事件」と呼ばれるアダマ・トラオレ事件とは
6日に行われたデモは、アメリカで警官に押さえつけられ窒息死したジョージ・フロイドさんの事件を受けた人種差別反対のデモでもあるが、実は、フランスでは、2016年に亡くなった当時24歳のフランス人黒人男性アダマ・トラオレさんの死亡に対するデモでもある。
「フランス版ジョージ・フロイド事件」とも呼ばれるこの事件は、パリ北方のヴァル=ドアーズ県でおこった。アダマ・トラオレさんが警察の職務質問後に連行され死亡し、病死と発表された事件だ。しかしながら、この病死という診断結果に疑問を持った家族により依頼された他の専門家の診断によると、アダマ・トラオレさんの死因は、「窒息死」だという。ジョージ・フロイド事件と同じだ。
アダマ・トラオレさんの事件は、2016年7月19日夜に起こった。公式に発表された内容によれば、アダマ・トラオレさんは身分証を携行していなかったために職務質問の際に逃亡したが、身柄を拘束され手錠をかけられたのち警察署に移送される車内で意識を失った。警察署内に運ばれ、救急隊が治療を試みたが、トラオレさんの意識は戻らなかったという。警察は検視の結果、アダマ・トラオレさんが死亡時に重症感染症だったと発表。トラオレさんの感染症について「非常に重篤」で「複数の臓器に影響が及んでいた」ことが影響したとし、体にはいくつか暴行の跡が認められたものの、「著しい暴行を示すもの」ではないと結論付けた。
しかし、その後の調査によると、警察官らに行った調査の記録には取り押さえる時にアダマ・トラオレさんの体の上に3人の体の重みがかかっていたと記載されており、この時アダマ・トラオレさんは「息ができない」ともらしたという。3人に圧迫された状態で拘束され手錠をかけられたアダマ・トラオレさんは、なんとか一人で立ちあがったものの、その様子は困難そうであり、車にのって3~4分ほど移動したが車内ではすでに頭を前に倒し意識を失っていた。
意識を失ったアダマ・トラオレさんは警察署に運びこまれ、床に寝かされた。警察の証言では、横向き寝である安全な体勢の回復体位に寝かしたが、床に寝かされたまま嘔吐し、この時に車内で失禁していたことも分かった。それでもその時にはまだ息があったという。そこでなんらかの異常を察した警官により、17時46分に救急隊が呼ばれ、救急隊は18時少し前に到着。すぐさま最初の救命処置を実行し始めたが、その際、すでに呼吸していないことが確認された。その後救急車が呼ばれ1時間ほど心臓マッサージなどの救命処置が行われたものの、その手当のかいもなく19時5分に亡くなったのだ。死因は病死とされた。しかしながら、この2時間の間に何かがおきたのだ。家族はそう信じて疑わなかった。
家族やその友人たちは、アダマさんが完全な健康体だったと口々に語っている。検視の結果にまったく納得がいかなかった家族は専門家に頼んで診断してもらったところ、アダマさんは病気ではなく「窒息死」だと断定され、真実は、警察の発表とは異なることを確信した。しかし、警察側も再度診断した結果、再び病死であると発表し家族側の主張を否定している。
だが、事件から2カ月後に最初に到着した救急隊の証言が明らかになり、また状況が一変する。なんと救急隊が到着したときには、警察側が主張する安全な体勢である回復体位には寝かされてはいなかったというのだ。手錠をされたまま、うつぶせにされていたのだ。家族側の訴えは続く。訴えるためのデモも行ってきた。その結果、2020年5月20日に検察側がさらに死因の確認が行われることになったが、またもや以前と同様に病死と判断された。家族側もさらにセカンドオピニオンの専門家診断を依頼した。その診断結果では、「うつぶせにされていたことによる窒息死」であるとされたのだ。
そこで、6月2日に「アダマのための正義を訴える」デモを開催。「息ができない」と拘束時もらしたとされるアダマ・トラオレさんの言葉を掲げ、真実が知りたいと訴える。この日は少なくとも2万人が集まりパリ市内北東部の裁判所前に集結する大規模なものとなった。デモでは、ジョージ・フロイド事件がちょうど起こった後ということもあり、アメリカの事件に重ね警察の暴力、人種差別による警察の不当な扱いに対する抗議も行われた。そして、そこで盛り上がった熱気は6日のデモにも継続されていったのだ。
■ フランスの反応
ここで興味深いのは、2日にアダマ・トラオレさんの家族が中心になって「アダマ・トラオレの追悼デモ」が行われた時点では、多くの論調がこのデモに否定的で、しかもこの事件は人種差別とは関係ないものであるという意見が多かったことだ。
まず、パリ警視庁のトップは、警察では人種差別は行われてないと断固として否定。セネガルで生まれ、2016年にフランスの国籍を取得し、現在政府のスポークスマンとして活躍しているシベット・ンディアイ氏も、2日のアダマ・トラレオさんの追悼デモの翌日に、「フランスには制度化された人種差別はありません」と明言している。
▲写真 シベット・ンディアイ政府報道官 出典:在日フランス大使館
テレビで行われる議論でも、「アダマ・トラレオさんの事件は、人種差別ではない」とするコメンテーターがほとんどであり、最初はニュースでも「人種差別に抗議するためのデモ」とはせず、「警察による暴力に抗議するデモ」と題されている記事がほとんどだったのだ。
実際フランスでは長いあいだ、「フランスには人種差別はない」と言われることが多く、こういった事件があれば今回のように「警察による暴力」というような別の理由が割り当てられ、「人種差別」という事実がかき消されることが多々あったのは事実だ。
アフリカ系フランス人の女性ジャーナリスト、ロカイヤ・ディアロ氏は、出演したラジオ番組でフランスにはフランス独自の人種差別の歴史があることを語った際、番組内で人種差別ではないと否定されたことについて、自身のインスタグラムにこのように書いている。「不正が明らかな警察官の暴力を通して表面化したとしても、フランスでは制度化された人種差別の存在を認めさせるのはとても困難です。私はそれを試みましたが、議論はあっという間に白熱してしまいました」。
アダマ・トラオレさんの家族がフランステレビのTF1に出演した際には、インタヴュアーに「身分証明書を持ってなかったのが悪かったのではないですか」「どうして逃げたのですか。逃げるから悪いんでしょう」と問い詰められることもあった。しかし、家族は、「まず、黒人じゃなければ身分証明書を求められることもない。彼は逃げたのではなく、自転車に乗っていたら警察が追いかけたのだ」と返答していた。
実際、その言葉の通りだとTF1の別の番組で示された。2017年に行われた権利擁護機関(Défenseur des droits)の調査によれば、有色人種が道端で職務質問されるのは、その他の人種の20倍であり、2007~2008年に行われたOSFの調査では、パリの北駅での有色人種の利用率は29%にしかすぎないのにもかかわらず、職務尋問された人の割合では89%を占めたのだ。
さらに、BMFTVでは警察官の内部告発により警察官の一部の同僚が、差別用語を使い有色人種を人間扱いしていなかった事実などが流され、短期間でメディアの論調も変わっていったのだ。
そういった流れの末、6月6日には、フランスでも多くのメディアで「人種差別と警察官の暴力に抗議するデモ」と題するようになっていった。
■ 録画されてなかったという不運
アダマ・トラオレさんの事件は痛ましいことだが、さらに不運だったことがある。それは、当時は現在のように一般人による動画撮影が頻繁に行われてなかったことだ。アメリカで、白人警官が黒人男性のジョージ・フロイドさんの首を約9分間にわたり膝で押さえつけ、フロイドさんが息ができないとあえぐ様子は、一般の人によって録画されていたため誰もが真実を知ることができた。その結果、罪が問われるべき人物が誰なのかをはっきりと確認できたのだ。しかし、アダマ・トラオレさんの事件では、その動画もない。家族の主張、もしくは、警察側の主張のどちらが真実なのかというはっきり目に見える証拠もなく、家族側の話に誰も耳をかさなければそれで終わっていたかもしれない事件である。
しかし、家族は粘りづよく戦ってきており、今回家族の要請で医療報告が出されて、2日にデモも行われた。その結果、なんと次の日に担当の裁判官から通知がきたのだ。アダマ・トラオレさんを逮捕した警察のやり方に疑問を投げかけた形だ。7月にこれまでに聞き取りをしていない2人の証人の意見を聞きたいとしている。
亡くなった当時にどのようなことが行われたかを示す動画も存在せず目に見える証拠がない場合は、地道に一歩一歩進んでいかなくてはいけない。アダマ・トラオレさんの家族の戦いは、これからもまだまだ続いていくのだ。アダマ・トラオレ事件に始まり、ジョージ・フロイド事件で増幅された「人種差別への抗議」、および「警官による暴力への抗議」のフランスのデモの熱気は、まだまだ収まりそうになさそうだ。
-参考記事 –
https://www.liberation.fr/france/2016/08/01/mort-d-adama-traore-la-verite-etouffee_1469800
写真:巡回するフランスの警察官。本文の内容とは関係ありません。 出典:Rog01
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この記事を書いた人
Ulalaライター・ブロガー
日本では大手メーカーでエンジニアとして勤務後、フランスに渡り、パリでWEB関係でプログラマー、システム管理者として勤務。現在は二人の子育ての傍ら、ブログの運営、著述家として活動中。ほとんど日本人がいない町で、フランス人社会にどっぷり入って生活している体験をふまえたフランスの生活、子育て、教育に関することを中心に書いてます。