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.国際  投稿日:2020/6/24

差別の象徴消しても暴力はなくせない(中編)表現の「浄化」は問題を見えなくする


岩田太郎(在米ジャーナリスト)

【まとめ】

・Juneteenthの連邦祝日化に賛同と、表徴的という意見。

・黒人が警察や司法に不当な扱いを受ける実態

・表現を「浄化」する運動が活発化。

 

自治体や企業や政治家が「改心」する意味

アブラハム・リンカーン大統領が奴隷解放宣言を発出して2年半以上、南部連合のロバート・E・リー軍司令官が北軍に降伏してから2カ月後の1865年6月19日に、テキサス州ガルベストンの奴隷たちが自由を手にしたことを記念して、黒人たちの間で長年祝いの日であった奴隷解放記念日のジュンティーンス(Juneteenth)を連邦祝日、あるいは州の祝日にしようとする動きが高まっている。

連邦レベルでは、民主党のカマラ・ハリス上院議員やコリー・ブッカー上院議員が法案を提出し、同党が支配するニューヨーク州でも来年から6月19日を祝日とする方向だ。おそらく全米の多くの他自治体にも波及するだろう。ある世論調査では、ジュンティーンスの連邦祝日化に60%の米国民が賛意を表明している。

だが、レーガン政権下の1986年に、黒人の公民権運動指導者であった故マーティン・ルーサー・キング・ジュニア師の生誕日である1月15日が連邦祝日とされた後も、一部のエリートを除けば、黒人の地位は隷属的で低いままであり、人間としての扱いも受けていない。奴隷解放記念日が連邦祝日になっても、白人の黒人に対する敵意や暴力が自動的に消失するとは考えにくい。

▲写真 マーティン・ルーサー・キング・ジュニア(真ん中) 出典:パブリックドメイン

一方、ここ数週間にツイッター、アドビ、リフト、ターゲットやスクエアなど多くの有力テック企業がジュンティーンスを従業員の休日にすると発表してきた。IT企業は「特に白い」ことで有名だが、電子商取引大手アマゾンのシカゴ配送センターでは従業員たちが、会社側がジュンティーンスを祝って配ったチキンやワッフルに対して、「表徴的に過ぎない」と憤りを表明した。

ソーシャルメディア「スナップチャット」で知られるIT大手のスナップが奴隷解放記念日に提供した「カメラに微笑めば、隷属の鎖がちぎれるレンズフィルター」も、「奴隷制の残虐な現実を、あまりにも矮小化している」と非難を受け、ただちに撤回されるなど、人種問題の本質を経営者やエンジニアたちが理解していない事実が浮き彫りになっている。

また、11月の米大統領選に向けて民主党候補の指名を争い、その後バイデン大統領候補の副大統領候補としても浮上していた白人女性のエイミー・クロブシャー上院議員は6月20日、副大統領候補の辞退を表明し、「白人でない女性を選ぶべきだ」との考えを示した。

▲写真 エイミー・クロブシャー上院議員 出典:Flickr; Gage Skidmore

だが、この「非白人女性に道を譲る」改心も、表徴的に過ぎない。なぜなら、クロブシャー上院議員は検事畑出身であり、無罪である可能性が高い黒人少年を終身刑に追い込む「犯罪に対するゼロ・トレランス」により実績を積んで人気を得た、黒人の敵とも言える人物であるからだ。

2004年当時にミネソタ州の検事であったクロブシャー氏は、11歳の黒人少女であるテイシャ・リン・エドワーズちゃんが銃殺された事件で、当時未成年であった黒人少年のマイオン・ブレル君(現在34歳)を起訴し、彼に対する不利な証言が警察に誘導されたものであり、凶器の銃や指紋、DNAの証拠がなかったにもかかわらず、終身刑に追い込んだ。冤罪の疑いが濃いが、クロブシャー氏の黒人に対するタフな姿勢は白人にウケがよく、彼女は連邦上院議員にまで上り詰めたのだ。対するブレル氏は、今も監獄にいる。

彼女が副大統領候補をあきらめたからといって、黒人が警察や司法に不当な扱いを受ける実態は、みじんも変わらない

 

表現の「浄化」が目的化する社会

こうした中、米飲料大手ペプシコ傘下の食品企業クエーカーオーツは6月17日、黒人女性奴隷の料理人を想起させるロゴをあしらった「ジェマイマおばさん」のパンケーキミックスやシロップなどが、「人種的ステレオタイプに基づく」と認め、ブランド名を変更すると発表した。

「ジェマイマおばさん」のロゴの変遷

https://logos.fandom.com/wiki/Aunt_Jemima

https://www.nbcnews.com/think/opinion/aunt-jemima-uncle-ben-deserve-retirement-they-re-racist-myths-ncna1231623

現在のロゴは1989年に現代風に改められたもので、「奴隷色」を薄めたものだが、それでも時勢にそぐわないと判断されたようだ。別の米食品大手マーズが販売する「ベンおじさん」ブランドのインディカ米も、同様の理由でブランド変更が行われる。

一方、米一般消費財メーカー大手のコルゲート・パーモリーブは、台湾で傘下企業が「黒人歯磨き粉」の名で販売する「ダーリー」のブランド名やロゴを変更する方向で検討中だ。1933年に発売された当初は、白人が黒人の肌色に顔を塗る差別的なブラックフェイスがロゴになっており、名前はさらに差別的な「ダーキー(真っ黒け)」であった。

また、黒人の肌の色を含む絆創膏バンドエイドの「多色展開」を発表した米医薬品大手ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)が、アジアや中東で販売する肌を白くするためのシミ消しクリームを販売中止することになった。

ちなみに、黒人に関する表現だけではなく、米国民に愛されるアイスの「エスキモー・パイ」のブランド名を、販売元のドレイヤーズ・グランド・アイスクリームが「侮蔑的」だとして名称変更することも発表されている。エスキモーという呼称が、北極圏地域の先住民であるイヌイット人やユピック人に対する蔑称であったことから、長年批判や論議の的となっていた。

加えて、「不朽の名作」とされる映画『風と共に去りぬ』(1939)が、ストリーミングサービスHBO Maxの配信ラインナップから削除された。奴隷制を肯定し、黒人に人間性を認めていないということが理由だ。これに合わせ、各界で表現、慣習を見直す動きも出ている。

また、黒人の呼称として「アフリカ系アメリカ人(African Americans)」あるいは「黒人(blacks)」のどちらが正しいかという議論があり、AP通信や『ロサンゼルス・タイムズ』紙、NBCニュース、BuzzFeedなど大手の米報道機関は、大文字のBを使うBlack表記に移行している。

だが、ここで思い出したいのは、1950年代から1960年代にかけて活動した炎のような舌鋒を持った黒人指導者、マルコムXの考察である。彼は、こう看破した

「白人たちが、博士号を取得した黒人をどう呼ぶか知っているか。『博士号を持ったニガー(くろんぼ)』だ!」

表現を「浄化」する運動は、それ自体が目的化してしまい、「差別表現をなくせば人種問題に取り組んだことになる」というアリバイ作りに終わるだけだ。同時に、人種関係緊張の真の根っこである「白人問題」にスポットライトが当たらなくなる。

(後編に続く)

トップ写真:Juneteenth celebration in Minneapolis(2018) 出典:Flickr; Fibonacci Blue


この記事を書いた人
岩田太郎在米ジャーナリスト

京都市出身の在米ジャーナリスト。米NBCニュースの東京総局、読売新聞の英字新聞部、日経国際ニュースセンターなどで金融・経済報道の訓練を受ける。現在、米国の経済・司法・政治・社会を広く深く分析した記事を『週刊エコノミスト』誌などの紙媒体に発表する一方、ウェブメディアにも進出中。研究者としての別の顔も持ち、ハワイの米イースト・ウェスト・センターで連邦奨学生として太平洋諸島研究学を学んだ後、オレゴン大学歴史学部博士課程修了。先住ハワイ人と日本人移民・二世の関係など、「何がネイティブなのか」を法律やメディアの切り口を使い、一次史料で読み解くプロジェクトに取り組んでいる。金融などあらゆる分野の翻訳も手掛ける。昭和38年生まれ。

岩田太郎

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