無料会員募集中
.国際  投稿日:2020/6/9

NY、日常崩壊からの再出発


柏原雅弘(ニューヨーク在住フリービデオグラファー)

【まとめ】

・ニューヨークで初の感染者確認から100日。市の経済ようやく再開。

・日常は崩壊。4月の失業率は戦後最悪。フロイド氏死亡事件も連鎖。

・未曽有の事態経て再出発点に。結束して過去に戻らぬ社会作れぬか。

 

日本ではそろそろ梅雨入りとされる6月の第2週、梅雨とは無縁のニューヨークはすでに日差しは初夏そのものだ。

その6月第2週の月曜日は、ニューヨークにとって特別な日となる。この日、2020年6月8日は、3月の初旬に、ニューヨークで初の新型コロナ患者が確認された日からちょうど100日目にあたる。

長い道のりであった。ここに住む住人すべて、同じ思いであろう。もちろん、私にとってもである。

100日目と言うのは単に数字上のことだけではない。この日、ニューヨーク市はようやく経済再開の第一日を迎えるのだ。

ニューヨーク州はクオモ州知事の政策のもと、先月から段階的に再開への道のりを歩んできた。新型コロナ対策で再開の目安となる「7つの指標」が策定され、10に分割された州内区域のうち、目標値を達成した9つの地域がすでに部分的に経済活動を再開していたが、ニューヨーク市は最後にただ1地域、取り残される形になってしまっていた。

100日を迎えるにあたり、ニューヨークで感染が広がったピーク時と比較すると、その差は顕著だ。ピーク時の州内の感染者数は1日あたり約1万1千人、毎日800人近くの命が失われていた。毎日、である。

それが今日では、1日あたりの感染者は780人以下になり、亡くなる人は毎日40人前後と激減した。もちろん、数が減ったとはいえ、今でも失われる命が毎日40人もある事態を喜べはしない。

▲写真 新型コロナウイルスで死亡した退役軍人に敬礼する州兵ら(2020年4月19日 ニューヨーク) 出典:New York National Guard

この100日間で人々の日常は完全に崩壊した。

人口2千万未満のニューヨーク州内での新型コロナ感染者は今日までに38万人近くに上った。亡くなった人に至っては2万4000人以上だ。人口1億2000万人の日本での感染者数は、国全体で1万7千人、亡くなった方は現在までに920人未満である。

ピーク時のニューヨークでは感染者数、死者の数ともに、日本での数ヶ月の数字にほぼ1日で達してしまっていた。今更ながら、その数字のあまりの異常さに言葉も無い。

 

■ 新型コロナに感染していない人々の生活も瓦解した。

トランプ大統領が「半世紀ぶりの低水準」と2月の一般教書演説で自画自賛した時の失業率は3.5%、それがたった2ヶ月後の4月には14.7%と、第2次世界大戦以降で最悪の数字になってしまった。しかし、6月5日に発表された雇用統計によれば、その数字は13.3%と改善したという。

▲写真 記者会見するトランプ大統領(2020年6月5日) 出典:White House facebook

この日、トランプ大統領はその数字を受けて、ホワイトハウス前で記者会見を行った。

「法の下での平等な正義とは、人種、肌の色、性別、信条に関係なく、すべてのアメリカ人が法執行機関と直面する時において平等な扱いを受けることを意味しなければならない。(彼らは)法執行機関から公正な扱いを受けなければならない。私たちは先週起こったことを見た。私たちはそれを許すことはできない。願わくば、ジョージ(フロイド氏)は今、下を向いて、これは私たちの国のために起こっている素晴らしいことだと言っているだろう。彼にとっても、みんなにとっても素晴らしい日だ。これは誰にとっても素晴らしい日だ。これは平等の観点から見ても、素晴らしい、素晴らしい日なのだ。」

失業率改善の数字が発表されたこの日を「素晴らしい日」と形容するトランプ大統領。

ジョージ・フロイド氏とは言うまでもなく、ミネアポリスで白人警官によって殺害されたアフリカ系アメリカ人、ジョージ・フロイド氏のことである。

この発言をめぐって、トランプ大統領を批判する人たちからあったのは、亡くなったフロイド氏が雇用統計が改善したことを喜んでいる、などということは下劣だという反発である。

しかし、トランプ大統領を支持する人たちからは、発言は、亡くなったフロイド氏を殺害した件で逮捕された警官の扱いが平等だった、という文脈での発言だ、という主張が聞かれる。

常に揚げ足取り的にトランプ大統領の発言を報道しているメディアが大多数という意見を持つ大統領支持派の人達から見れば、このような大統領批判の報道が起これば逆に、またかとの嘲笑の元、大統領支持の結束が高まる、というのが今までのパターンであった。

この発言前にもトランプ大統領は今回起きた一連の暴動に対して過激な対応の発言や行動で、物議をかもしてきた。

▲写真 ジョージ・フロイド氏死亡事件に端んを発した反差別デモ(2020年6月6日 ニューヨーク市ワシントン・スクエア・パーク) 出典:David Shankbone

興味深いのはフロイド氏が殺害されてから約一週間後の6月2日、6月3日に行われた公共放送NPRの世論調査で、「各地で起きるデモに対するトランプ大統領の反応をどう思うか?」との問いに、民主党支持者の92%が「緊張を高めている」としたのは当然としても、共和党支持者の41%が「緊張を和らげている」とした一方で、「高めている」と答えた人が29%、そして「わからない」とした人が30%もいたことである。

NPRによればトランプ大統領に対するこの手の調査で、共和党支持者の考えが割れることはめずらしいという。デモに対する一連のトランプ大統領の対応を見て、何があってもトランプ大統領を支持してきた人たちのあいだで、変わらず支持したい気持ちがあるものの、動揺が見て取れはしまいか?

ニューヨークではコロナ禍を収束させる為に皆が結束しているように見えた。見え始めた出口を前に、フロイド氏殺害事件と、一連の出来事はコロナ禍の存在など忘れてしまうほどの衝撃度を持っていた。

続いていた各地の暴動は、扇動や略奪を目的としていた者達の存在が明らかになるにつれ、皆が冷静さを取り戻しつつある。だが皆の怒りは収まることはない。たぶんこれからも。

 

■ 分断か、結束か。

新型コロナウイルスとの戦い100日目を迎えるニューヨーク。

100日、という数は達成された目標の数字ではない。

たった今ようやく、スタートラインに立てた、というだけのことなのだ。

コロナ禍のさなかに起きたフロイド氏の事件。その連鎖。それをきっかけに起きた出来事もアメリカがかつて経験したことが無いものであった。これらを皆が経験して、過去に戻らない、新しい社会を人々で作っていく。そういうこれからにならないものか。

 

トップ写真:ニューヨーク・マンハッタンのアスター・プレイスでのデモ行進(2020年6月2日) 出典:Eden, Janine and Jim


この記事を書いた人
柏原雅弘ニューヨーク在住フリービデオグラファー

1962年東京生まれ。業務映画制作会社撮影部勤務の後、1989年渡米。日系プロダクション勤務後、1997年に独立。以降フリー。在京各局のバラエティー番組の撮影からスポーツの中継、ニュース、ドキュメンタリーの撮影をこなす。小学生の男児と2歳の女児がいる。

柏原雅弘

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."