中国漁船の冷凍庫にインドネシア人船員遺体
大塚智彦(フリージャーナリスト)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」
【まとめ】
・中国漁船のインドネシア人、過酷な環境下で死亡相次ぐ。
・中国漁船幹部は「人身売買容疑」で逮捕。
・インドネシア政府は国際社会にも問題提起し再発防止に努める。
中国漁船に乗り組んでいるインドネシア人船員が過酷な労働環境で相次いで死亡、何人かの遺体がそのまま海中に投棄される事案が続き、インドネシア政府と治安当局が中国側に実態把握と改善を求める事態となる中、新たに操業を続けていた中国漁船の冷凍庫からインドネシア人船員の遺体が発見される事態が発生、対中国のインドネシア世論が再び厳しいものになっている。
7月8日、シンガポールに近いスマトラ島リアウ諸島州のバタム島に近いニパ島付近のフィリップ海峡を航行中の中国漁船「Lu Huang Yuan Yu 117」と「Lu Huang Yuan Yu 118」をインドネシア海上保安当局が追跡、拿捕してカリムン島の海軍基地にえい航し、係留、中国人船長以下乗組員を全員拘束した。
そして「Lu Huang Yuan Yu 117」の船内を捜索したところ冷凍庫からインドネシア人の遺体が発見、回収された。
両船には中国人船長、監督者、船員22人とインドネシア人船員10人が乗船し、1月からイカ漁を続けていた。インドネシアに近いフィリップ海峡を通過して携帯電話の通話可能地域となったために乗船中のインドネシア船員から外国船舶で働くインドネシア人の保護活動をしているNGO組織「インドネシア船員権利保護監視団(DFW)」に「仲間のインドネシア人が死亡して船内に遺体が留置されている」との連絡が当該船舶のおおよその位置とともに7月8日にあった。
DFWは直ちに関連地域の海軍、警察、海上保安組織に連絡し、同日中に当該中国漁船2隻を発見して拿捕したのだった。
★冷凍庫から20歳の若者の遺体発見
両漁船が係留され、中国人船員らは地元警察などの取り調べを受けているが、保護されたインドネシア人船員によると、冷凍庫にあった遺体はスマトラ島南部ランプン州出身のハッサン・アプリアディ氏(20)で6月20日に船上で死亡したという。
中国漁船はアプリアディ氏の死亡後も操業を止めることなく、インドネシア領海に入っても最寄りの漁港に寄港して遺体を陸に下ろすこともしようとしなかったことから仲間が通報したという。
死因について同僚たちは「船長から精神的、肉体的な虐待行為を受け続け、食事も十分に与えられなかったことから病気になり、死亡した」と供述していることから、中国人による虐待が死亡の一因である可能性が濃厚になっている。
アプリアディ氏の遺体は8日中にカリムン島で陸上に移され、警察による司法解剖が行われている。
地元警察は13日までに「Lu Huang Yuan Yu 117」の監督者である中国人を「虐待行為」の容疑で逮捕したことを明らかにし、他の中国人に対しても同様容疑でさらに捜査を続けている。
これまでの事例からすると両船乗り組みのインドネシア人船員は現地で下船して、警察の事情聴取を受け、コロナウイルスの感染検査を澄ませば帰郷が許されることになるという。
★船員斡旋会社も人身売買容疑で摘発
インドネシア警察は今回拿捕した両船にインドネシア人船員を募集、斡旋、派遣していたジャワ島中部ジャワ州トゥガルにある斡旋業「マンディリ・トゥンガル・バハリ社」を捜索し、社員を拘留して事情聴取している。
同社はこれまでに合計27人のインドネシア人を中国漁船に派遣しているが、このうち4人が死亡、2人が行方不明となり、残る21人は無事帰国しているという。
以前、インドネシア人船員が死亡した件ですでに同社幹部2人は「人身売買容疑」で逮捕、起訴されており、現在初公判を待っている状況という。
地元紙などの報道によると同社はインターネット上の「Face Book」などで派遣するインドネシア人を募集しており、シンガポール国籍の仲介人がいるとされ、現在行方を追っている。
★マラッカ海峡で海に飛び込んで脱出も
中国漁船で操業中に死亡したインドネシア人船員の遺体が太平洋やインド洋などで海中投棄されていた問題は4月に韓国・釜山港で発覚して以来、過酷な労働環境での「虐待」が次々と明らかになり、インドネシア政府が中国に対して真相究明と法令順守を強く求める事態になっている。
写真)マラッカ海峡
インドネシア政府は国連人権理事会(UNHRC)など国際社会にも問題提起をして問題再発防止に懸命の努力を続けている。(参考=5月24日「中国漁船船員水葬の波紋拡大」)
そうした中での今回の遺体発見だが、実は6月5日、インドネシアとマレーシアの間のマラッカ海峡を航行中の中国漁船「Lu Qing Yuan Yu 901」で働いていたインドネシア人船員2人が船上から海に飛び込み、約7時間漂流の末今回遺体が発見された中国漁船が係留されているのと同じカリムン島付近でインドネシア漁船に救出される事件が起きている。
海に飛び込んだ22歳と30歳のインドネシア人船員2人はDFWや地元警察に対して「中国船会社と交わした労働契約が守られない過酷な労働を強制されたために脱出を決意した」と話していたことから、これまでの例と同じような長時間労働、粗末で不十分な食事、精神的肉体的虐待などの非人間的な労働環境が続いていたとみられている。
こうして数々の事例から中国漁船に乗り組んでいるインドネシア人船員が同じように過酷な状況に置かれているケースがまだまだあるものとみて、インドネシア政府はDFWや海軍、警察、海上保安当局などと連絡を密にして情報収集、状況把握、実態解明に乗り出そうとしている。しかし、中国の政府や関連機関、在ジャカルタ中国大使館は極めて消極的対応に終始しているとされ、インドネシア国民の対中国感情は、一向に収まる気配のないコロナウイルスの「感染源」と中国が目されていることも加味されてますます悪化しているのが現状だ。
トップ写真)拿捕された中国漁船「Lu Huang Yuan Yu 117」
【訂正】2020年7月14日
本記事【まとめ】中に訂正箇所がありましたので、
お詫びして以下のように訂正いたします。
誤: ・中国漁船幹部は「人身売買容疑」で逮捕、起訴
正: ・中国漁船幹部は「人身売買容疑」で逮捕
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この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。