国家安全法「国外犯」規定は国際法違反にあらず
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
「宮家邦彦の外交・安保カレンダー【速報版】 2020#29」
2020年7月13-19日
【まとめ】
・国家安全維持法の「国外犯」規定は、国際法上違法ではない。
・日本の刑法にも「国外犯」規定はある。
・香港と「犯罪人引き渡し条約」はないので「犯罪人」を日本で保護することは可能。
6月30日、国家安全維持法が香港で施行された。同法制定経緯の法的問題点については既に書いたので繰り返さない。日本の報道の多くは、同法が定める違法行為を「外国人が香港以外の場所で行った場合も、香港・中国側が求めれば、拘束・移送される恐れがある」と批判する。でも、それって、国際法違反なのだろうか。
確かに、同法が定める「国家分裂罪」「国家政権転覆罪」「テロ活動罪」「外国又は境外勢力と結託し国家安全に危害を及ぼす罪」は、同法第38条により「香港永住権保有者、香港籍法人、香港滞在者、香港籍船舶および航空機内だけでなく、香港域外にいる非香港永住権保有者にも適用」される。えっ、外国人もか、と誰もが思うだろう。
日本にはこうした「域外適用」「国外適用」を批判する論調が少なくない。しかし、本当にそうなのか。法律を少しでも学んだ者には、これがいわゆる「国外犯」の規定であることは明白だろう。一般に「国外犯」とは、ある国の刑法上犯罪となる行為がその国の領域外で行われた場合でも、その国の刑法が適用されるような犯罪を指す。
「国外犯」の概念自体は中国の専売特許ではない。日本刑法にも「国外犯」の規定はあるからだ。具体的には、刑法2条の内乱に関する罪、外患に関する罪、通貨偽造、詔書偽造、公文書偽造、有価証券偽造の罪、支払用カード電磁的記録に関する罪などは、国籍を問わず、日本国外で罪を犯したすべての者に適用される。
また、刑法3条は放火の罪、私文書偽造の罪、強制わいせつ、殺人などが日本国外において罪を犯した日本国民に、同3条の2では強制わいせつ、強制性交、殺人、傷害、傷害致死、逮捕監禁、略取、誘拐及び人身売買の罪、強盗などにつき、日本国外で日本国民に対し罪を犯した日本国民以外の者に、それぞれ適用される。
このような「国外犯」の規定自体は国際法上決して違法ではない。違法ではないからこそ、先週オーストラリアの首相は、「香港との犯罪人引き渡し条約を停止する」と言わざるを得なかったのだ。香港での「国外犯」規定が有効であればこそ、その適用を事実上拒否するために、「犯罪人」とされた人物の「引き渡しを拒否」するのだ。
幸い、日本と香港には「犯罪人引き渡し条約」がない。されば、日本がそのような「犯罪人」を「保護」することは法律上可能だ。他方、そのような条約がないからといって、政治的な判断の是非はともかく、日本がそのような「犯罪人」を日本国内で保護しなければならない国際法上の義務が当然に生じる訳でもない。ここが難しいところだ。
▲写真 People occupy Nathan Road MK view 20200527 出典:Studio Incendo
香港をめぐる今回の中国の決定は異常だ。だからといって、日本が、そして国際社会が、「法の支配」に外れた措置をとってはならない。理不尽に対し、理不尽な措置で応えれば、最終的に正義は実現されない。今回の国際法上の理不尽さ、具体的には中国による中英共同宣言違反は、あくまで英中合意の枠内で議論されるべきである。
〇 アジア
香港立法会選挙の民主派候補者予備選挙で投票者数が主催者目標(17万人)の3倍を超える約61万人に達したそうだ。やり過ぎで逆に中国側が反発しないと良いが・・・。中国精華大の政権批判した教授が6日後に釈放されたが、国際世論の圧力は効いたのかは不明だ。
〇 欧州・ロシア
ポーランド大統領選決選投票で、愛国強権的保守与党「法と正義」の現職がリベラル派野党候補との接戦を制し再選を確実にしたそうだ。欧州にとって如何なる意味があるのか・・・。
〇 中東
このところイランの核関連施設で火災が三度も続き、大きな被害が出ているらしい。これが偶然である筈はないが、どの程度核開発が遅れたかは不明である。
〇 南北アメリカ
米大統領が側近の元被告の禁錮刑を免除したことに、起訴した元特別検察官が同被告は今も犯罪者だと指摘したそうだ。大統領による恩赦に限りなく近い措置だが、これで本当に良いのか。・・・。
〇 インド亜大陸
インドのコロナ感染は拡大するばかりだが、それ以外には特記事項なし。
今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ写真:2020年香港元旦大遊行-銅鑼灣 出典:Studio Inceendo
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。