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.国際  投稿日:2023/2/13

窮地に追い込まれた金正恩、娘までプロパガンダに動員


朴斗鎮(コリア国際研究所所長)

【まとめ】

金正恩、娘を軍事パレードにまで動員して「人民愛プロパガンダ」に悪用。

・北朝鮮は、1990年代の「苦難の行軍」以来の最悪の食糧難に見舞われているとの見方あり。

・韓流の阻止と住民統制の強化に必死。金正恩世襲体制を強く支えようとする狙い。

 

朝鮮労働党中央委員会政治局は2月5日、当面の農業問題と農業発展の展望目標を討議するために、2月下旬に党中央委員会第8期第7回総会拡大会議を招集すると決定した。昨年末に約1週間かけて、仰々しく総会を開いてから2ヶ月も経たずして、農業問題を討議するために、再び党中央委員会総会を開くという。食糧危機がいかに深刻な状況となっているかを示すものだ。

■軍事パレードに固体燃料型弾道ミサイルが登場

それでも金正恩は核ミサイル開発にしがみつき、口を開ければ、「臨戦態勢よ」「戦争よ」と叫んでいる。翌日の2月6日には、党中央軍事委員会第8期第4回拡大会議を開き、軍の機構編制的な対策強化問題、戦争の準備態勢を完備する問題」などを指示した。

2月8日には人民軍創建75周年の軍事パレードが行われたが、そこでは大陸間弾道ミサイル(ICBM)火星17型や固体燃料型と見られる中距離核弾道ミサイル、そして戦術核運用部隊なども登場させた。

金正恩の好戦性と人民弾圧の凶悪性は、体制危機が深まる中で日増しに強まっている。こうした本性を覆い隠そうとしてか、年端もいかない娘を軍の行事にたびたび登場させ、今回は軍事パレードにまで動員して「人民愛プロパガンダ」に悪用している。

金正恩が軍人たちの前で、娘とじゃれ合う姿は、到底、正常な人間の精神状態とは思えない。ただ娘を登場させるプロパガンダの中で、妹金与正の姿が薄れてきていることには注目する必要がある。

しかし、こうしたプロパガンダも、北朝鮮が映像を発表する前の9日に、一部重要場面が、米国商業衛星メーカーのマクサテクノロジーズによって一足先に世界に公開されてしまい、そのイベント効果は半減した。北朝鮮が発表する前に、軍事パレード映像が全世界に流れるのは初めてだ。

■核兵器開発強化の裏でさらに深刻化する北朝鮮の食糧危機

米国の北朝鮮分析サイト「38ノース」は1月19日(現地時間)北朝鮮が、数十万~数百万人の餓死者を発生させた1990年代のいわゆる「苦難の行軍」以来の最悪の食糧難に見舞われているとの見方を示した。

北朝鮮の穀物需要や供給量、食料価格などをもとに分析した結果、穀物の在庫量が最低必要量以下に下がっているとした。38ノースの分析によると、2021年上半期の北朝鮮のコメ価格は、国際価格比1キロ当たり0.5ドル以上の差を記録した。2009年に38ノースが測定を始めて以来、北朝鮮の穀物価格は国際穀物価格を上回っていたが、今回のように大きな差が出たのは異例のことである。北朝鮮の食糧供給網が崩壊したことを意味する信号だと38ノースは分析した。

北朝鮮の食料価格は、新型コロナウイルス防疫で中朝国境を閉鎖した2020年1月、そして市場(チャンマダン)からドルを吸い上げる「貨幣代用証書(銭票)」を発行した2021年秋に急騰したが、特に、トウモロコシ価格がコメよりも大幅に上昇した。主食のコメが不足し、代替作物に依存するほかない状況が原因だったと思える。

この流れは、2022年にも続いた。肥料を多く使うトウモロコシから麦への転換政策が思うような成果を得られず、そこに農繁期前の干ばつ、豪雨、5月からのコロナウイルスの爆発的拡散が加わったことで、農業は深刻な打撃を被った。減少する食料の管理強化のために、当局が国営販売所以外での穀物販売を禁止したことで、住民の困窮は急拡大した。

そればかりか、ロシアのウクライナへの侵攻で、世界的食糧不足と価格の高騰が起こり、北朝鮮の食料確保を困難にした。今後中国の「ゼロコロナ」政策撤回による食料需要増が加われば、北朝鮮の食料不足事態は、さらに深刻になる可能性がある。

■揺らぐ金体制、韓流の阻止と住民統制強化に必死

こうした中で、韓国の聯合ニュースは2月6日、北朝鮮南西部の開城市で食料事情が悪化し、1日数十人が餓死しているとの消息筋の話を伝えた。開城は生活水準が比較的高いとされる地方都市で、これが事実なら食料難が全国で深刻化している恐れがある。

食糧危機拡大は、北朝鮮社会の動揺を拡大させている。こうした状況を反映して1月17日に開かれた第14期第8回会議では、韓流の阻止と住民統制の強化が取り上げられた。それが平壌文化語保護法の採択と中央検察所の役割強化だ。

平壌文化語保護法の採択では、カン・ユンソク最高人民会議常任委員会副委員長が報告で「平壌文化語保護法は、わが言語生活領域における非規範的な言語要素 を排撃し、平壌文化語を保護し、積極的に生かしていくことに対する朝鮮労働党の構想と意図を徹底的に実現する上で、重要な問題を規定している」とした。

 この発言から見て、法採択の意図は韓流文化を徹底的に排撃することにあると考えられる。2020年に採択された「反動思想文化排撃法」でも統制ができず、より強い統制を加えるために「平壌文化語保護法」を制定したものと見られる。 

中央検察所の強化問題では、 朝鮮中央通信が「国家全般に革命的遵法気風を確立するための法的監視と統制の度数を高めていく上での実践的問題と中央検察所の事業に対する意見が提起された」とし、これに対する対策が発表されたと説明した。

これまで北朝鮮の検察所は、党組織指導部、国家保衛省、社会安全省、軍総政治局などに比べて権限が大きくなかった。そうした中で、今回の最高人民会議で、中央検察所の強化案を議題に入れたのは、住民を三重、四重に統制するとともに、統治機関同士で忠誠競争を繰り広げさせ、金正恩世襲体制をより強く支えようとすることに狙いがあるとみられる。

■外部情報の徹底遮断を狙い、国家秘密保護法まで採択

 最高人民会議第14期第8回会議に続き、2月2日には、最高人民会議常任委員会総会が開かれ、国家秘密保護法が政令として採択された。この法律は「秘密保護の制度と秩序を確立し、国家の安全と利益、社会主義建設に寄与する使命を持つ」とし、情報管理と統制の強化を図るものだ。

 昨年6月の党書記局拡大会議で、金正恩総書記が公安部門への指導強化と「機密管理体系を改善する問題」を指示していたが、これに沿った法整備を行った模様だ。

 締めすぎて「効かなくなったネジ」は、いくら締めても空回りするだけだ。住民への締め付けを極限にまで高めている金正恩体制はいま、そのような状態となっている。

トップ写真:人民軍創建75周年軍事パレードを観閲する金正恩 2023年2月9日 北朝鮮・平壌

出典:Photo by Chung Sung-Jun/Getty Images

 

 




この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長

1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統治構造ー」(新潮社)など。

朴斗鎮

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