大坂なおみ選手「警察批判」声明
島田洋一(福井県立大学教授)
「島田洋一の国際政治力」
【まとめ】
・大坂なおみ選手が、黒人男性銃撃に抗議、試合を棄権。
・「警察の手による黒人大虐殺を見ていて本当に胸が悪くなります」と訴えた。
・米スポーツ界は中国の人権蹂躙には沈黙のダブルスタンダード。
アメリカのウィスコンシン州ケノーシャで黒人男性が警官に撃たれ、脊髄損傷の重傷を負う事件があった(8月23日)。警察に対する抗議運動が起こり、例によって便乗分子による暴動、放火、略奪が続いた。
この警察官による発砲事件への抗議として26日、女子テニスで元世界ランキング1位の大坂なおみ選手が出場中のウエスタン・アンド・サザン・オープンの準決勝の棄権を表明した。その後、大会主催者が27日の全試合を28日に延期すると発表した。
事件が起きた同州ミルウォーキーを本拠地とする米プロバスケットボールNBA所属のバックスが抗議のため試合をボイコットし、それを受けてがNBAが26日のプレーオフ3試合を延期したのに合わせた動きであった。
大坂選手は26日のツイートに声明文を載せ、「私はアスリートである前に1人の黒人女性です。……警察の手による引き続く黒人大虐殺(genocide)を見ていて、本当に胸が悪くなります」と訴えている。
— NaomiOsaka大坂なおみ (@naomiosaka) August 27, 2020
▲大坂なおみ選手のツイート
大坂選手を応援することにおいて人後に落ちないつもりだが、この一連の言動には疑問を感じざるを得ない。大坂選手個人ではなく、同様の行動を取るスポーツ選手全体についてである。
例えば香港やウイグルでの人権蹂躙に抗議して中国共産党政権(以下中共)が事実上のスポンサーである大会もボイコットするというなら、とりあえず首尾一貫性はある。
しかしNBAは相変わらず、テレビ放映権だけでも巨額に上る中国を貴重なドル箱と捉え、選手、フロント含めて中共批判はタブーとなっている。御都合主義と言われても仕方ないだろう。
▲写真 NBA Game 2 of 2019 NBA Finals 出典:Photo by Chensiyuan
大坂選手については、中共との関係がどうかは知らない。幸い、NBAのような露骨な二重基準を見せたという話は聞かない。
今回の大坂選手の声明中、特に疑問を覚えるのは、「警察の手による引き続く黒人大虐殺(genocide)」云々の事実認識である。これは、アメリカ左派の基準に照らしてもかなり過激な言葉遣いである。
警察にも不良な人物は当然いる。どんな組織も同じだ。逸脱行為には厳しい処分で臨まねばならない。しかし米警察全体が人種偏見に侵された組織と見るのは、それこそ明らかに偏見だろう。大坂選手のジェノサイドという極端な言葉は、真面目に職務に当たる大多数の警官たちやその家族(大坂なおみのファンもいただろう)を不当に傷つけたと言わざるを得ない。この言葉だけでも撤回すべきではないか。
今回のウィスコンシン州の事件はまだ捜査中で、細かな事実関係に不分明な点が残る。民主党のバイデン大統領候補のように、この段階で、事件の背後に「構造的な人種差別」を示唆するのは無責任な煽り行為だろう。オバマ大統領の誤りを無反省に踏襲するつもりのようだ。
バイデンが、分裂を解消し「国に統一をもたらす」大統領とはなるとは到底思えない。
事件に関して現段階で判明しているのは以下の諸点である。
女性から、男が不法侵入しているとの緊急通報があり、駆けつけた警察官が男に職務質問したところ抵抗されたため、テーザー銃(電流銃)を用いたが効かなかった(と警察官は言う。なぜ効かなかったのかは不明)。男が車からナイフを取り出そうとしたため(と警察官は主張。実際、車内にナイフはあった。ただし男が手にしたかどうかは不明)、背後から服を掴んでいた白人警察官が男に向けて発砲した。発砲した警察官は1人。男には、性的暴行、不法侵入などで逮捕状が出ていた(そのことを警察官が知っていたかどうかは不明)。
当該警察官に人種偏見があったと見なすには、容疑者が白人なら、同じ状況となっても発砲しなかったと言えなくてはならないが、その点も捜査中で現段階では不明である。
以上から、警察による、黒人に向けたジェノサイドの一環という極端な主張が可能とは私には思えない。
なお、アメリカの「反警察運動」の政治的意味を含む詳細については、拙著『3年後に世界は中国を破滅させる』の特に第3章「米国『抗議暴動』の真相は何か」を参照頂ければ幸いである。
(編集部注:その後、大坂なおみ選手は準決勝に出場することを決めている。2020年8月28日午前8時時点)
▲写真 「3年後に世界が中国を破滅させる」(ビジネス社:島田洋一著) 出典:ビジネス社
トップ写真:大坂なおみ選手 出典:flickr: Rob Prange
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この記事を書いた人
島田洋一福井県立大学教授
福井県立大学教授、国家基本問題研究所(櫻井よしこ理事長)評議員・企画委員、拉致被害者を救う会全国協議会副会長。1957年大阪府生まれ。京都大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程修了。著書に『アメリカ・北朝鮮抗争史』など多数。月刊正論に「アメリカの深層」、月刊WILLに「天下の大道」連載中。産経新聞「正論」執筆メンバー。