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.政治  投稿日:2020/10/5

生活者利益考慮した経済政策を【菅政権に問う】


西田亮介(東京工業大学准教授)

【まとめ】

・大企業一辺倒の政治から脱却し、生活者利益考慮した経済政策を。

・「分断」で政治への信頼感低下。新政権発足は信頼回復の好機。

・財政的制約と現役世代の負担増。将来見据えた真摯な説明と対話を。

 

菅義偉氏が新首相に選出されてもうすぐひとつきになろうとしている。自民党総裁選の段階から7年8ヶ月の最長政権となった前政権の「アベノミクス」といった政策の継承を唱えてきた。安倍政権と比べて保守イデオロギーの印象が薄く、実務肌が強いとされてきたが、さっそくデジタル庁の設置やはんこの廃止など耳目をひく政策に着手し、GO TOトラベルの対象に東京を含めるなど、存在感を示している。そればかりか、日本学術会議の新会員人事において、前政権の重要政策に反対した研究者の任命を拒むなど豪腕ぶりも誇示している。

実現可能性はさておき、今後の新政権への期待として述べておきたいのは生活者の利益に考慮した経済政策と課税のあり方だ。

消費税収と所得税収が膨らむ一方、法人税収は低下の一途をたどっている。前政権における二度の消費税増税は生活者に大きな負担をもたらしている。大企業中心に課税を強化するべきだ。

この間、最大の経済団体である日本経済団体連合会(経団連)には日本の古典的な大企業のみならず、メガベンチャーやGAFAも会員として集うなど、存在感を増すばかりだ。こうした大企業の声ばかりに耳を傾けるような政治からの脱却が望まれる。

確かに「アベノミクス」は大企業の収益改善、コロナ禍を経ていまなお堅調な株価、失業率の低下などをもたらした。安倍政権期間中と重なる「戦後最長の景気拡大期」は、野党の弱さもあって、安倍政権における最長政権の基盤だった。

しかし明らかに「景気回復」の恩恵の主たる対象は生活者ではなかった。それでも政権は国政選挙に勝ち続けたが、それを政策全般に対する「国民の信任」と理解するのは少々無理があるのではないか。野党が弱すぎたためだ。

不景気とデフレに喘いだ平成の「失われた30年」のもとで、多くの生活者が経済を看板にする政権に強く期待し、それを引き継ぐ新政権に期待するのは至極当然のことでもあるが、コロナ禍もあり、日本の生活者のダメージは根深いものだ。本稿執筆時点で完全失業率は3%と低水準にとどまっているが、失業者数自体は増加しているし、自殺者も増加していると指摘されている。

より長期のトレンドでみても、2000年代を通じて世帯の平均所得は改善しておらず、増加した雇用の約半数は非正規雇用だった。高齢化の影響も大きいが、控えめに言っても現役世代に景気回復の恩恵は明確ではあるまい。

消費税収は20兆円に近づく一方で、この間、法人税は減収となり、10兆円に迫ろうとしている。「税収の三本柱」というにはアンバランスな構成だ。東日本大震災後の法人税の復興加算も前倒しで終了し、規制緩和も進んだ。ちなみに中小企業の法人税率15%は世界的にみても十分低い水準だ。前政権において主張が次々と政策課題に取り上げられた財界は政権支持傾向を強め、日本型雇用や新卒一括採用の限界論や、いっそうの法人減税、解雇規制緩和など企業社会にとって都合の良い「改革」ばかりを声高に叫んでいる。政策評価を通じて、政治献金の舵取りをし、その影響力は増すばかりだ。経済団体はもはや社会益よりも大企業益しか考えなくなっている。他方で労働組合の組織率は低下、弱体化し、生活者の利益団体は存在感を失いつつある。

▲写真 経団連、日商、経済同友会からの申し入れを受ける菅首相(2020年9月29日 首相官邸) 出典:経団連 facebook

加えて、コロナ禍は昭和末期から続く40年に及ぶ、コスト削減ありきの行財政改革の限界を露呈させている。医療現場もさることながら、中央省庁、地方自治体に強い負担がかかっている。コスト削減は日本社会で、いつの間にか手段から目的にすり替わっていたといっても過言ではない。

効率性は確かに重要だ。それはこれからも変わらない。しかし危機に直面したり、組織間の人員を柔軟に動かしたり、いざ必要な時に対処できるような新しい冗長性の必要性を明らかにしたのではないか。特定定額給付金や持続化給付金もそうだが、いまだアナログな行政の現場で国民のために働いた人たちもまた我々同様コロナ禍の被害者であることなどはすっかり忘れられていた。

またコロナ禍で多くの人が不満を持ち、その一部をネットに書いたりするようになったことで、社会的弱者の声は相対的に見えにくく、聞こえづらくなった。「民意」を計測し、さもわかりやすく答えようと見せかける政治の欲望(「耳を傾けすぎる政治」、詳しくは拙著コロナ危機の社会学参照のこと)は、SNS分析の技術の高度化とそれらの政治における採用傾向のなかで強くなる一方だ。

前政権において、政治における二つの大きな分断が進んだのではないかと見ている。政治に関心を持っている層と持たない層、さらに政治に関心を持つ層における政権支持層と非支持層のあいだの分断だ。自粛と要請を中核とする日本の新型コロナウイルス感染症対策では、政治に対する信頼感が重要だ。しかしこれらの分断の存在は日本型コロナ対策を難しくし、政治への信頼感を低下させた。継承路線とはいえ、新政権となり、政治の説明責任と透明性の改善、信頼回復はそれらの解消を考えるうえでは好機ともいえる。それらにつなげてほしい。

団塊の世代」が後期高齢者の年齢となるこれからの時代の日本社会の舵取りは、財政的制約と現役世代の負担増のなかで国際競争を戦うことを強いられるということでもあり、いっそう困難になることは明らかだ。分かりやすい「民意」に耳を傾け過ぎて表層的な対応にとどまることなく、日本の将来を見据えた真摯な説明と対話が求められる。時には説得も必要だろう。これからハネムーン期間中盤に突入する新政権の動向を注視したい。

トップ写真:菅内閣の発足(2020年9月16日 首相官邸) 出典:首相官邸 facebook


この記事を書いた人
西田亮介立命館大学大学院先端総合学術研究科特別招聘准教授

1983年京都生まれ。博士(政策・メディア)。

専門は公共政策の社会学。情報と政治。慶應義塾大学総合政策学部卒業。同大学院政策・メディア研究科修士課程修了。同後期博士課程単位取得退学。同助教(有期・研究奨励Ⅱ)、中小企業基盤整備機構リサーチャー、立命館大学大学院特別招聘准教授等を経て、2015年東京工業大学に着任。『コロナ危機の社会学』(朝日新聞出版)、『情報武装する政治』(KADOKAWA)、『メディアと自民党』(角川書店)他多数。

西田亮介

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