前政権「負の遺産」の清算を【菅政権に問う】
林信吾(作家・ジャーナリスト)
「林信吾の西方見聞録」
【まとめ】
・菅首相、「たたき上げの実務家」という点で高い支持率。
・コロナ禍の今、解散総選挙ではなく、与野党の枠を超えた対策が急務。
・前政権の負の遺産を清算することが、新政権の本当の役目。
菅政権に問う、というテーマで記事を、と言われてもなあ……
このように思っている執筆者は、私一人だけではないような気がする。
安倍前首相の退陣を受けての記事でも簡単に触れたが、この政権は「アベノマスク」に象徴される、失態続きだったコロナ対策の後始末に追われるだけの、言うなれば、火消し役のリリーフではなく敗戦処理の役割のみ期待されているように思えてならない。
敗戦処理、という言い方は少し引っかかる、という向きもあろうかと思われるが、当人が外交や経済政策においては「安倍路線を継承する」と明言し、その上で「まずはコロナ対策」だとしているのだから(就任記者会見などによる)。
ただ、国民からの期待は高い。NHKが実施した世論調査によると、新内閣の支持率は62%に達していた。これは小泉内閣(発足時81%)、鳩山内閣(同72%)に次ぐ数字で、第二次安倍内閣の発足時と比べてもそん色がない。
これは単なる「ご祝儀相場」ではなく、やはり、安倍前総理の長期政権を支えてきた「たたき上げの実務家」であるという点が、高い支持率に結びついたとみて間違いないだろう。とりわけ、安倍政権には点が辛かった女性若年層の支持率が高かった、という結果は注目に値する。
集団就職で上京し夜学に通った、という触れ込みは事実ではなかったと『週刊文春』などで書き立てられたが、当人は「自分の口から言ったことではない」と明言している。苦労話や成功話が「盛られる」のは、よいことではないが、よくあることだ。
これを受けて自民党内では、早期の解散総選挙を望む声も聞かれるとか。
分裂していた旧民主党が再統一を果たして、150人を擁する最大野党として復活したとは言え、枝野代表と菅新総理の人気の差は歴然で、今なら地滑り的圧勝も見込める、という思惑であるようだ。
▲写真 枝野代表 出典:Kim Youngjoon
なにを考えていているのだろうか。
多くの国民が望んでいるのは、早く新型コロナ禍以前の生活に戻りたい、ということで、この時期の解散総選挙など、それこそ「不要不急」である。そもそもコロナ対策は、与野党の枠を超えた、挙国一致の態勢で臨まなければならない。
対策と言っても、大きく分けて、
「さらなる感染拡大防止から、収束への道筋をどうつけるか」
「コロナ禍がもたらした失業・貧困をどう救済するか」
という、ふたつの問題が存在するわけだが、前者については、なによりもまずワクチンの実用化が待たれる。後者については次稿で。
ただ、ここで気になるデータがひとつある。
8月に英国で実施された世論調査によると、子供を持つ市民の過半数が、
「たとえワクチンが実用化されても、自分の子供には投与したくない」
と回答し、医療関係者に衝撃を与えたそうだ。理由はほぼ一様に、
「副作用が心配だから」
ということであった。
通常のワクチンの開発には数年を要するのだが、今回はそれを1年足らずでやろうとしている。過去の知見の蓄積や、製薬会社の技術の進歩という要素は当然あるにせよ、一般市民が不安を感じるのも無理はない。
私自身、完成したばかりのワクチンを自分や親族に投与したいかと言われれば、二つ返事で、というわけには行かないと思う。
……などということを考えていたら、9月初めに見たBBCのニュースサイトが、英国のワクチン開発にまつわる、こんな話を伝えてきた。
ワクチンの開発期間を短縮するためには、動物実験の後、なるべく早く人間で効果を試す、いわゆるヒト治験を行うのがよいそうだが、このことを知った複数の若者が、自らコロナウィルスに感染する治験者になりましょう、と名乗り出たそうだ。
多くの人を助けたい、という動機だそうで、報酬や万一の時の補償はそれなりに考慮されているのだとしても、これには頭が下がる。
一案と呼ぶにも値しない判じ物だと言われることを覚悟して述べるが、日本でも、
「東京オリンピック・パラリンピックまでに、なんとかワクチンを」
と言っているだけの国会議員など、いっそ自らヒト治験に参加したらどうか。
自分は副作用が怖いなどと言っておきながら……と言われるかも知れないが、ならば、ここで明言しておこう。
もしも国会議員の中から、二桁のヒト治験志願者が名乗り出たなら、私も参加する。
まだまだやり残したことはあるけれども、それは誰でも同じことだ。公共のメディアで政治家をあおっておいて、自分だけは安全地帯にいようとは思わない。書いたものが活字になる立場の人間としての覚悟はある。
それは人体実験ではないのか、という声も聞こえてきそうだが、ネットの求人サイトなど見れば、実は新薬の治験のアルバイトが、決して少なくない頻度で募集されていることに気づくだろう。多くの場合、湿布薬など、副作用と言ってもリスクが低いものだが。
私が憂えているのは、今の日本の経済状況や格差の有様から、そう遠くない時期に、新型コロナ禍で職を失ったような人たちが(6万人以上がすでに失職したという)、わずかな報酬を目当てに治験に応募するようなことにならないかーーこれである。その場合、おそらくは政権中枢の覚えめでたい製薬会社や人材派遣会社などが、巨利を得ることにもなるだろう。
少し前に、騒ぎが収まれば性風俗産業に美人が増える、とラジオで口走って大炎上したお笑い芸人がいたが、わが国の政財界のお歴々に、この芸人の品性を嗤うことができる人が幾人いるだろうか。
菅政権のキャッチフレーズは「仕事をする内閣」だとか。今までしてなかったのか、などとツッコミをはひとまず置いて、安倍政権の新型コロナ禍対策は失政であったことを素直に認めるところから「仕事」を始めてもらいたい。
▲写真 菅内閣 出典:首相官邸HP
旅行に補助金を出すというGo toキャンペーンにせよ、一部の大手業者が利益を得ただけで、本当に困っている人たちの助けになどなっていない。そればかりか、東京が除外されたり戻ったりしたのは、菅新首相と小池都知事との確執の結果だという噂が絶えないではないか。
縦割り行政の打破、というのも大事だが、ハンコをなくす前に、前政権の負の遺産を清算することが、新政権の本当の役目ではないだろうか。
(続く)
トップ写真:新型コロナウイルス感染症対策本部(第43回) 出典:首相官邸HP
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この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト
1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。