バイデンなら北朝鮮軍事挑発
朴斗鎮(コリア国際研究所所長)
【まとめ】
・対北強硬姿勢のバイデン氏当確に北朝鮮が沈黙守る3つの理由。
・北朝鮮内は動揺、食糧価格高騰。人権・核で米朝対立激化へ。
・金正恩は遠からず軍事的挑発に出て、バイデンの出方を見守る。
世界の注目を集めていた米国の大統領選挙は、11月8日にジョー・バイデン前副大統領の当選確実と報じられた。ペンシルベニアを始めとしたいくつかの州では逆転また逆転の接戦だった。ジョージア州では得票数の差が0.2%だったために、票の再集計を今も続けている。
こうしたことから、トランプ大統領は、選挙で不正があったと主張し、いくつかの州で裁判闘争に入っている。しかしすでにヨーロッパを始めとした各国首脳が、バイデン氏に祝意を表明していることから、よほどのことがない限り、バイデン政権への流れを逆転させることは困難だと思われる。
■ バイデン当確報道に沈黙を守る北朝鮮
北朝鮮ではいま金正恩委員長が、その成り行きを集中的に分析させている。しかし今の所、バイデン氏当確になんの反応も示していない。そればかりか、選挙の結果さえ報道していない。
バイデン氏は、投票日が差し迫っていた米国現地時間10月18日、フィラデルフィアで開かれた集会で演説し、そこでも「われわれはプーチンや金正恩のような独裁者や暴君を包容する国民なのか。そうではない。トランプとは違う」と演説し、22日の最終討論でも金正恩のことを3度『悪党』と呼び、トランプ氏が二度の朝米首脳会談で北朝鮮に正当性を与えたとまで非難した。
しかし北朝鮮は、ここまで最高尊厳を罵倒されても、反応していない。昨年11月にバイデン氏が金正恩委員長を非難した時に、「バイデンこそ、執権欲に狂った老いぼれ狂人である」とこき下ろしたのとは大違いだ。ただひたすら党第8回大会を目指す「80日間闘争」を強調し内部固めに集中している。
沈黙を守っている理由としては、3つほど考えられる。
1つは、来年の1月の党8回大会で対米方針を打ち出すので、あえて今急いで対応する必要がないと考えていることだ。
2つ目は、党内の粛清続きで、対米交渉ラインの人材が欠如し、米国にしっかりと対応できる体制が整っていないことが考えられる。
3つ目はトランプ大統領が敗北宣言を行っていないことだ。米国新政権の出帆時期が見えづらいことも、沈黙の要因と思われる。
■ 北朝鮮の民心は動揺、一時物価が急騰
しかし北朝鮮の市場(チャンマダン)はすぐさま反応した。バイデン当確が北朝鮮内部に伝わるや、「食糧価格」や「食用油」「砂糖」などが一時2倍以上急騰し、食糧買いだめ現象まで発生した。バイデン政権が発足すれば、来年上半期までは政策空白が生じるだけでなく、対北制裁が強化され長期化するという認識が広がったためだ。
中朝国境地域の消息筋は13日、「秋には通常食糧価格が下落するのが通例だが、今年は食糧価格が高騰している。国境封鎖措置と今年の水害で食糧生産量が減少していたところに、バイデンの当選で、来年度の食糧不足が深刻化するという否定的な見方が広がったからだ」とした(朝鮮日報韓国語版2020・11・14)。
市場の物価が急騰し、民心の動揺が広がる中で、金正恩委員長が、食糧放出と価格統制、そして内部の取締に乗り出したことで価格が再び下落したが、来年は食糧不足が深刻になるとの見通しは依然として根強い。商人たちは買いだめに走っているという。
国際信用格付け会社のフィッチは11月13日、北朝鮮の今年の経済成長率が、新型コロナウイルスの影響と対北朝鮮制裁、水害などでマイナス10%となると予想した。これは「苦難の行軍」の期間である1997年当時のマイナス6.5%よりも低い数値だ。
■ バイデン氏の対北朝鮮政策と金正恩路線は噛み合わない
北朝鮮の非核化と人権改善を強く求めるバイデン氏の政策と北朝鮮の路線は相容れないことも北朝鮮当局の不安材料となっている。
バイデン氏は同盟重視の路線を強調している。したがってトランプ大統領のように、米国に脅威を与える核実験や、ICBM、SLBMなどの戦略武器の実験さえ行わなければ、韓国や日本に脅威を与える弾道ミサイルを開発しても放置するスタンスではない。
また、「朝鮮半島の非核化」を「北朝鮮の非核化」だと誤解して?シンガポール合意に署名したトランプ大統領の認識とも違う。ちなみに、北朝鮮は、2016年の朝鮮労働党第7回大会直後に、「朝鮮半島の非核化」を「米軍の核及び朝鮮半島周辺に存在する米国の核の傘の除去や、駐韓米軍の撤退」と引き換えの「非核化」としている。
この「朝鮮半島の非核化」という北朝鮮の主張を、バイデン氏は受け入れないだろう。米国と国際社会が求めるのは、国連安保理決議による「北朝鮮の非核化」だからである。
そればかりかバイデン氏は、トランプ大統領が北朝鮮の人権問題を取り上げずに、暴君金正恩を称賛してきたことを強く非難した。したがって北朝鮮の人権問題も取り上げるに違いない。
非核化交渉の進め方も違う。バイデン氏は、実務陣による十分な調整を先行させ、非核化の進展が保証された時に、金正恩との首脳会談に応じるとしている。これは金正恩が好むトップダウン方式とは逆の方法だ。
結局どう見てもバイデン氏の政策と金正恩の要求は噛み合わない。北朝鮮と米国の間に「核問題」で妥協できる空間はほとんどないと言える。解決方法は、段階的となるかどうかは別にして、核を放棄するか、核保有を認めるかでどちらかが譲歩して解決するしかない。それは力による対決を意味する。
■ 遠からず金正恩は軍事挑発に出てくる
北朝鮮の一層の経済苦境とバイデン氏の対北朝鮮強硬策が予想される中で、米国大統領選結果に北朝鮮がいつまでも黙っていられる状況ではない。トランプ政権の帰趨が正式に決まりバイデン政権となれば、金正恩は何らかの意思表示を行うに違いない。それは来年1月の朝鮮労働党第8回大会の場となる可能性が高い。そしてその後に脅しと軍事挑発が始まるものと思われる。
それは、昨年2月のハノイ米朝首脳会談の失敗と、その後の米朝交渉を総括して、昨年末の党中央委員会総会で改めて結論付けた「核武装強化路線こそ勝利への道」とした「全面突破戦」の中身を見れば明らかだ。
北朝鮮はこの路線に基づいて、自力更生との名目で経済への投資を縮小し、核武力強化に資金を集中し続けている。そして、核を小型化し、多弾頭で大気圏再突入可能なICBMを完成させ、多弾頭SLBMの完成とそれを搭載する大型潜水艦の建造に総力を傾け、核武力体系完成の最終段階を迎えている。
それは朝鮮労働党創建75周年閲兵式で、金正恩が軍事力を誇示し、演説で核ミサイル武力の強化を鮮明にしたことを見ても明らかだ。バイデン氏の当確が報じられた11月8日にも、労働新聞は一面で「我が国は強力な戦争抑止力を持った軍事強国」と強調したが、これがバイデン氏にたいするシグナルだったかも知れない。
では挑発時期はいつ頃なのか?それは今の所、新たな体制が整う朝鮮労働党第8回大会開催後になると思われる。しかし米国大統領選挙結果での混乱が深まれば、党8回大会前の挑発もあるかも知れない。どちらにせよ金正恩は先手を打ってバイデンを脅迫し、その出方を見守るに違いない。
トップ写真:バイデン米前副大統領(左)と北朝鮮の金正恩委員長(右) 出典:バイデン氏(Obama White House) / 金正恩氏(White House facebook)
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この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長
1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統