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.政治  投稿日:2020/11/30

大阪都構想、挫折の理由(下)コロナに敗れたポピュリズム その5


林信吾(作家・ジャーナリスト)

「林信吾の西方見聞録」

【まとめ】

大阪都構想、公明党と創価学会が一心同体ではないことが表面化。

・コロナ禍で維新のポピュリズムは敗北。

・万国博覧会、IR誘致も都構想と合わせて挫折。

前回、大阪都構想が議会に提出されたが、そこでは一蹴され、しかしながら公明党が「住民投票そのものには反対しない」と言い出したことから、2015年に、この構想の是非を問う住民投票が実現した、と述べた。

すでに報じられたように、今年2020年に実施された再度の住民投票に際しては、公明党は賛成の立場に転じた。これで維新も一段と強気になったわけだが……

もともと大阪市には創価学会員が多く、学界を支持母体とする公明党にとっては金城湯池であった。実際、小選挙区制度の下で、市町村単位では全国最多の議席を得ている。

ところが、これも前回述べた通り2010年4月に、府知事と市長のダブル選挙が強行された結果、いずれも維新の候補者が圧勝した。これを見た公明党の上層部は、

「次の総選挙で大阪の選挙区に維新が対立候補を立ててきたら、面倒なことになる」

といった危機感を持つに至ったようだ。

2019年には、再度の住民投票をめぐって、一度は維新との交渉が決裂したものの、「今まさに、都構想がつぶされかけている」

と述べて、松井市長が辞任し、市長選に出馬して、またもやダブル選挙で吉村府知事ともども圧勝。読者ご賢察の通り、これで公明党が態度を一変させたことが「手のひら返し」などと揶揄されるゆえんである。

政界消息筋は、実際に維新は対立候補擁立をちらつかせて公明党を揺さぶり、一方、憲法改正論議を前進させるために、公明・維新両党の協力がどうしても必要だった自民党は、両者の「手打ち」を強く求めたと見ているが、維新にとってはこれが裏目に出た。

公明党と創価学会(とりわけ地方組織)は、組織的に表裏一体の関係にあるが、と言って、必ずしも一心同体ではない。公明党上層部の変節に対して、大阪の創価学会員たちの間からは不満や疑問の声が噴出したのである。学界を分断するべきではない、と明言した市議経験者もいたという。

当然ながら住民投票においては、多くが棄権に回り、あえて反対票を投じた創価学会員も相当数にのぼると見られている。

加えて、タイトルで示した通り、新型コロナ禍という逆風に見舞われた。

前回は、知事選と市長選のダブル選挙で維新が圧勝した結果「府市合わせ」の負の遺産が生産されていったと述べたが、その副作用と言うべきか、保健所がリストラされてしまった。大阪府では今に至るもPCR検査の実施率が低く「隠れ陽性」が相当な数にのぼるのではないかと心配されている。この件では橋下徹氏自身が、判断ミスであったと認め、

「吉村知事に迷惑をかけてしまった」

と自己批判したが、謝る相手が違うだろう、という批判の声が噴出した。

▲写真 都構想敗北 記者会見 出典:大阪維新の会Facebook

それ以上の打撃は、有権者に対して説明を尽くす機会が制約されてしまったことだろう。

2015年の住民投票を控えた時期には、大阪市が市内各地で計39回も説明会を開き、 多くの場合、橋下市長自身が都構想の意義を語ったものだが、今回はリモートを含めて11回。言うまでもなく「密」を避ける必要があったからだが、維新のポピュリズムを支えてきた「有権者とひざを突き合わせるようにして政策を説く」というスタイルが、今次は機能しなかったのである。

そもそも住民投票自体に、

「コロナで国中ひっくり返るような騒ぎのさなかに、今やるべきことなのか」

という批判の声が高まっていた。総じて維新に対して、新型コロナ禍への対策よりも都構想実現を優先させているのでは、といった疑惑の目が向けられるようになってきたのだ。

このことはまた、反対論者たちを一段と勢いづかせることにもなった。

大阪市を解体して4つの特別区に再編する、というのが今回提示された都構想の具体的な中身であるが、再編に伴うコストや、前述の保健所の実例があるように、リストラの弊害が心配される。こうした声に対して、松井大阪市長は、

「たしかにコストはかかるが、中長期的に見れば健全な府の財政を取り戻す初期投資として容認できる範囲。行政サービスを低下させないための財源には、市の税収や市営地下鉄の営業利益を充てんできる

と反論したが、ここにも新型コロナ禍が暗い影を落とした。経済活動が停滞し、税収も地下鉄の売り上げも急落してしまっている。そのシミュレーションは甘いのでは、と指摘する声が高まったのだ。

このような反対論が、維新のもうひとつの目玉政策である、

「万国博覧会とIR(カジノを含む総合リゾート)誘致」

に影響を及ぼさないはずもなかった。その急先鋒が、れいわ新撰組の山本太郎代表で、幾度となく都構想に反対するよう訴える街宣活動を行い、維新の本当の目的は、府に比べて潤沢な市の税収を、彼らの政策実現のための財源とすることだとして、

「早い話が、カツアゲ(恐喝)だ」

とまで言い放った。表現はいかにも乱暴だが、主張そのものには経済学者らも賛意を表明し、とどのつまり、維新が新選組を蹴散らした政変の再現は成らなかったのである。

結果はご案内の通りだが、橋下氏自身は、メディアの取材に対し、非常に残念ではあるが、と前置きしつつも、

「二重行政の解消には、ある程度成功してきた。その結果、若い人たちが<今のままでいいやん>と思ってくれたとすれば、政治家として本望

などと述べた。これを負け惜しみと受け取るか、いさぎよいと受け取るかは人それぞれだろうが、私個人としては、海の向こうで、証拠もないのに「選挙は不正」だと言い続ける醜悪な権力者の姿を見てきただけに、なかなかのグッドルーザーぶりではないか、と思った。さらに個人的な感想を述べると、前稿の冒頭で触れたような、東京が大震災などの被害に遭った場合を想定して、首都機能のバックアップということが多少なりとも考慮されていたならば、全国レベルでの支持を集められた可能性もあり、そうなれば結果はずいぶん違ったのではないかーーこの点だけは、いささか残念に思う。

 一方で、まったく度し難いのは、僅差での否決であったことや、事前の街頭演説では推進派の方が、圧倒的に聴衆の数も多かったし応援の声も聞かれた、などという理由で、

「不正投票だったに違いない」「調査すべきだ」

と言いつのる人が、ネットの一部に存在することだ。おそらくは「最後は必ずトランプ大統領の逆転勝利に終わる」と未だに言い張る人たちに影響されたのだと思うが。

なにを信じるかは、人それぞれの自由である。

しかしながら、誰でも広く意見を発信できるネット社会においては、

「自分の信じたいものしか信じない」

という態度は、決してよい結果を招かない。自身にも社会にも害悪をもたらす可能性があるのだという、当たり前のことに早く気づいてほしいものだ。

トップ写真:都構想演説 出典:大阪維新の会Facebook




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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