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.国際  投稿日:2022/3/29

外国人義勇兵について 「プーチンの戦争」をめぐって その5


林信吾(作家・ジャーナリスト)

林信吾の「西方見聞録

【まとめ】

・ウクライナのゼレンスキー大統領が、志願者による「外国人部隊」を編成すると表明した。

・橋下氏がツイッターで発言していたように日本政府が義勇兵の渡航費用を出すことがあれば、それは日本から義勇軍を送ることを意味する。

・ロシアは外国人義勇兵をジュネーヴ条約に規定された戦時捕虜として扱わないと表明し、義勇兵に対する人道的扱いが危ぶまれる。

 

ロシアによるウクライナ侵攻は2月24日に始まったわけだが、ゼレンスキー大統領は27日、志願者による「外国人部隊」を編成すると表明。駐日ウクライナ大使館が公式ツイッターで日本人の参加を呼びかけたところ、70人を超す応募があった。うち約50名は自衛隊経験者で、フランス外人部隊での勤務経験を持つ者も2人いたという(3月1日付『毎日新聞』などによる)。その後すぐ、投稿は削除されたが。

これにからんで、元大阪市長で弁護士の橋下徹氏のツイートが炎上する騒ぎになった。概略紹介すると、

「威勢のいいことを言う資格があるのは志願兵になる者だけだ」

「俺はウクライナに行く勇気がない。だからNATOの指導者に政治的妥結を求める(中略)ウクライナを支援する日本政府はウクライナに行く日本人の渡航費用を予算化せよ」

支離滅裂、の四文字で片づけてもよさそうなものだが、それでは読者に申し訳ないので、少しだけこのツイートのなにが問題なのか見るとしよう。

まず、ウクライナを応援するなら口先だけでなく義勇兵に志願しろ、と言わんばかりの文面で、これについては複数の弁護士が、私戦予備・陰謀罪(刑法93条)の教唆に該当しかねない、と指摘している。

ただ、私も弁護士の意見を聞くなどしたが、法曹資格を持つ人でも「正直よく分からない」ということなのだとか。

と言うのは、過去にこの法律が適用されたのは、2014年にテロ組織であるIS(イスラム国)に参加すべく、シリアに渡航しようとした北海道大生らが書類送検されたケースのみで、最終的には不起訴となっているため、判例がひとつもないのである。

そもそもどうしてこのような法律が定められたのかと言うと、1880(明治13年)に制定された旧刑法の「外患に関する罪」にそのルーツが求められる。幕末の動乱期に、薩摩や長州の武士たちが、国家意思に関わりなく外国に戦争を仕掛け(世に言う薩英戦争、馬関戦争)、世の中を大いに混乱させたことへ反省から、こうした法律ができたものと衆目が一致している。

要するに、外国政府が義勇兵を募集し、日本人がそれに応じることなど、最初から想定されていない。それ以前に、この法律に触れるか否かが、問題の核心ではないと私は考える。

もしも日本政府が、義勇兵としてウクライナに赴く人の渡航費を負担したら、それは日本が義勇軍を派遣した、ということになるのである。第二次世界大戦中の独ソ戦においても、フランコ総統率いるスペインのファシスト政権は、中立を標榜していたにもかかわらず、反共の大義のためとして義勇軍を派遣した。義勇兵と義勇軍は似て非なる概念であるということが、これでお分かりいただけたであろうか。

以前、これも橋下氏がらみの「ヒトラー発言問題」を取り上げた際にも感じたことだが、日本の弁護士というのは、軍事とか戦時国際法について、ほとんど勉強していないようだ。

日本がウクライナに義勇軍を派遣したとなったら、ロシアに対して宣戦布告なき戦争を仕掛けたも同然である。

善意に解釈すれば、このツイートは「口先参戦」する政治家たちに対しての、彼一流の諧謔なのだろうが、それにしても、ものには限度ということがあるのではないか。

戦時国際法がらみでは、こういう問題もある。

報道によれば、募集開始からわずか1週間後の3月6日までに、50カ国以上から2万人を超す応募があり、この原稿を書いている26日の段階では、すでに多くがウクライナに到着している模様だ。

問題というのは、3月7日にロシア軍側が、外国人義勇兵については「ジュネーヴ条約に規定された戦時捕虜としては扱わない」と発表したことである。

ジュネーヴ条約とは、1864年に赤十字国際委員会の提唱により、戦時捕虜に対する扱いを人道的にするべき、との趣旨で、その名の通りスイスのジュネーヴにおいて調印された。日本語での正訳は「負傷者の状態改善に関する第1回赤十字条約」とされている。

もう少し具体的に述べると、ジュネーヴ第三条約もしくは「捕虜の待遇に関する千九百四十九八月十二日のジュネーヴ条約」において、投降したり負傷して動けなくなった敵兵の身柄を確保した場合、給食や医療を与えること、また収容する施設においては拷問などの行為を禁止することなどが定められているわけだ。そして、ここで言う敵兵とは、

「紛争当事国の軍隊の構成員及びその軍隊の一部をなす民兵隊及び義勇隊の構成員」

と明確に定義されている(第4条A-1)。

とどのつまりロシアは、今次の戦争においてジュネーヴ条約を遵守する考えすらない、と言い放ったに等しいので、そのようなロシア軍に捕らえられた義勇兵の運命は、考えるだけでも恐ろしい。

▲写真 ポーランド経由でウクライナに向かおうと空港に集まるジョージアの義勇兵志願者ら。(2022年2月28日、ジョージア・トビリシ国際空港) 出典:Photo by Daro Sulakauri/Getty Images

このような状況であるにも関わらず、日本で暮らしているウクライナ人の中からも、義勇兵に志願する動きがあった。

中でも、YouTuberとして活躍している兄弟(兄は4歳の時から日本で暮らし、弟は日本生まれだそうである)が義勇兵に志願する決意を示した投稿が、大いなる反響を呼んだ。

ウクライナ政府が志願者に求めているのは「軍事・医療の経験者」であるのだが、兄弟はいずれの経験もないため、応募が受け付けられたのか、続報がなかったようなので、現時点での状況はよく分からないのだが、兄弟の言葉を借りれば、くだんの投稿をした直後から、

「さっさと死んでこい」

といったようなコメントが何件も寄せられたという。私もこれを知ってYouTuberなどを見てみたが、たしかにそうしたコメントも散見されたが、ごく一部で、大半は「とにかく無事で帰ってきて」といった善意のコメントであった。中には、

「せっかく日本語をマスターして日本でも一定の影響力があるのだから、日本にやってくるウクライナ難民と日本社会との橋渡し役になった方がよいのでは」

といった趣旨の、建設的な提言もあった。

私も同感ではあるのだが、彼らの悲壮な決意を前に、したり顔でアドバイスなどする気にもなれない。

ましてや、揶揄したり侮辱したりなど論外で、当の兄弟も、

「信じられないような言葉が飛んでくる」「なんとか規制してもらいたい」

と語っていた。

侮辱罪が厳罰化されるなど、ネット規制の問題もあらためて浮上しているが、これについては稿をあらためて論じよう。

次回は「ロシアの核の脅威」を中心に語らせていただく。

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トップ写真:ポーランドからウクライナのリヴィウに向かう英国人の義勇兵ら (2022年3月6日、ポーランド・メディカ) 出典:Photo by Omar Marques/Getty Images




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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