小型艦艇名「しま」に統一すべき
文谷数重(軍事専門誌ライター)
【まとめ】
・艦艇名を「しま」とすることで広報効果・プレゼンス効果・機会損失の回避を期待できる。
・艦名は単なる記号ではなく現実社会に影響を及ぼす力がある。
・その力を活用するなら「しま」で統一すべきである。
海上自衛隊の艦艇は種類に応じた名前を持つ。護衛艦のうち空母は国名、駆逐艦は気象、フリゲートやコルベットは川名がつけられる。潜水艦は海棲動物ほか、揚陸艦は半島、補給艦は湖、掃海母艦は岬の名前が採用される。
小型艦艇ではおおむね「しま」の島嶼名と「とり」の鳥類名が用いられている。前者は掃海艦と掃海艇に用いられる。後者は今のミサイル艇の名前であり以前は駆潜艇の名前であった。
この小型艦艇への付与方針は今後も続けるべきだろうか?
小型艦艇は「しま」に統一すべきである。その理由は次の三つである。一つめは広報効果は大きいこと。二つめは国内向けプレゼンスを担当する小形艦名に適すること。三つめは掃海艦艇減勢に伴う機会損失の回避だ。
■ 「しま」の広報効果は大きい
▲写真 なお、地元の歓迎は由来を越えても発生する。写真の護衛艦「せんだい」は九州鹿児島の川内川に縁起を持つ艦名である。それにもかかわらず通音から仙台入港時にも大歓迎を受けた。 出典:海上自衛隊ホームページ
小型艦艇名はすべて島名とすべきである。一つ目の理由は広報効果である。
地名由来の艦名には特別な効果がある。名前をもらった地域との紐帯である。それにより海自は支持や支援、協力を期待できる。特に「しま」ではその効果は大きい。なによりも島を上げての結縁を得られる。
ご当地への初入港はそのはじまりとなる。就役後に縁起となった島を訪問する。その際には大歓迎を受ける。以降も変わらない。その島あるいは付近の地域に入港するたびに一種の里帰りとして歓迎を受けるのだ。
それにより得られる効果は大きい。市民の間には自衛隊への肯定的評価が醸成される。これは協力者が増えるだけではない。知らないゆえの否定的評価も払拭される。
募集効果も期待できる。青少年層や保護者、教育関係者に艦艇を見学させる。カレーの一つも食べさせる。それだけで就職の選択肢にできるのだ。
地方政治の環境改善も見込める。入港歓迎行事は政治的には無色に近い。革新系の首長や議員も参加してもらえる。それにより周辺を含む市町村に防衛行政への理解や協力を促進できる。または反対をうけるとしても状況は改善する。その反対水準を引き下げられるのである。
その点で「しま」の採用は有利となる。もちろん、他の艦船入港でもこの効果は見込める。ただ、「しま」ほかのご当地艦名での効果は際立つのである。
■ 国内向けプレゼンス効果
第2は国内向けプレゼンスに適する利点だ。これも小型艦を「しま」による統一する利点となる。
国内向けプレゼンスとは何か?
中央政府の存在や能力の誇示だ。国家組織が存在する。統治支配が及んでいる。行政サービスが提供される。そのようなアピールである。
防衛省・自衛隊なら災害派遣や防衛機能の誇示となる。副次的には予算獲得や募集促進も目的となる。これは特に小型艦艇に期待される役割だ。大型艦や潜水艦では入港できないような小規模港湾、漁港にも入港できる。つまりは離島や本土僻地でもプレゼンス効果を発揮できるのである。
例えば九州南西にある吐噶喇列島への入港である。佐世保の掃海艦艇はすべて回っている。戦争や災害があっても離島民を見捨てない。それを示し安心感を醸成するためだ。これも小型艦艇名に島名がふさわしい理由だ。
それにより親近感からプレゼンス効果も強化される。これは縁起となった島を回る際に限らない。艦艇に同じような離島の名前がついている。その艦艇が来る。それだけでも離島を見捨てないといったシグナルとなりうるのである。
■ このままでは「しま」は10隻を切る
▲写真 掃海艦艇は将来は10隻かそれ以下まで減少する。今後20年をみても整備中の「えたじま」のあとに3隻作るかどうかだ。その場合、多くの島名が使えなくなる。写真は海上自衛隊HP「命名・進水式」 出典:海上自衛隊ホームページ
第3は機会損失の回避である。
「しま」の艦名は急激に縮小している。かつては「しま」を付す掃海艦艇は50隻を超えていた。それが今では20隻である。そして近い将来には10隻前後まで縮小する。
これは掃海艦艇数が減少する結果だ。ここ20年間の高級・高価格化と戦力見直しにより掃海艦と掃海艇は10隻あるいはそれ以下まで減少する見込みである。
これでは「しま」艦名の効果は十分に活かせない。島はいくらでもある。それなのに10隻分しか使わない形だからだ。一種の機会損失である。
この点から小型艦艇はすべて「しま」にすべきである。例えば今後に登場する哨戒艦だ。「とり」の継承はせず島名にすべきだ。また数字名をもつ小型揚陸艇や大型支援船も新造分は全部「しま」とすべきである。
■ 鳥はファンにはならない
▲写真 「とり」を採用しても地域との結縁は生まれない。「ゆうちどり」や「うみたか」と命名しても個艦や海上自衛隊を支援してくれない。その点で艦名による利益はない。写真は「うみたか」。出典:海上自衛隊ホームページ
「とり」を廃し「しま」とすべき理由は以上のとおりである。
それにより艦名から得られる利益を最大できる。艦名は単なる記号ではない。現実社会に影響を及ぼす力がある。その力を活用するなら「しま」で統一すべきである。
実際に米海軍はそうしている。潜水艦名についてかつての魚介名から人名ほかに、ルールを無視して改めている。そうすれば海軍や海軍予算への支持が得られるためだ。
この判断は「魚は投票しない」* として知られている。それを決めたリッコーバー大将の言葉である。
それからすれば「とり」も同じである。鳥はファンを作らない。その点で鳥名は艦艇名に向いていない。小型艦艇は「しま」にしたほうがよい。
*「WHAT’S IN A NAME? IN THE NAVY, IT’S POLITICS」『The New York Times』1983年12月1日 p.12
リッコーバーは原潜の父として知られている。そして原潜に生存中の政治家を含めた人名を付した人物である。その理由とされた「Fish don’t vote.」はよく話題となる。上はその(おそらくは)初出である。
トップ写真:小型艦艇はすべて島名由来の「しま」にすべきである。それにより広報、国内向けプレゼンス、機会損失回避の利益を得られるためだ。写真は掃海艇「えのしま」。出典:海上自衛隊ホームページ
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この記事を書いた人
文谷数重軍事専門誌ライター
1973年埼玉県生まれ 1997年3月早大卒、海自一般幹部候補生として入隊。施設幹部として総監部、施設庁、統幕、C4SC等で周辺対策、NBC防護等に従事。2012年3月早大大学院修了(修士)、同4月退職。 現役当時から同人活動として海事系の評論を行う隅田金属を主催。退職後、軍事専門誌でライターとして活動。特に記事は新中国で評価され、TV等でも取り上げられているが、筆者に直接発注がないのが残念。