加速する「新しい働き方」
安倍宏行(Japan In-depth編集長・ジャーナリスト)
【まとめ】
・テレワークの普及は道半ば、様々な働き方の模索が続いている。
・ワーケーション、生産性・心身の健康にポジティブな効果があり。
・新たな働き方をサポートするサービスが続々生まれている。
11都府県に出された緊急事態宣言。政府や自治体は新型コロナウイルス感染拡大を防ぐためテレワークを呼びかけているが、実際はどうなのか?
日本生産性本部が1月22日に出した調査結果(第4回「働く人の意識調査」)によると、今回の緊急事態宣言下のテレワーク実施率は、全国で22.0%に止まったという。2020年5月の31.5%に比べると約10ポイントも低い。
実際、筆者の周りでも、緊急事態宣言下にも関わらず、テレワークは週に1回、などという会社も普通にある。政府が掲げる「出勤者数の7割削減」という目標の達成は絶望的な状況だ。
一部大手でテレワーク実施が進むも、飲食業、製造業など現場に人手が必要な業種では難しい。また、サイバーセキュリティー対策の遅れ等も指摘されている。
こうした中、多様な働き方をサポートするサービスも去年からじわじわと増えてきている。
その一つは「ワーケーション」だ。ワーク(Work=労働)とバケーション(Vacation=休暇)を掛け合わせた造語で、リゾート地などでテレワークしつつ、休暇も取る働き方をいう。
「仕事と休暇が両立するわけはないだろう」最初、そう思った人がほとんどではないか。しかし、筆者のようなフリーランスは、企業に勤めている人のようにオンとオフが明確に区別されていない。旅行していても移動中や隙間時間に仕事をするのは当たり前だし、「ワーケーション」といわれても、それほど違和感はなかった。
去年の夏の調査ではあるが、株式会社NTTデータ経営研究所、株式会社JTB、日本航空株式会社が、慶應義塾大学島津明人教授の監修の下、「ワーケーション」の効果検証実験を実施した。(注1)
それによると、ワーケーションが生産性・心身の健康にポジティブな効果があることが分かった。
ポイントは
①経験することで、仕事とプライベートの切り分けが促進される
②情動的な組織コミットメント(所属意識)を向上させる
③実施中に仕事のパフォーマンスが参加前と比べて20%程度上がるだけでなく、終了後も5日間は効果が持続する
④心身のストレス反応の低減(参加前と比べて37%程度)と持続に効果がある
⑤活動量(運動量)の増加に効果がある(歩数が参加前と比べて2倍程度増加)
生産性向上と同時に心身の健康増進が図れるとは、いいことづくめだが、ではすぐに「ワーケーション」を取り入れよう、とはなかなかならないだろう。
こうしたコロナ禍の「働き方の意識の変化」に対応するために、オフィスはどう変化していくべきなのだろうか?
■ オフィスの進化
テレワークに難点があるとすれば、社員同士のコミュニケーション不足や人間関係の希薄化だろう。おなじ空間にいればすぐに確認できることも、いちいちメールやチャットなどで確認するのは結構な手間だ。それに口頭でないとうまく伝わらないもどかしさもある。
また、職場でブレインストーミングをしているうちに面白いアイデアが出たりするものだが、テレワークだと、いちいちオンラインミーティングを設定しなければならない。
結局、今後はテレワークとオフィスワークのハイブリッド型が主流となっていくと思われる。
まずは三密回避の為のテクノロジーのオフィスへの実装はマストだ。最近のスマートビルは、顔認証入館システムやセンサーによる混雑情報提供システムなどのテクノロジーにより、非接触化、三密回避を実現している。(参考記事:「スマートシティ竹芝で始動」)
こうした働く環境の安心・安全の確保を大前提として、社員同士が活発にコミュニケーションを取ることができる環境づくりが求めらるだろう。
筆者が考えるこれからのオフィスのキーワードは、「リラクゼーション」と「コンセントレーション(集中)」、それに「インタラクション(相互作用)」だ。
「リラクゼーション」は文字通り、リラックスできる環境をオフィス内に設けることだ。緊張をほぐすコーナーに、グリーン(植物)やアロマなどをプラスすれば効果的だろう。また、ちょっと外の空気を吸いに表に出れるような構造があればオフィスで働く人のリフレッシュになる。
筆者が取材したスマートビル「東京ポートシティ竹芝」(東京都港区)は2階から6階のテラス部分に、緑に囲まれた憩いの空間「スキップテラス」を整備している。公園のようなこのスペースを歩き、陽の光を浴びながら自然に触れ、思い切り深呼吸したらずいぶんと気分転換になりそうだ。竹芝地区からは海を臨むこともできる。
▲写真 「東京ポートシティ竹芝」スキップテラス 出典:東急不動産株式会社
「コンセントレーション」は業務効率化に欠かせない概念だ。従来のオフィスでは電話の応対や、他の人からの頻繁な声かけなどで、集中力が途切れがちだった。1人こもって仕事ができる「集中ブース」や、休息をとる「仮眠室」などが効果的だろう。従業員が能動的に仕事の質を高める環境が重要になってくる。
そして「インタラクション」だ。人と人との交流によりクリエイティブな発想が生まれる。コロナ禍で我々が学んだのは、これからは既成概念を壊す勇気が必要だ、ということだろう。
去年、あるスーパーマーケット経営者が筆者に語った言葉が重い。
「これまで蓄積してきた消費行動に関するデータは全く意味をなさなくなった」
確かに、私たちの消費行動は一変した。これまでのマーケティング、商品開発の考え方は通用しなくなっている。社内のコミュニケーションだけではない、今後は外部の人とのインタラクションもカギとなろう。最近は、「アート思考」の重要性が叫ばれるようにもなってきた。オフィスも新たな発想が生まれる場でなくてはならない。
最新のオフィスビルは、コミュニケーションのしやすさに重点をおき、従業員同士のコミュニケーションを促すさまざまな工夫を取り入れている。柔軟な働き方を促すために「時間」と「場所」を自由に選べる「ABW(Activity Based Working)」という概念を導入し、チームワークを損なうことなく、業務の特性に合った場所で仕事ができるように設計されている。また、部署や会社を超えた交流を促すようなスペースも設けている。
▲写真 「渋谷ソラスタ」内の様々な交流スペース 出典:東急不動産株式会社
また、ブレインストーミングやプレゼンテーションが効率的に出来る会議室は必須となる。オンラインミーティングがすぐできるようなIT環境、電子機器もデファクトになる。接続に時間がかかったり、画面が映らなかったりすることはもうなくなるだろう。会議室予約もアプリで社員が簡単にできるようになる。すべてにおいてストレスフリーな環境をいかに作るかが重要だ。
■ フレキシブルオフィス
さて、オフィス環境の未来についてみてきたが、今後、テレワークが中心となることには変わりがない。一方で、都心で社外の人間とフェーストゥーフェースでミーティングする必要性は残るだろう。そうしたニーズにこたえるため、都心のオフィスビルの部屋を短期や曜日単位で貸し出すフレキシブルなサービスも生まれた。東急不動産が去年10月から開始した「QUICK(クイック)」がそれで、最短の貸出期間は3カ月、敷金不要なので、借り手は初期費用を抑えることができる。スタートアップ企業などがプロジェクトベースでオフィスを借りたい、といった需要に対応した。こうした空きスペースの活用は今後さらに広がるだろう。
■ 郊外型サテライトオフィス
これまで都心を中心とした多拠点型サテライトオフィスはあったが、自宅の近くでテレワークに集中できる環境を望む声も高まってきた。自宅でテレワークといっても通信回線の安定性や、スペースの問題、宅配の応対、セールの電話など、集中力を欠くシチュエーションは多い。
最近では、郊外のショッピングセンターの空きスペースに設置できるモビリティタイプの個室特化型サテライトオフィスなども生まれている。三井不動産株式会社が提供している「ワークスタイリングSOLO」は、例えば保育園に子供を迎えに行く前の時間に立ち寄り、短時間集中して業務をする、といったニーズにぴったりだ。東京電力ホールディングス株式会社の「SotoTime」も同様のサービスで異業種の参入も増えそうだ。
■ テレワーク型住宅
▲写真 自宅の中のテレワークスペース(イメージ) 出典:Denise Panyik-Dale/GettyImages
住宅業界もテレワークに対応し始めた。テレワーク空間を確保するために、部屋と部屋の間の間仕切りを自由に動かせるようにしたり、吊戸棚下のデッドスペースや、ウォークインクロゼットの中にデスクを設置したりした物件を開発した業者もある。
共用施設にWi-Fiやマルチコピー機などを完備して、コワーキングスペース化したり、1~複数人が利用できるワークブースを後付けで設置したりしたマンションも登場している。
以上みてきたように多様な働き方をサポートするサービスが続々生まれている。ウィズコロナの時代、したたかに生き残るのはこうした新発想のサービスを生み出す企業だろう。新しい働き方を追求していく中で、次はどんなサービスが生まれてくるのだろう。
注1)出典:JTB「ワーケーションは従業員の生産性と心身の健康の向上に寄与する ワーケーションの効果検証を目的とした実証実験を実施」
トップ写真:ハンモックに横たわりノートブックを操作する女性 出典:EyesWideOpen / GettyImages
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この記事を書いた人
安倍宏行ジャーナリスト/元・フジテレビ報道局 解説委員
1955年東京生まれ。ジャーナリスト。慶応義塾大学経済学部、国際大学大学院卒。
1979年日産自動車入社。海外輸出・事業計画等。
1992年フジテレビ入社。総理官邸等政治経済キャップ、NY支局長、経済部長、ニュースジャパンキャスター、解説委員、BSフジプライムニュース解説キャスター。
2013年ウェブメディア“Japan in-depth”創刊。危機管理コンサルタント、ブランディングコンサルタント。