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.国際  投稿日:2021/2/22

中国は国際法を無視しない


文谷数重(軍事専門誌ライター)

【まとめ】

・中国海警法には「強制力を行使し武力使用も可能」と読み取れる部分あり。

・しかし中国はそのような行動はせず、海警法よりも国際法を優先する。

・このような死文化される法が作られる背景に中国の国内事情あり。

 

中国海警法が2021年2月1日に施行された。これは日本の海上保安庁法に相当する法律である。沿岸警備隊にあたる海警局の機能や運用を規定する内容だ。

この法律は国際法との矛盾が指摘されている。本来ならどの国の軍艦や政府公船は不可侵性をもつ。また他国領海内でも軍艦や商船は無害通航できる。それにもかかわらず中国海警は強制力を行使し必要があれば武器使用もできる。条文にはそうとも読み取れる部分があるからだ。

中国は国際法に背く行動をするのだろうか?

中国はそのような行動はとらない。海警法よりも国際法を優先する。そう判断する理由は次の3つである。

第1は中国は国内法より国際法を優先していること。第2は外国艦船への対応は穏当であること。第3は交戦状況でない限りは武力を行使していないことである。

▲写真 外務省の懸念 日米政府は海警法をそれほどは問題視していない。中国は国際法を守ると考えている。また実際に違反しなければ国際法違反とも言い難い。だから抗議ではなく懸念の表明にとどめている。 出典:「第12回日中高級事務レベル海洋協議(結果)」(外務省)をキャプチャー

■ 東シナ海防空識別圏の前例

中国は国際法を無視しない。

その第1の理由は国際法の優先である。海警法と国際法が矛盾した場合、中国は国際法を優先する。

これは2013年に設定した東シナ海防空識別圏規則が示すとおりである。

これも国際法と矛盾する法規であった。

飛行には届出が義務付けられたからだ。識別圏を通過する場合は中国政府に飛行計画ほかを提出しなければならない。もし従わない場合は中国は軍事力行使も含めた措置を採る。そのように規定されていた。

だが、国際法上はその必要はない。東シナ海識別圏のほとんどは領海外である。つまりは公海であり航海や上空通過の自由が認められる場所だ。

だから日米は抗議をした。

その上で日本政府は届出なしで自国民間機を運航させた。国際法上、飛行計画ほかの提示は必要ない。また提出せずとも危険はない。中国は国際法を守る。そう判断したためだ。

結果、どうなったか?

中国は国際法を優先した。日本民間機に対しては何もしなかった。

今回の海警法も同じである。中国は国際法を優先する。中国が管轄する海域でも外国軍艦や政府公船の不可侵権は尊重する。また領海内で無害通航の権利行使も尊重する。そう判断できるのである。

■ 外国船には穏当にあたる

第二は外国船舶への配慮である。平時の海洋権利の保護や領土争いでも中国は穏当な対応をしている。それからすれば海警は国際法を守る。無視するような強制力の行使や武器使用はしない。

これも従前の例が示すとおりである。

例えば、かつての日本漁船の侵入にも中国は危害は与えなかった。新中国成立前後の70年前、日本漁民は中国領海内にも入り込み操業をしていた。それに対しても中国は穏当策で対応した。ごく初期に発砲したものの政府が介入し以降は発砲なしとした。また早期の送還もすすめた。同時期の李承晩ラインとは正反対の穏当対応だった。

また、今の尖閣でも南沙でも穏当に振る舞っている。

どちらでも中国側は他国船舶に致死的危害を加えていない。係争国の公船や漁船とお互いに針路妨害、探照灯照射、放水、体当たりといった嫌がらせの応酬をするだけだ。平時の紛争ゲームのルールに則っているのである。

▲写真 台湾記者会見 フィリピンも海警法には抗議している。だが、フィリピンは80年代に日本商船を爆撃し2013年には台湾漁船を銃撃して蜂の巣にした。中国はそのような振る舞いはしていない。写真は台湾側で行われた国際記者会見の様子。 出典:VOA報道資料(パブリックドメイン)

■ 台湾にも武力行使は遠慮してきた

第三は武力行使の自制である。他国に対して中国はその点でも自制している。これも海警による強制力行使が抑制されると判断する理由である。

これは台湾の例がわかりやすい。中国は台湾と内戦中である。それにもかかわらずこの60年間は台湾支配地域には危害を伴う攻撃をしていない。

本格的な攻撃を仕掛けたのは金門砲戦までだ。しかも1958年かぎりである。砲撃は79年まで続くがそれは死傷者を出さないように工夫した八百長砲撃だった。

95年の台湾総統選挙での弾道弾発射も同じだ。「一つの中国」からの逸脱への反応であり人的危害を与えないように無人海面に向けた発射だった。

むしろ国共内戦では台湾が攻撃的であった。台湾は79年まで大陸反抗を号し中国本土で破壊工作を続けている。それに対し中国は自衛戦闘だけを行っている。

中国による海上での積極的な武力行使も3件だけだ。しかも進攻への対処や交戦中の敵との間でしか起きていない。65年の八六海戦と74年の西沙衝突は台湾と南ベトナムによる進攻への対処、八八年の南沙での衝突はベトナムと戦争中の出来事である。

▲写真 MIG-23 ちなみに台湾は70年代の米中接近以降も大陸への攻撃を続けようとした。米国が攻撃的武器の売却を渋るようになったためソ連から武器を輸入しようともしていた。写真はMIG-23。当時の台湾がロシアの売却を求めた戦闘機である。 出典:米国防省

■ 海警により死文化される

中国は国際法を無視しない。その理由は以上の通りである。

では、なぜそのような無用な法律が作られたのか?

まずは国内事情の影響である。中国国内政治や世論では陸上国境と領海概念の差はあまり理解されていない様子である。また大国化により対外強硬策や愛国主義は受けがよくなっている。だから無二打払令のような毅然対処の条項がつけられたのだろう。

もちろん海警や海軍はその無理を承知している。国際法を取り扱う部署でもある。

ただ、大勢は変えられない。国内影響力は小さい。

そのため実務者としてその誤りを修正する。中央の実務家も含めて実行上で海警法の該当部分を死文化させる。かつての日本の尊属殺人と同様に使われない条項にするのである。

トップ写真:中国海警/海警局は沿岸警備隊に相当する組織である。日本の海上保安庁と同様に海上権益や法執行を担当している。所属する船舶は政府公船であり船体にはそれを示すハル・ストライプが塗装されている。 出典:『海上保安レポート2014』(海上保安庁)




この記事を書いた人
文谷数重軍事専門誌ライター

1973年埼玉県生まれ 1997年3月早大卒、海自一般幹部候補生として入隊。施設幹部として総監部、施設庁、統幕、C4SC等で周辺対策、NBC防護等に従事。2012年3月早大大学院修了(修士)、同4月退職。 現役当時から同人活動として海事系の評論を行う隅田金属を主催。退職後、軍事専門誌でライターとして活動。特に記事は新中国で評価され、TV等でも取り上げられているが、筆者に直接発注がないのが残念。

文谷数重

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