米閣僚たちの青い拉致バッジ
古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・日米2+2、バイデン政権重要閣僚2名が拉致バッジ胸に出席。
・拉致被害者「家族会」及び「救う会」の敏速な努力の結果。
・拉致問題への米の助力意思が日本へ言明されたのは好ましい。
3月16日に東京で開かれた日本とアメリカの外務防衛閣僚会議(通称2プラス2)にのぞんだバイデン政権の重要閣僚2人の胸に青いバッジがつけられていたことは日本側ではあまり広くは報じられなかった。もっともテレビ放送などで彼らの上着の胸に青いバッジがきちんと留められていたのに気づいた人もいただろう。
バイデン政権のアントニー・ブリンケン国務長官とロイド・オースティン国防長官は日本側の外務、防衛両大臣との協議でも、その後の記者会見などでも、一貫して上着に青い拉致バッジを着けていた。
このバッジ着用は日本にとって重要な意味があった。北朝鮮工作員によって不当に拉致された日本国民の解放と帰国を求める国民運動の象徴がこの拉致問題解決を祈る青い拉致バッジなのだ。そのバッジをアメリカ新政権の閣僚たちが胸に留めて、日本での公式の場に登場したことは、バイデン政権の拉致問題解決に関する日本への支援の意欲を示したといえる。
この点は日本側としては素直に喜び、感謝すべきである。そしてバイデン政権高官たちのこのシンポリックな行為を単に象徴だけに終わらせず、実際の行動へとつなげていくことを強く要請し続けるべきなのだ。
▲写真 菅総理、茂木外相、岸防衛相とロイド・オースティン米国防長官とアントニー・ブリンケン米国務長官 出典:米国務省
だがアメリカ政府高官の拉致バッジ着用という、ささやかながら、大きな意味もありうる出来事にはちょっとした背景があった。日本側の拉致被害者の「家族会」、そしてその被害者たちを支援する「救う会」のメンバーたちが敏速かつ懸命にアメリカ側への訴えを伝えた結果だったのだ。
ブリンケン、オースティン両長官とも来日前は日本人拉致事件について語ったことはなかった。就任後まもなく、彼らの脳裏にはこの事件はまだまったく刻まれていなかったといえよう。それが来日してすぐに日本側の拉致被害者救出の努力と連帯することの証のバッジを着け、しかもこの拉致問題について語ったのだから、日本側にとっては好事態だった。
アメリカ側の両長官が拉致バッジを着用したのはその直前の日本側の拉致問題に関する「家族会」(飯塚繁雄代表)と「救う会」(西岡力会長)の敏速な努力の結果だった。
閣僚会議の前日の3月15日、家族会の横田早紀江さん、横田拓也さん、そして救う会の西岡力会長が東京のアメリカ大使館を訪れ、ジョセフ・M・ヤング駐日臨時代理大使に面会して、ブリンケン長官らへの手紙を渡したのだ。その際に青い拉致バッジを10個、進呈していた。もちろんアメリカ側の代表にも連帯の意図の表明として着用してもらいたいという要望に基づいてだった。
日本人拉致問題に対してアメリカのトランプ前政権は大統領自身を含めて高官たちがきわめて前向きで協力的な言動をとってくれた。その積極的な協力がバイデン政権に引き継がれるかどうかが当面の最大の関心の的となった。なにしろバイデン政権にとっては日本人拉致解決という案件は白紙からの対応対象なのだ。
この3月15日の大使館訪問で家族会事務局長の横田拓也さんは、ヤング大使に「引き続きバイデン政権においても人権問題である拉致問題を重要視してほしい。北朝鮮が拉致問題を解決するまで強力な制裁を緩める事が無いようにお願いしたい」と述べた。そして家族会、救う会からのブリンケン、オースティン両長官あての書簡を手渡したのだった。
この書簡は北朝鮮政府工作員による日本人男女の拉致の歴史と現状、そしてその悲劇を説明し、超大国のアメリカの協力が貴重であることを強調していた。バイデン新政権もトランプ前政権と同様に積極果敢な協力をしてほしいという願いを切々と訴えていた。
書簡の最後は以下のように記されていた。
「人権・自由・法の支配を重んじるアメリカのバイデン政権におかれましても以上のような、拉致問題を巡る私どもの考えをぜひご理解頂き、対北交渉においては我が国政府と緊密な連携を維持し、全拉致被害者の即時一括帰国実現のためにご尽力下されば幸いです。特に全拉致被害者の即時一括帰国が実現するまで安易に制裁を緩めることがないように強くお願いする次第です」
上記の書簡を受け取ったヤング大使は、「必ずブリンケン国務長官に手渡す」と述べていた。その際に横田拓也さんたちが青い拉致バッジをも手渡し、できればブリンケン長官らにも着用してほしいと要望したのだった。
▲写真 メディアのインタビューに答えるアントニー・ブリンケン国務長官 出典:米国務省
ブリンケン長官は閣僚協議後の記者会見でもこの書簡に言及して次のように述べたのである。
「私はこの書簡に強い感動を覚えました。アメリカ側の外交政策の再点検でも日本人拉致事件は必ず重要な項目として存続するでしょう。私自身、この書簡を読み、日本側の方々との強い連帯を感じています」
だからこそ青いバッジをつけて、その連帯をみせた、ということだろう。こんなところで日本側の民間外交が予想以上の成果を生んだともいえよう。もちろんこれから先、バイデン政権が日本人拉致事件の解決にどれほどの助力をしてくれるのかは、わからない。だが少なくともその助力の意思を政権の代表が日本側に向けて言明するという展開は好ましいことだろう。
2人のアメリカ政府閣僚の胸にさりげなく飾られた青い拉致バッジにはそんな意味がひそんでいたともいえるのである。
***この記事は日本戦略研究フォーラムの古森義久氏の連載コラム「内外抗論」からの転載です。
トップ写真:日米安全保障協議委員会(日米「2+2」に出席するロイド・オースティン国防長官(左)とアントニー・ブリンケン国務長官(右) 出典:米国務省
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。