NYで頻発アジア系への暴行
柏原雅弘(ニューヨーク在住フリービデオグラファー)
【まとめ】
・アジア系アメリカ人連盟、アジア人への暴行を止めさせようと集会を開いた。
・白昼、アジア系住民に対する暴行が頻発している。
・「模範的な移民」という印象からターゲットにされている側面も。
長年、ニューヨークで主に日本のテレビメディアの為の撮影をしているが、こんなにも当事者感をもって臨んだ取材もめずらしい。
先週末の取材は決して他人事ではない、個人の感情が混ざってしまう取材だった。
2月27日、AAF(Asian American Federation、アジア系アメリカ人連盟)という団体が、増え続けるアジア人への暴行を止めさせようと、マンハッタンの官庁街の広場で集会を開いた。目の前が連邦裁判所、横にはニューヨーク市警本部、裁判所の裏はチャイナタウン、という場所だ。
元々、この集会には個人的に撮影に行こうと思っていたのだが、直前になって在京テレビ局からの仕事として行くこととなったため、現場で取材したことの詳細はここでは書けないが、取材を終えてみると、仕事を超えた、自分の気持が大きくゆさぶられる結果の撮影となってしまった。
全米各地で、昨年来、アジア系の人間を狙った犯罪(ヘイトクライム)が多発している。ニューヨークでは特にその傾向が顕著で、殴られる、暴行されると言ったケースが続発している。
昨年秋には、ニューヨーク在住の日本人ミュージシャンが地下鉄で若者の集団に暴行され骨折などの重傷を負う事件も発生。報道によれば、改札口を集団が塞ぎ、通り過ぎようとしたところ押され「ぶつかった」と因縁をつけられたあげく、殴る蹴るの暴行を受けた、という。集団のうちの少なくとも一人は「チャイニーズ」という言葉を発しながら暴行に及んだと言われている。
現地の日本人が巻き込まれた、というおそろしい事件ではあったが、正直、その時はまだ「他人事」であった。
事件が起きた場所は自分の住む地域と環境も違うし、そこはそのような事件が起きやすい地域だったから起きた事件、と思った。
ただ、事件が起きたのがまだ明るい、9月の午後7時だったことが気になった。
かつてはニューヨークで事件に巻き込まれるのは「行ってはいけない場所に行ってはいけない時間に行く」からだ、とよく言われた。だが、この事件は少なくともそういう時間帯に起きてはいない。
以前は事件に巻き込まれる時間帯は、ほとんどが深夜だった。
コロナ禍になって、この事件以前も以降もアジア人が攻撃される事件がいくつか起きていたが、今年2月に入ってアジア人を対象にした暴力事件が急増、事件の詳細を知るほど、今では、自分は無関係、と思えなくなって来ている。
2月3日、朝の通勤時間帯の地下鉄車内で騒いでいた男を注意したフィリピン系の男性が、言い争いの末、顔面をカッターナイフで切られる事件が発生した。男性は100針を縫う傷を負った。
2月16日朝7時前、58歳のアジア系女性が電車を待っていたホームでいきなり後頭部を殴り飛ばされ、ホームに倒れ込んだ。
同日午前11時、地下鉄の座席に座っていたアジア系の71歳の女性が左の顔面を殴られた。女性は出血しながらも犯人を追いかけようとしたという。彼女の両側にはアジア系ではない女性が座っており、明らかに自分が標的にされた、と言っている。
また、同日夕方、観光地として有名なSOHO地区の路上で、30才代のやはりアジア系の女性が、横に止まった車の中から無言でいきなりペッパースプレー(護身用の唐辛子スプレー)を顔面に吹きつけられた。
2月17日にはニューヨークの別地区のチャイナタウンで、52歳のアジア人女性が口論の末、「羽衣のように(被害者の娘談)」投げ飛ばされ頭に裂傷を負った。
以上の事件はすべて「夜」とは言えない時間に起きている。何か今までとは違った変化が起きて来ていることは確実だ。アジア人の事件の被害者が急増してきた。
▲写真 “the End The Violence Towards Asians rally(アジア人に対する暴力を止めよう)” in Washington Square Park on February 20, 2021 in New York City. 出典:Dia Dipasupil/Getty Images
最近、これらアジア人が対象とされた事件は比較的大きく報道されているが、以前は報道さえされなかったことも多い。それだけ、アジア人へのヘイトクライムと思われる事件は、重大な社会問題化している証だと思う。
しかし、これらは報道されている事件は「氷山の一角」であることは間違いない。実際警察も、起きた事件の多くは、実際には届けられていない、と認識している。
アジア人はアメリカでは、特にニューヨークでは「模範的移民」と言われる。
これは決して褒め言葉ではない。
アメリカで安定した普通の暮らしがしたい。「普通」を求めるがために、目立たず比較的「お行儀よく」行動するアジア人は、その他の人種の人々と少々傾向が違っていると思われている。
波風立たせず、周りに迷惑をかけずで、事件や被害にあっても、大きく声をあげない。被害にあっても、事件が周囲や自分の立場に影響することを極度におそれ、警察にも届け出ることはまれ。
実はこれらの指摘は当たっている。
これに加え、言葉の問題もあり、届け出には多くの労力と、周りの理解が必要で、被害にあっても泣き寝入りして自分の中のこととして問題をしまいこむアジア人は「迷惑をかけない」、「お行儀がいい模範的な移民」というわけだ。ステレオタイプではあるが、こういう印象を持たれているのが犯罪のターゲットとされてしまう一因であると思う。
先日の集会は、少数の人種ならば、おたがい手を合わせて、もっと問題を訴えていこう、というものだ。
声をあげなければ何も変わらない。
集会は、様々な22の民族、人種の団体が主催に加わった。この中には日系の団体、黒人の団体、韓国系、アラブ系、インド系などの団体も含まれる。
集会の参加者は当初限定的と見られたが、アジア人へのヘイトクライムの急増を受け、注目度が上昇、もともとは予定になかったデブラシオ市長、州司法長官、上院議員なども登壇し、参加者は数百人規模となり、国内外に大きく報道された。
ヘイト事件の急増にはコロナ禍が人々の心や生活に与えた影響が背景にあるのは間違いない。
無言で殴りかかってくる者、護身のためなのか、ナイフを持ち歩いているもの。
持ち運びにすら苦労する大型の包丁などを、なぜ身につけているのか、
どう考えても理解に苦しむが、それぞれのヘイト事件を見れば、明らかに、攻撃をすることを前提に、声をあげないアジア人をストレスのはけ口にしているとしか思えないケースばかりだ。アジア人ならやってしまって構わない。事件が届けられなければ捕まらないし、異人種だから心も痛まない、ということだろうか。
ちなみにヘイトクライム以外の暴行事件も急増していて、ヘイトに見えるが、ヘイトクライムに認定されていない事件が多数ある。アメリカではヘイトクライムは重罪で、当局が訴追に慎重になっていることを関わりが消極的、とする批判もある。
集会もなかばに、地下鉄で切られ、顔面に100針の傷を負った男性が登壇した。
男性が感染防止のマスクを取るとしばし、会場は静まり返った。
彼の顔には、顔面を横切る、大きな一文字の傷が刻まれていた。
それを見ている参加者の殆どはアジア系で、自分もそのうちの「一人のアジア人」であった。しかし、周りをよく見渡せば、集会参加者の多くはアジア人ではあったが、アジア系でない、他の人種、民族の人々の参加も決して少なくなかった。
自分も声を上げることができるだろうか。
遠い目で演壇を見ながら、明日は我が身かもしれない、という言葉が頭に浮かんだ。
トップ写真:「憎むべきはウイルス」「アジア人を憎むのは止めて」とプラカードを掲げる女性(2020年2月20日 NYにて) 出典:Dia Dipasupil/Getty Images
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この記事を書いた人
柏原雅弘ニューヨーク在住フリービデオグラファー
1962年東京生まれ。業務映画制作会社撮影部勤務の後、1989年渡米。日系プロダクション勤務後、1997年に独立。以降フリー。在京各局のバラエティー番組の撮影からスポーツの中継、ニュース、ドキュメンタリーの撮影をこなす。小学生の男児と2歳の女児がいる。