総裁選:「原発ゼロ」の意味するもの
安倍宏行(Japan In-depth編集長・ジャーナリスト)
【まとめ】
・総裁選まっただ中、争点の1つが「エネルギー問題」。
・震災後、電気料金は2割以上上昇、理由は再エネの買取制度。
・再エネ拡大は更なる電気料金アップを招く。日本の産業競争力が落ちる可能性も。
自民党総裁選まっただ中、Japan In-depthは8月早々に高市早苗前総務相、9月13日に岸田文雄前政調会長のインタビューを行った。河野太郎行政改革担当相の出馬表明が9月10日にずれこんだこともあり、単独インタビューの時間は取れなかった。野田聖子幹事長代行も16日夕方、推薦人20人の確保に見通しが付いたとして出馬を決めた。これで候補者は4人、混戦模様だ。大手マスコミや週刊誌による票読みがかまびすしい。なにしろ、自民党総裁=次の総理なのだから、関心を集めるのは当たり前かもしれない。
さて、菅首相が立候補を断念し、総裁選に複数候補が名乗りを上げたことで、「これぞ自民党の自浄作用だ」とか、「底力を見た」とか、評価する声が聞こえてくるが、それはそれとして、我々は誰が首相になったら日本は良い方向に向かうのかを考えなくてはならない。
争点は無数にある。もちろん国民最大の関心事はコロナ対策だろう。ただこの2年間、やるべきことは大体見えてきている。誰が首相になってもおそらく方向性が大きく変わることはない。
しかし、誰が首相になるかで日本の運命が大きく変わるものがある。それは「エネルギー政策」だ。
「エネルギー」は空気のような存在だ。無ければ困るが、当たり前のようにあるから誰もその大切さに気づかない。しかし、その電気料金は家計にとって極めて重要だ。
ところで、電気料金が東日本大震災以来、約20%~25%も上がっていることをみなさんはご存じだろうか?(下図)家庭向けで震災前の2010年に比べ約22%上昇、産業向けに至っては約25%も上昇している。いきなり上がったわけではないから気づいてない人が大半だろうが、家庭にとっても企業にとってもかなりの負担増だ。
▲図 電気料金平均単価の推移 出典:経済産業省資源エネルギー庁
電気料金を押し上げている要因の1つは、再生可能エネルギーの容量を増やしていることだ。
そういうと驚く人が結構いるが、実は再エネで発電した電気は、「固定価格買取制度」という制度の下、電力会社が一定価格で一定期間買い取ることになっているのだ。なんでそんな制度が出来たかというと、東日本大震災の後、国の政策で再エネを増やすことにしたからだ。黙っていても再エネは増えない。だから、こうした制度を作って、人為的に再エネの普及を図っているわけだ。
さてここで疑問は誰が再エネを買い取るお金を負担しているのかということだ。なにをかくそう、他でもないわたしたち電気を使う需要家が負担しているのだ。電力会社が再エネで発電された電気を買い取る費用の一部は、私たちの電気料金に「賦課金」という形で自動的に乗っかっている。毎月電力会社から来る電気使用量のお知らせを見てみるといい。小さく、「再エネ発電賦課金」などと書かれており、月の電気料金の1割以上を占めているはずだ。
▲図 再生可能エネルギー発電促進賦課金(再エネ賦課金)の算定方法 出典:経済産業省資源エネルギー庁
その総額は、2020年度で約2.4兆円に上っている。これは消費税約1%分に相当する。今後再エネを増やしていけば、当然賦課金も増えていく。月の負担が3000円を超したらみな悲鳴を上げるのではないだろうか?再エネは賛成、でも電気料金が上がるのはいや、というわけにはいかないのだ。
※ 平均モデル:東京電力EPや関西電力がHPで公表している月間使用電力量260kWhのモデル
▲図 固定価格買取制度導入後の賦課金の推移 出典:経済産業省資源エネルギー庁
たしかに長期的に再エネ拡大は必要だが、2030年には後9年しかない。菅首相が、この4月に行われたバイデン気候サミットでうっかりCO₂46%削減を公約してしまったばかりに大変な事になった。
▲写真 気候サミットに参加する菅首相(2021年4月22日) 出典:首相官邸
とにかくやみくもに再エネを増やさねばいけなくなったのだ。しかし、再エネは安定的な電源にはならない。太陽光は曇りや雨の日は発電量が落ち、夜は発電しない。強い風が吹く場所が少ない日本では風力発電の立地が難しい。期待の洋上風力もまさにこれから開発する段階だ。
CO₂を多く排出する火力発電も減らし、原子力発電を全く使わないで、2030年CO₂46%削減は絵に描いた餅だ。安全性を確保した原発から再稼働し、必要なものはリプレースし、新増設して、安定的な電源を確保するのが最も合理的だろう。原子力発電はCO₂を排出しないし、24時間発電可能だ。
震災後、日本の原発は世界で最も厳しいといわれる新規制基準を達成すべくさまざまな対策を施してきている。同基準は、設計基準の強化と、その設計の想定を超える事象にも対応するシビアアクシデント対策の2本柱で構成されている。
▲図 原子力発電所の新規制基準 出典:日本原子力文化財団
こうした追加安全対策費は、2011年から19年までに5兆円超かかっていると朝日新聞などが報じている。しかし、現時点で稼働している原発は全国で10基しかない。
動かさない原発の安全対策に莫大なお金をかけ、その代わりに火力発電所をフル稼働させてCO₂を排出しているのが今の日本なのだ。新規制基準に適合したものから再稼働するのがどう考えても合理的だろう。輸入する燃料費も莫大だ。これ以上電気料金が上がったら、日本の産業競争力は落ち、経済成長など望むべくもない。
▲図 原子力発電所の現状 出典:経済産業省資源エネルギー庁
こうした現実を直視し、危機感を抱いている政治家は多い。自民党の有志議員による「脱炭素社会実現と国力維持・向上のための最新型原子力リプレース推進議員連盟」はもともと、国の中長期的なエネルギーの指針である「エネルギー基本計画」に原発のリプレース(建て替え)や新増設などを盛り込むよう求めていた。
しかし、7月に経済産業省が出した同計画の「素案」には「リプレース」が盛り込まれなかったどころか、「可能な限り原発依存度を低減する」との文言が記載された。同議連は15日院内で会合を開き、素案の修正を求めていくことと、総裁選候補者に見解を求めることを決めた。「リプレース議連」には約60名の議員が名を連ねている。各候補がどのような回答を寄せるか注目だ。
▲写真 新潟県柏崎で発生したマグニチュード6.8の地震後の東京電力(TEPCO)柏崎刈羽原子力発電所の概観 2007年7月17日 出典:Photo by Koichi Kamoshida/Getty Images
「原発ゼロ」は野党の十八番だと思っていたが、与党内でも河野太郎候補や、いち早く河野支持を打ち出した小泉進次郎環境相は「原発ゼロ」をかねて主張している。
その河野氏は総裁選に名乗りを上げて以来、「原発ゼロ」を前面に打ち出していない。耐用年数が来た原発から廃炉にしていくのでいずれゼロになる、という言い方を繰り返しており、軌道修正を行ったかに見える。
しかし、もし新総裁に選出され総理大臣になったときに、本当に日本のエネルギー政策を正しく導いてくれるかどうか、我々は見極めなければならない。
環境至上主義に陥って、エネルギー安全保障が揺らぐようなことがあってはならない。弱きものにやさしい政治、分配、そんなことばが飛び交う総裁選だが、実は一番重要なのはエネルギー政策だ。「原発ゼロ」や「カーボンニュートラル」や「脱炭素」などの美辞麗句に惑わされず、その本当の意味を知ることが今我々に求められている。
トップ写真:アイリッシュ海ブルボバンク・オフショア風力発電所(2020年11月19日 イギリス・ウォラシー) 出典:Photo by Nathan Stirk/Getty Images
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この記事を書いた人
安倍宏行ジャーナリスト/元・フジテレビ報道局 解説委員
1955年東京生まれ。ジャーナリスト。慶応義塾大学経済学部、国際大学大学院卒。
1979年日産自動車入社。海外輸出・事業計画等。
1992年フジテレビ入社。総理官邸等政治経済キャップ、NY支局長、経済部長、ニュースジャパンキャスター、解説委員、BSフジプライムニュース解説キャスター。
2013年ウェブメディア“Japan in-depth”創刊。危機管理コンサルタント、ブランディングコンサルタント。