中国の不自然な主要経済指標
澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)
【まとめ】
・中国の国内総生産(GDP)には、不可解な点が多い。
・中国の経済指標では、政府支出がマイナスに転じるという異常な点が見受けられる。
・2021年上半期の中国の経済状況から、政府支出の増加が予想される。
周知の如く、中国の経済指標はあまりあてにならない。特に、国内総生産(GDP)については大きな疑問符が付く。かつて、李克強首相(当時は遼寧省トップ)が「中国の統計は人工的だ」と米外交官に語った話は有名である。本稿では、中国の統計がいかに奇妙であるかを示したい。
ここでは、まず、ごく簡単に経済学の基礎をおさらいしておこう。
GDPは、投資(I)+消費(C)が基本項目である。他に、貿易収入(輸出-輸入)(X-IM)と政府支出(G)が加わる〔GDP=I+C+(X-IM)+G〕
(X-IM)に関しては、輸入が輸出よりも多い場合、数字がマイナスになる事態も起こる(中国は過去30年間で、1993年に1度だけマイナスとなった)。
他方、政府支出だが、この項目がマイナスになる事はあり得ない。必ずプラスとなる。同支出は、「政府最終消費支出」(公務員の給料支払いや事務用品等の購入)と「公的固定資本形成」(公共事業)が主な構成要素となる(本稿での政府支出は、その正確な数字が不明のため、“理論値”とする)。
一般に、GDPが投資+消費+貿易収入+政府支出の総計より大きくなったり、小さくなったりする事はない〔✖GDP>I+C+(X-IM)+G/✖GDP<I+C+(X-IM)+G〕。原則、等しくなる。
写真)北京のショッピングモールで、シャネルの前に待機する買い物客の列
中国・北京市 2021年4月18日
出典)Photo by Kevin Frayer/Getty Images
さて、中国の過去30年間(1991年~2020年)の経済状況を振り返ってみよう。1991年~2001年まで、投資・消費・貿易収入・政府支出の各項目については、あまり違和感を覚えない。
〔出所〕中国国家統計局、各年の「国民経済と社会発展統計公報」(速報値)。政府支出については”理論値”。各年の貿易黒字については、その年の米ドルから人民元への為替レート平均値。なお、1991年~2000年まで、固定資産投資に農家が含まれるのか否か不明。
同期間、固定資産投資と社会消費財小売総額は、毎年、後者が前者を若干、上回る程度で推移した。だが、2002年から固定資産投資と社会消費財小売総額が逆転し、年を追うごとに、前者が後者よりも段々と大きくなっていく。特に、08年の「リーマンショック」直後の09年頃から前者が後者の2倍近くの大きさとなった(ただ、ここ1、2年は、以前ほどの差がなくなりつつある)。
〔出所〕中国国家統計局、各年の「国民経済と社会発展統計公報」(速報値)。政府支出については”理論値”。各年の貿易黒字については、その年の米ドルから人民元への為替レート平均値。なお、2001年~03年まで、固定資産投資に農家が含まれるのか否か不明。
同時に、2002年頃から政府支出が、(05年を除き)徐々に減少して行く。そして、07年には229億元まで落ち込み、翌08年には政府支出がマイナスに転じた。理論的には起きるはずの異常事態が起きたのである。その後、16年(-22兆8178億元)がそのピークとなった。だが、19年には-1412億元、20年には+6兆8002元へと自然な数字へと回帰している。
〔出所〕中国国家統計局、各年の「国民経済と社会発展統計公報」(速報値)。2021年は上半期からの予測値。政府支出については”理論値”。なお、2011年と2012年の貿易黒字については、その年の米ドルから人民元への為替レート平均値。(2021年を除く)他の年は当局の発表通り。
一方、2009年から投資と消費の合計だけでGDPを上回る事態が発生した(GDP<投資+消費。GDP>投資+消費が普通)。それが何と18年まで続いている。一番乖離が大きいのは16年(19兆4655億元)で、その前後の年(15年が18兆6223億元。17年が18兆0378億元)も大きい。
以上のように、GDPをめぐり不自然な数字が並ぶ。
仮説として考えられるのは、政府支出、すなわち「政府最終消費支出」+「公的固定資本形成」で、中国当局は、後者の大部分を固定資産投資の中に入れているのではないだろうか。一般に、中国では、民間企業でも共産党の影響力が強い。したがって、その企業が民間企業なのか、それとも国有企業なのか不明な場合がある。
仮にそうだとすれば、中央政府の累計財政赤字(2008年~19年)は、政府支出のマイナス分だけ足しても128.7650兆元(約2176.1285兆円)にのぼる。実際は、それ以上だろう。
話は変わるが、今年(2021年)7月15日、中国国家統計局が同国の2021年上半期の経済状況を発表したので、中身を見てみたい。
その前提として、(1)同局が正しい数字を公表している、(2)人民元のレートが今年と前年(2020年)が変わらない、と仮定しよう。
第1に、今年上半期の国内総生産(GDP)は53兆2167億元である。単純に2倍すると、全年では106兆4334億元となる。昨年のGDPが101兆5986億元なので、4.76%の成長を達成する。もし、本当にそうなれば、中国経済は好調だと言えよう。
第2に、今年上半期の固定資産投資は、25兆5900億元となっている。これを2倍すると、全年では51兆1800億元となる。昨年は51兆8907億元なので、前年比-1.37%である。昨年の固定資産投資はGDPの51.07%を占めているので、このマイナスはGDPに大いに影響するだろう。
第3に、今年上半期の社会的消費財小売総額は21兆1904億元である。これも2倍すると、全年では42兆3808億元となる。昨年は39兆1981億元なので、8.12%の伸長となる。昨年の社会的消費財小売総額はGDPの38.58%なので、期待が持てる数字だろう。
第4に、今年上半期の輸出入総額は18兆0651億元で、輸出が9兆8493億元、輸入が8兆2157億元となっている。そこで、これらを2倍すると、全年では貿易収支は1兆6336億元の黒字となる。今年下半期も同様の状況が続くとすれば、貿易収支が3兆2672億元の黒字となるだろう。ただし、昨年の貿易収支が3兆7096億元なので、今年は-12.05%程度に終わるかもしれない。
今年全年の予想される固定資産投資・社会的消費財小売総額・貿易黒字すべてを足すと96兆8280億元となる。そうすると、政府支出が9兆6054億元ないと、予想のGDP106兆4334億元に到達しない。したがって、大規模な公共工事などが必要なのではないだろうか。
トップ写真:ショッピングモールで新型コロナウイルスの核酸増幅検査を待つ従業員の列 中国・武漢市 2021年8月11日
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この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長
1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。