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.国際  投稿日:2021/9/6

バイデン大統領は腕時計を見ていた


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

・カブール空港の爆破事件で死亡した米兵の遺体が本国へ帰還。

・弔問儀式の最中、何度も腕時計見たバイデン大統領を遺族ら非難。

・大統領の支持率急落の一因になったと思われる。

 

アメリカのバイデン大統領の支持率が急降下した。人気が就任以来、最低となったことを多数の世論調査が明示した。アフガニスタンからの米軍撤退の方法が失敗だったとする非難が国内の多方面から浴びせられた結果だった。

だがなかでも最も厳しいバイデン大統領非難はアフガニスタンで戦死した米軍将兵の遺体の帰還の式典の最中、彼が時間を気にして腕時計を何度もみていたことに対して浴びせられた。同時に戦死した将兵の遺族たちとの会話でバイデン大統領は自分の長男の病死のことを何度も話して、遺族側からたしなめられた事実も広く報じられた。

アフガニスタンのカブール空港でアメリカ国民やアメリカに協力したアフガン国民を国外に退避させる作戦を展開中の米軍部隊は8月26日、現地のイスラム・テロ組織の自爆攻撃を受けて、海兵隊員など合計13人の男女将兵が戦死した。

その将兵の遺体がアメリカ本国に運ばれ、その帰還の儀式が8月29日、デラウェア州ドーバー空軍基地で催された。軍用機で空輸されてきた13の棺が本国の土に帰還するという厳粛な儀式だった。儀式には戦死者の遺族のほか、米軍首脳、さらにバイデン大統領が加わっていた。

▲写真 アフガニスタンで戦死した13人の兵士の追悼儀式に出席するバイデン大統領夫妻(2021年8月29日)、ネブラスカ州ドーバー空軍基地 出典:Photo by Jason Minto/U.S. Air Force via Getty Images

空軍基地の滑走路でのこの儀式は着陸した軍用機から星条旗に包まれた13人の戦死軍人の遺体の棺がつぎつぎに降ろされ、本国の土への帰還を記念する名誉の追悼だった。

軍人たちはみな敬礼を続け、右手を胸に当てて、弔意と敬意を表するという厳粛な行事だった。

ところが全体でも1時間ほどのこの儀式の最中に棺の列の前に起立したバイデン大統領が何度も左手を曲げて腕時計を眺める光景がテレビでも映されたのだ。明らかに次の予定の時間などを気にしたような動作だった。

だがアメリカ合衆国の公的な対外活動で命を失った男女軍人の霊を慰める最高司令官の大統領がその式典の最中に他の案件のために時間を気にするという行動は、アメリカ国内では激しい批判を浴びた。名誉ある戦死軍人の霊に十分な尊敬の意を表していない、という声だった。

とくにその儀式の場にいた戦死者の家族からの非難が激しかった。

戦死した海兵隊のテイラー・フーバー軍曹の父ダリン氏は「参列者はみな厳粛に起立を続けるか敬礼をして、戦死者の遺体の帰還を見守るなかで、バイデン大統領だけが私が目撃しただけでも5回も左腕をあげて、腕時計をチラリとみていた。これはどう考えても非礼だ」と、アメリカの複数のメディアに語った。

アメリカの多くのメディアもこの大統領の腕時計チラチラ見という出来事を大きなニュースではないにせよ、批判的なトーンで詳しく報道した。

同様に戦死した海兵隊のカリーム・ニコウリ上等兵母シェーナさんは、もっと激しくバイデン大統領を非難した。彼女のフェイスブックでの発信は「私の息子の遺体が他の12人とともに祖国に着陸したという厳粛な瞬間にバイデン大統領は5回以上も腕時計をみて、時間を気にしていた。祖国のために命を犠牲にしたアメリカ人の若者の霊に最大限の弔意を表すべきアメリカ大統領が他にもっと重要な用事があるかのように時間を気にするとは、死者への冒涜だ」と、激しい言葉での糾弾だった。

▲写真 カリーム・ニコウリ上等兵と母シェーナさん 出典:facebook @Shana Chappell

そのうえにシェーナさんは他のアメリカのメディアに対して、この儀式でのバイデン大統領と遺族たちとの顔合わせの挨拶の際、同大統領が自分の息子の死についてばかり語るので、その話をさえぎって、「今日は私たちの子供の死を悼む儀式のはずでしょう」とたしなめたことを明らかにした。

バイデン氏は長男のボウ氏を2015年に失っていた。ボウ氏はイラク戦争に軍人として参加したが、帰国後の46歳のときに悪性の脳腫瘍で病死した。悲劇だったことはまちがいない。しかし今回のアフガニスタンで戦死した若い軍人たちの親にすれば、また別個の案件だということになる。

この点についてシェーナさんは次のような報告を語っていた。

「バイデン大統領は私たち遺族との会話でももちろん弔意を述べたが、途中から『私も息子を亡くしたからみなさんの心情はよくわかる』と述べて、自分の息子の死やその際の自分の気持ちを語り始めた。何人もの遺族との会話で必ず自分の息子の死を語っていて、私との話でも、私の語ることをさえぎる形で自分の息子の話になった」

「だから私はバイデン氏に『この儀式はあなたの息子の悲劇のためではなく、私たちの息子や娘の死を悼む厳粛な場です。あなたは私たちの心情がよくわかるというが、本当にわかっているとは思えない』と直接に告げた。するとバイデン氏はぎょっとした表情で私をみつめて、そのまま横を向いてしまった」

カブールで戦死したアメリカ将兵の親たちはバイデン大統領に対して、こんな辛辣な批判を述べたのだ。この批判は多数のアメリカ一般メディアでも伝えられ、明らかにバイデン大統領の支持率急落の原因の一つになったといえる。

トップ写真:アフガニスタンカブールのハミドカルザイ国際空港近くでの自爆テロで死亡した13人の米軍兵士について 記者会見で言葉を詰まらせるバイデン大統領(2021年8月26日) 出典:Photo by Drew Angerer/Getty Images




この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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