総裁選「追加経済対策や党公約のたたき台作るのが私の責務」自民党下村博文政調会長
安倍宏行(Japan In-depth編集長・ジャーナリスト)
Japan In-depth編集部(油井彩姫)
「編集長が聞く!」
【まとめ】
・下村博文政調会長、最終的に総裁選出馬を断念。
・追加経済対策や、衆院選に向けた党の公約などの「たたき台」を作成することが私の責務。
・GDW(国内総充実度・幸福度)を引き上げることが重要だ。
菅総理が突然不出馬を表明し自民党総裁選も混とんとしてきた。自民党の下村博文政調会長は、菅首相から、総裁選に立候補するなら、政調会長の役は辞するように言われ、立候補を取りやめた経緯がある。その直後、菅首相は総裁選出馬を断念、辞任を表明した。下村氏は総裁選出馬を断念したが、決断に至るまでの経緯を聞いた。(インタビューは9月7日に実施)
安倍: まずは菅首相の1年をどう評価しているか?
下村氏: やはりコロナ対応だ。どの国においてもそうだが、まさに未知への対応であるから、誰がやっても大変。コロナそのものが、デルタ株など、どんどん変異してきて、今のようにデルタ株で感染状況がさらに大きくなることは予想できなかった。まだこれも収束しているわけではない中で、国民からすると後手後手と言われても、予測がつかない中での対応だった。
また今は医療ひっ迫が深刻だ。これをある程度予想し、1月の段階でその時のピークの時の2倍の医療体制、ベッド数も含め、確保するように厚労省から都道府県に対して要請をして、実際東京都などは去年の暮れまでは3000床を用意していたのを、6000床ちょっとまで用意した。倍にするから大丈夫だろうという国の予想だったが、倍どころか10倍近く感染者が増えてきて、結果的に医療ひっ迫になっている。これは、菅総理でなくても、誰も読めないことだった。
あとは、国のトップリーダーとしての、国民に対する説明、国民に対する安心を自らの言葉でリーダーシップをとって語るのが足りなかった。内閣支持率が上がらない中で今回このまま衆議院選挙に突入すれば、自民党は相当議席を減らしてしまうのではないか、という危機感の中で、(総裁選は)フルスペックで戦うとまずは決めた。その中で、菅総理が総裁選挙直前に降りるとは全く予想していなかった。
安倍: 下村氏は早めに手を挙げたが、菅首相から立場上控えたほうがいいと言われた。一旦総裁選は辞退するという話だったが、今後はどうするのか?
下村氏: 8月30日先週月曜日、菅総理から呼び出され、追加経済対策について党にお願いしたいが、政調会長の下村氏が総裁選に出るのならばそれをお願いするわけにいかない、ということで、総裁選に出るのなら政調会長は続けられないだろうという判断をされた。
私は、過去の事例を見ても、政調会長、あるいは他のポジションにいながら総裁選を戦った例もあったし、二階幹事長に相談して、任命されたのだから、政調会長としての仕事は全うする必要がある。総裁選に入った時に、辞めろと言われれば辞めるが、それはきちっと対応していきたい。河野氏はワクチン大臣を辞めないで恐らく総裁選に出る。それと同じように総裁選は出るが、政調会長としての仕事は最後まで全うしようとは思っていた。
ただ、8月30日に菅氏にどちらか選択しろと言われたときに、途中で政調会長をやめるというのは無責任の誹りを免れないと思った。なぜなら、翌日総理官邸にコロナ対策の緊急提言を持っていく予定だった。党内議論の中で、党から見ても国民の不安をいかに早く拭うのかと考えたときに、先ほど述べた医療ひっ迫の問題も含めていくつか課題があって、それに対してもっとスピード感を持ってやる必要があると(思った)。次の日に総理に直接渡そうということを含めて、党のコロナ対策本部長でもあるし、国民目線でやっていかなくてはいけないにもかかわらず、じゃあやめるというのは私利私欲、無責任と思った。政調会長の仕事はきちっとやらないと。今は政調会長として、自分の立場を全うすべきだと判断した。
ただ、その週の9月3日金曜日になって、肝心かなめの菅総理が総裁選に出馬しないと判断された。状況の変化が生じたが、今後、新総裁が誕生し、その直後に衆議院選挙が控える中で、最終的には、新しい総裁の下の新体制が判断されるにしても、今後の追加経済対策や、衆院選に向けた党の公約などについて、これまでの政調会の積み上げの中で「たたき台」を予め作成し、新総裁や新執行部にお渡しすることが私の責務と考えていることを同志の皆さんに了解して頂いた。
安倍: 河野氏も、ワクチン大臣という最も重要な、閣僚のど真ん中にいる。党の要職と閣僚の違いはあるにせよ、ダブルスタンダードだと外から見ていて思う。恐らく、8月30日と9月3日までの間に色々とあって、菅首相も様々な情勢判断をして、このまま出ては苦しいのではないかと判断。30日と3日では前提条件が全く違ったのではないかと想像する。
下村氏: 30日の時には菅総理は意欲満々で続投するという前提が強く思っていらっしゃったからこそ、自分にそういう言い方をした。
安倍: その時には、自分は総裁選には出ないというようなことはおくびにもださなかったわけですよね。
下村氏: おくびにも出さないどころか意欲満々でした。
安倍: 一時、中等症患者は自宅療養しろという話もあった。政府は一生懸命やった。菅氏はワクチン頑張ったと、評価する声はあるが、ミスコミュニケーションというか、国民はそう思っていない。党の方が色々提言したが、それがうまく政策に反映されなかった。政府と与党の両輪がうまく回っていかないのはなぜか。
下村氏: これは、菅総理の個人の責任ではない。例えば厚労省は、平時対応で常にやろうとしていた。コロナは災害。平時対応では間に合わない。有事対応しなければいけない。去年から分かりやすく言われていた例は、国産ワクチンの開発を急ぐべきだということ。厚労省は、ワクチンにトラウマがある。ワクチンで何度も裁判で負けてきたという経緯があった。日本でワクチン開発していけば、2,3年かかる。危機管理の時にどうするかという意味で、党としてはワクチン開発に関しては緊急対応だ。なおかつ、治験というのがある。第三層治験というのは、何万人を対象に、ワクチンの接種と偽薬を摂取して、どれだけ効果があるというのをはかる。しかしこれだけ接種が進んで、ワクチン接種しておらず協力してくれる人を何万人も探すのは何年もかかってしまい実際は無理。海外の人と協力して共同治験していくべきだ。
あとは、緊急治験対応だ。ワクチン副反応の検証を飛ばすということではないが、平時と同じペースでは間に合わない。いまだに十分な対応ができているとは思えない。日本そのものに問題がある。全ての法律が平時対応だ。有事対応としての法律としては、伊勢湾台風をきっかけとして災害対策基本法ができたが、東日本大震災のように、想定を超えた場合については対応できない。同様に感染症についても、想像を超えている部分がある。のんびり改正していては間に合わない。国民から見ると後手後手に見えた。
根本的に言えば、1990年以降、この30年だけでも104か国が新しく憲法を作っていて、その中の全ての国に緊急事態条項が入っている。つまり平時の対応と緊急時の対応は違うと。例えば、平時であれば緊急車両も信号を守るが緊急時は赤信号は無視していい、などの対応ができる。有事対応としての法律が十分整備されていない。それが今回のコロナで後手後手となった。ただ、今このコロナ禍で憲法議論をしろと言うわけではないので、まずは目先のしっかりとした国民目線で見たとき、より安心安全でどう対処するかということだ。根本的には、憲法に緊急事態条項が入っていないのをこのままでいいのかという議論をしながら、しっかり改正していくというのが法治国家として必要なことだ。
安倍: すでにミュー株等、どんどん新変異株が出てきている。2022年も同じ状況が続くし、もしかしたら悪化するかもしれない。法改正するのか、もしくは新しい法律を作るのか、国会として対応しなければいけない。当然野党の協力も必要。今回の総裁選、傍から見ていると、自民党の派閥争いにしか見えないのは残念。建設的な総裁選にするには何が必要なのか。
下村氏: 総裁選に出ようと思った理由もその中の一つだ。総裁選というのは3年に一度の党員参加型のフルスペックで、開かれた自由闊達な議論をしながら、党内改革や日本のビジョンを作っていくものだ。例えば今後、デルタ株やさらに感染力が強い変異株が出てくるかもしれない。だが法律では間に合わない部分がある。これをどうするのか。現在は新型インフルエンザ特措法という法律でコロナの対策をしている。それから感染症法も充分ではない。今年の1月の国会で特措法や感染症法に罰則規定を設けて、刑事罰ではなく行政罰となったが、例えば飲食店が時短要請を守らない、酒類の販売を禁止しているのに出す等へのペナルティを課す法改正を行った。
海外におけるロックダウン(都市封鎖)は日本にはなじまないが、しかし本当に感染が拡大して大変になった時に、自粛要請だけで対応できるのか。諸外国のように外出禁止命令のようなことをしていかないと、本当に感染拡大を防げないほど感染が増えたとき、今のままでいいのかということが問われる。だから、インフルエンザ特措法の中で、個人に対する外出禁止命令のような、それを広い意味でロックダウンと言うが、それを法律として入れる場合には仕事ができなくなるから、補償をどうするか、経済的な支援をするか、ということも含めて、よりメリハリの利いた、強い強制力のある法律に改正する必要がある。
それから時短要請、酒類の販売も、96~98%は守っているが、都心の繁華街などでは守っていない。守らなくても、最終的には30万払えばいいと(思っている)。このままではモラルハザードが起きる。法律があってもなくても関係ない、となる。これは法治国家としてまずい。それに対しては、もちろん補償もするが、ルールはルールで法律は守ってもらうと。守らないところに対してはもっと強制力を持たせなければならない。そういう意味での法律改正議論を、自民党の総裁選挙と通じてやりながら、国民から見て今のコロナに対して自民党はどう対応しているのかということを明らかにするというのは、国民にとっても分かりやすいし、自民党にとっても必要なことだ。
▲写真 ⓒJapan In-depth編集部
安倍: エネルギー基本計画で、いわゆる原発のリプレイス、それから新増設についての文言、党があれほど部会を作って提言までしたのに原案では消えている。これも政府と与党の不一致なのでは。
下村氏: 2050カーボンニュートラル、新たなCO2の削減、これから極力、森林等で吸収できる範囲内にするという、これは、日本のみならず人類にとって絶対必要条件。この地球温暖化、資源の枯渇等、環境破壊をどう防いでいくか。それを考えると、原発をゼロにして、2050カーボンニュートラルを、再生エネルギーや、水力や、火力もCO2を相当削減しているけれども他のエネルギーに比べると高い、そうすると原発の占める割合は必要で、これから世界で最も厳しい安全基準のもとに再稼働できる原子力発電、新たに厳しい許可の中で原発ができるのであれば、それは今後のCO2削減とか、カーボンニュートラルに向けて、原発ゼロでは目標は達成できない。ゼロにするのではなくて、地域住民の賛同の中で再稼働するというのは、きちっと原発の活用も一定程度、これから特別多く増やすということではないが、安定供給というふうに考えていかないと、全体的な整合性が取れない。目先の原発ゼロだけで、本当にカーボンニュートラルや、そもそもエネルギートータル的に日本で賄え得るのかといったことを考えたときに、一定程度の安定的な供給が必要。
安倍: コロナ化の中で安全保障制度は話題にならないが、中国は軍事力を非常に強化している。南下も激しい。アフガニスタンからアメリカが引いたことによって中国が影響力を強めている。尖閣諸島に対する脅威もある。日本の安全保障の在り方。コロナのみならず、議論を進めなければ。日本独自の対応策が必要なのでは。
下村氏: かつて社会党が、非武装中立という空想的理想主義を掲げ、結果的に国民の理解が得られなかった。国際情勢はそんな甘くなくて、もし非武装だったら日本はとっくに攻められる。盾と矛の関係だ。日本を獲りにくればとんでもないしっぺ返しにあう、いうことがあるからこそ(侵略されていない)。他の国も日本に手を出せば痛い目に遭うと(考え、侵略してこない)。それが防衛力だ。つまり防衛力とは総合的なもの。相手が軍備力を強化しなければそれ合わせた軍備で対処できるが、相手が軍事力を、特に中国などそうだが、伸ばしている中で、防衛費GDPの1%というのは、意味のない話で、相手が攻め込めない程の防衛力を持つべきだ。今後も日米安保条約が基軸だが、だからといって全部アメリカがいざとなったら守ってくれるということはあり得ない。自国は自国で守るという姿勢があって初めて安保条約が成り立つ。今の台湾の状況を見ても、中国は核心的利益と言ってるし、尖閣諸島についても、同じように核心的利益といっている。
台湾の問題は、日本の問題でもある。中国が現状変更していくことに対して、それは許さないと、日本と同じ価値観を有する、自由、民主主義、法の支配、基本的人権、そういう国々が連携して、中国の膨張政策を許さない、だけでなく、日本も独自に、許さないという防衛力を、より精度の高い対応をすることによって、諸外国からちょっかいを出されないような、そういう体制を作っていくことが、本当の意味での日本の平和を守るということ。
安倍: 下村氏が力を入れてきた人材育成、教育問題。すべてそこに回帰する。今回、デジタル庁に民間から3分の1くらい入れて発足したが、全ての省庁で民間の力をもっと入れていく、もしくは優秀な官僚が外に出ていく、もっと人が交流できるようにしていったほうがより活性化するし、IOT化、AI、産業の育成は進んでいく。それが遅々として進まない。隔靴掻痒の感があるのではないか。
下村氏: 特に日本は少子高齢化の中で人口が減っていく。GDPは世界で3番目かもしれないが、GDW(国民ウェルビーング、国民総充実度、幸福度)、一人一人の幸福度は世界で56番目。こんなに一生懸命頑張っているのにもかかわらずなぜ56番目なのかと考えたときに、基本的にこの国における教育なり、一人一人が自己肯定感があって居場所があって、その人の持っている能力を充分に社会が活用するようなそのシステムができていない。格差の中で、チャンス・可能性は親の経済的な豊かさで違いがある。
私自身、9歳の時(親が)交通事故で亡くなっていて、奨学金で高校・大学と進学することができたが、今は、ひとり親家庭は56%が貧困家庭だ。3組に1組が離婚。ひとり親家庭の割合が3分の1くらい。死別だけでなく生別も含めて6割が貧困家庭で、本当に大学まで行けるのかというと、相当大変。結果的には親の経済力が子供の教育に影響して、日本において子供にチャンス・可能性が閉ざされるような状況であってはならない。教育についてできるだけ無償化して、どんな家庭の子どもであっても、あるいはいくつになってももう一度学びなおしができるようにしなければならない。
9月の1日からデジタル庁が設置されたが、相当な人材育成をしていかないと日本のデジタル化の中で人手不足で間に合わない。育成していくためには、新たな教育が必要。それをもう一度専門学校や大学等で学びなおしをする。しかし仕事を辞めてまでも学びなおしをするというのは本人にとってもリスクがあるし、それだけでは食べていけないから、働きながらでも学べて、なおかつ生活もできるようにしなければ。今までのような個人の努力のみならず、社会全体で学びなおしができる、チャンス・可能性を経済的にはバックアップしながら、その人の持っている時代の変化に対応できるような能力。その一つがデジタル能力だと思うが、それをどんどん背中を押していく社会を作っていかなくては、日本は衰退し、お金持ちのごく一部の子どもたちにはチャンスはあるが、そのほかの人は夢も希望もない。そういう社会にこのままだとなっていく。それをどうしても変えていく必要がある。
個人の意欲や努力のみでは無理。社会全体で。30代以上の人でも、本当に学びたい人には無償で、なおかつそれができるだけ仕事と両立できる形で提供するということをして、本人の努力であとは頑張ってくださいということでは取り残される。
(インタビューは9月7日に実施)
トップ写真:ⓒJapan In-depth編集部
あわせて読みたい
この記事を書いた人
安倍宏行ジャーナリスト/元・フジテレビ報道局 解説委員
1955年東京生まれ。ジャーナリスト。慶応義塾大学経済学部、国際大学大学院卒。
1979年日産自動車入社。海外輸出・事業計画等。
1992年フジテレビ入社。総理官邸等政治経済キャップ、NY支局長、経済部長、ニュースジャパンキャスター、解説委員、BSフジプライムニュース解説キャスター。
2013年ウェブメディア“Japan in-depth”創刊。危機管理コンサルタント、ブランディングコンサルタント。