衆院選、国民は変化を選択しなかった
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2020#44」
2021年11月1-7日
【まとめ】
・結果的に国民が「変化」を選択しなかったことだけは間違いなかろう。
・メディアの予測が外れた最大の理由はコロナ禍でイライラしている有権者の心の襞を読み違えたこと。
・今回の選挙で日本の外交政策が変わる可能性は低く、むしろ気になるのは来年の参議院選挙。
あのメディアの熱狂は一体何だったのか。「自民党に逆風」とか、「自民単独過半数割れか」とか、様々な予測が飛び交ったが、結局は自民党と立憲民主党がそれぞれ15議席程度減らしただけ。維新が新たにその30議席程度を獲得したことが、全てを物語っているのだろう。選挙結果の詳細な分析はこれからだが、結果的に国民が「変化」を選択しなかったことだけは間違いなかろう。
実はこの原稿を書いている最中、米国の某団体の関係者とウェビナーで90分間、今回の選挙結果について英語で解説する機会があった。東海岸のニューヨークから西海岸のロスアンゼルスまで全米を結んだ非公開のウェビナーだったが、各地から鋭い質問が相次いだことには正直驚いている。
皆日本のことを結構関心を持って見ているのだなと思った。時代は変わったものである。
その際、説明に使ったスライドと解説の内容をご紹介しよう。
Japan’s 2021 Election : A Surprise?
• Did Japan’s media mislead the public?
• Did COVID-19 matter?
• Did the LDP win?
• A Generational change?
• Some important personnel change?
• Any change in foreign policy?
要するに、日本のメディアの予測が外れた最大の理由はコロナ禍でイライラしている有権者の心の襞を読み違えた、というか、心の変化に付いていけなかった、ということではないか。最初の悲観的予測は10月初旬、この頃はまだコロナ感染の恐れは高く、当然不満は自民党に向かったのだろう。報道各社の予測が自民党に悲観的となったのも当然だと思う。
ところが、投票日の一週間前あたりから、新規感染者数が激減し始め、状況が変わり始めた。一部には情報操作ではないかと勘繰る向きもあったかもしれないが、どうやらこの数字は事実らしい。そうであれば有権者の心理が、「まあ、自民党でも良いか」「お灸をすえるのは次回にしようか」となってもおかしくない。
仮に、今回は自民党以外に投票すると決めた向きも、「民主党系はちょっとね」ということで、改革系保守の「維新」に票が流れていったのだろう。つまり、今回の勝者は「維新だけ」ではなかったか。自民も立憲も「勝てなかった」のだが、結果的には自民党の勝利になった、ということに過ぎない。
与野党を問わず、一部有名なベテラン議員が複数落選したことで、「世代交代」を指摘する向きもあるが、そのような地殻変動を論じるにはデータがちょっと足りない。
▲写真 甘利明自民党幹事長(2021年10月31日) 出典:Photo by Behrouz Mehri – Pool/Getty Images
落選した議員の多くは「有権者の不満」を過小評価しただけ、要するに選挙を「甘く見た」結果であろう。いずれにせよ、今回の選挙で日本の外交政策が変わる可能性は低く、むしろ気になるのは来年の参議院選挙である・・・・・・。
米側参加者の関心はやはり中国だった。日本の本州を半周する中露海軍の共同訓練をどう思うかなど、かなりマニアックな質問も出て筆者も大変勉強になった。それにしても、昔なら、こんな会議を選挙の翌々日に英語でやるなんて、物理的にも、費用的にも、不可能に近かった。これもコロナ禍の副産物なのかもしれないが、時代は変わったものである。
〇アジア
来年3月の韓国大統領選挙でまた一人、中道系野党「国民の党」の安哲秀代表が立候補を表明した。革新系与党「共に民主党」は李在明・前京畿道知事、保守系最大野党「国民の力」は近く公認候補を決定し、別の革新系野党元代表も出馬を模索しているというが、従来の経験で言えば、今コメントするのは時期尚早ということだ。
〇欧州・ロシア
英国で地球温暖化問題を議論するCOP26が開かれ、岸田首相も参加する。誤解を恐れずに言えば、筆者の理解は、「地球がどの程度温暖化しているか」は本当は誰も知らないが、現在の国際政治は間違いなく「温暖化している」という前提で動いているということだ。そうであれば、その中で日本の国益を最大化するしかない。
〇中東
WSJによれば、米軍に訓練を受けたアフガニスタンの元情報部員や精鋭部隊メンバーの一部が、ターリバーンに敵対する「ホラサーン州のイスラム国(IS-K)」に加わっているそうだ。そりゃそうだろう、政権が変わっても利益を得るのはごく一部、残りの不満分子は敵になる、というのがアフガニスタンの実態だ。同国の安定は遠い。
〇南北アメリカ
ジェン・サキ報道官がコロナに感染したという。ホワイトハウスの報道官だから当然ワクチンは打っているはず、されば、彼女個人の管理が甘いのか、それともホワイトハウスの構造的問題なのか。大統領は大統領で「居眠り」報道もある。しっかりしてくれよ、バイデン政権!このところ評判が良くないのだから。
〇インド亜大陸
インドが「カーボンニュートラル」を達成するのは2070年だそうだ。中国が2060年だから、更に10年先か。もしかしたら、「温暖化問題」は開発途上大国を狙い撃ちするものなのかもしれない。今週はこのくらいにしておこう。
いつものとおり、この続きは来週のキャノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ写真:衆院選当選者の名前にバラをつける岸田首相と高市幹事長(2021年10月31日) 出典:Photo by Behrouz Mehri – Pool/Getty Images
あわせて読みたい
この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。