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.国際  投稿日:2021/11/15

マレーシア中期経済計画ようやく始動


中村悦二(フリージャーナリスト)

【まとめ】

・「第12次マレーシア計画」が1年越しに動き出した。

・マレー系と華人系の平均収入の格差はこの30年で4倍に拡大した。

・コロナ禍、トップ層の汚職により計画の先行きは不透明である。

 

マレーシアで経済開発に向けた「第12次マレーシア計画(2021-2025年=12MP」がやっと動き始めた。

8月に発足したイスマイル・サブリ政権にとって政策運営の指針となるもので、年平均4.5-5.5%のGDP(国内総生産)成長率を掲げ、コロナ禍からの脱却、国内の地域間格差の是正、最終年に高所得国入りなどを目指している。

今年はまた、資本所有・経営の不均衡是正へ、人口3270万人の70%を占めるマレー系の資本所有比率向上を目指す新経済政策(ブミプトラ政策)実施50周年でもある。

イスマイル・サブリ首相の基盤はムヒディン前政権と同様、14党の連立政権であり、イスマイル・サブリ政権は発足来、野党との協調路線を打ち出し、来春まで総選挙をしないことで合意している。

同首相は連立主力の統一マレー国民組織(UMNO)では、ナンバー3に過ぎないUMNOのアーマド・ザヒド総裁、ナジブ・ラザク元首相らは巨額の汚職事件で訴追されている。2018年の総選挙で勝利し92歳にして首相の座に返り咲いたマハティール氏は即座にナジブ氏のパスポートを没収したが、マレーシア高等裁判所は先月末、娘の出産に際しシンガポールに行ける臨時パスポートのナジブ氏への発給を許可している。コロナ禍の行方、複雑な政情などの下、12MPの先行きは不透明といえそうだ。

▲画像 マレーシアのイスマイル・サブリ首相(左)とインドネシアのジョコ・ウィドド大統領(右) 2021年11月11日 出典:イスマイル氏facebook

12MPは昨年8月の発表予定だったが、新型コロナウイルス感染症拡大(COVID-19パンデミック)に直面し、今年1月発表に延期され、さらに半年延期。実際に発表されたのは9月27日だった。

経済の再生、②国家安全保障やパンデミック対策などセキュリティーと福祉の強化、③サステナビリティー(持続的可能性)の発展をテーマとし、その推進へ将来を担う高度な人材育成、先進技術導入・技術革新へ研究開発の強化、コネクティビリティーおよび輸送インフラの進展、公共サービスの増強を図る。具体的な目標として、年平均4.5‐5.5%という高い経済成長達成(11MP期間中のGDP成長率は2.7%)のほか、最終年までに一人あたり国民総所得(GNI)で1万4842㌦達成、サバ州やサラワク州など貧困州に開発予算の半分を投入し世帯収入での首都圏との格差是正、温室効果ガスを2030年までに2005年比45%削減-などを掲げている。

産業面では、同国経済の輸出依存体質を反映し電子など製造業で年率平均5.7%成長を目指している。

12MPの開発投資は4000億リンギ(1リンギ=27.3円換算で約10兆9200億円、11MPでは2600億リンギ)。大型プロジェクトとしては、東海岸鉄道(2026年完成予定)、西海岸高速道路(2024年完成予定)、製造業などでのデジタル化推進や第4世代(4G)通信網カバー率100%達成および第5世代(5G)利用者数を都市部中心に900万人に-などがある。

株価はこの発表の翌日反応しなかった。エコノミストは、政府は2020年にGDP比6.2%にまで増えた財政赤字を、「2025年に同3.0‐3.5%までに削減」としていることから、12MP期間内に増税・新税創設がなされる、と予測している。

12MPは10月7日の国会で発声(異議の有無)で承認された。続いて、同政権は先月末に2022年予算案を下院に提出した。「1100件を超える覚書や5万件以上の提案を受理」(財務省)などと野党側の要望を反映した結果、歳出総額は2021年予算比3.6%増の3321億リンギ(約9兆663億円)と2年連続で過去最高となった。

政府は2022年に5.5‐6.5%成長を見込んでいるが、同予算での財政赤字はGDP比6%と高止まり。バラマキ政策による財政赤字の悪化を危惧する声は根強い。

マレーシア計画は、初代首相のラーマン政権時代の1966年から始まったが、1971年のアブドゥル・ラザク政権からは新経済政策(ブミプトラ政策)も開始された。これは、1969年5月の経済を支配する華人系に対するマレー系の暴動を受け、1990年までに資本所有の30%をブミプトラ(土地の子=地元民)であるマレー人らに帰属させようとする政策。

マハティール氏は1970年、マレー人の遺伝的特性を論じカンポン(村落)感覚だけで過ごしていると、都市部などの大半の土地は移住してきた華人系の手に落ちてしまうとマレー人に刻苦・勉励を説いた『マレー・ジレンマ』を出した。しばらく発禁本化されたが、同書はブミプトラ政策立案に影響を与えたとされる(同名の日本語版は、高田理吉訳、井村出版文化社1983年刊)。ちなみに、ナジブ元首相は、ラザク元首相の息子。ラザク元首相はマハティール氏の「政治の師」だ。

ブミプトラ政策開始時のマレー系の資本所有比率は2.7%。現在の同比率はまだ17.2%だ。25.5%は華人系などマレー系以外の少数派が占め、日本企業の同国進出などを反映し外国人所有が45.5%などとなっている。

イスマイル・サブリ首相は12MP発表時に、ブミプトラと華人系の平均収入の格差はこの30年で4倍に拡大した、と述べている。国会では、大型プロジェクトへのプリブミ企業の参画が少ない、と問題になることもある。一方、ブミプトラの取得プロジェクトを「売る」ケースも多いようだ。

マハティール元首相は「汚職は悪だ」とツイッターで力説するが、政府系ファンド「1MDB」絡みの巨額の汚職で訴追されているナジブ元首相はいまだに復権を目指しているとされる。

新型コロナの累積感染者数は11月12日段階で254万人、死者は3万人に迫っている。同日の感染者数は6517人とまだ多い。「2022年の5.5‐6.5%成長はとても無理」と見る向きは多い。マレーシアの模索は続きそうだ。

トップ画像:首都クアラルンプール市内 出典:Getty images/Muhammad Fakrul Bin Jamil




この記事を書いた人
中村悦二フリージャーナリスト

1971年3月東京外国語大学ヒンディー語科卒。同年4月日刊工業新聞社入社。編集局国際部、政経部などを経て、ロサンゼルス支局長、シンガポール支局長。経済企画庁(現内閣府)、外務省を担当。国連・世界食糧計画(WFP)日本事務所広報アドバイザー、月刊誌「原子力eye」編集長、同「工業材料」編集長などを歴任。共著に『マイクロソフトの真実』、『マルチメディアが教育を変える-米国情報産業の狙うもの』(いずれも日刊工業新聞社刊)


 

中村悦二

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