「1票の格差」こそが問題(中) 似て非なる日英「二大」政党制 その4
林信吾(作家・ジャーナリスト)
「林信吾の西方見聞録」
【まとめ】
・単純小選挙区制の下、政党が乱立する英国総選挙
・高支持率でも、議席獲得には至らない英国自民党
・「比例復活」の道を閉ざした英国と小選挙区・比例代表並立制を導入した日本
英国議会は保守党・労働党の二大政党制で成り立っているというのは、事実ありのままではない、と述べた。今回まずはこの点をもう少し具体的に見よう。
現在、かの国においては18歳以上の国民すべてに選挙権および下院の被選挙権が与えられる(上院=貴族院は非公選)。つまりは18歳で国会議員になることも可能な上、供託金もわずか500ポンドである。この原稿を書いている11月中旬の時点で、1ポンド=153円くらいなので、7万6500円程度。得票率が5%に満たないと没収されるが、今時アルバイト学生でも用意できそうな金額だ。
このため、総選挙に際しては40以上もの政党が候補者を立てることが珍しくない。
極右のナショナルフロントから極左のレッドフロントまで、いや、そればかりかUFOから地球を守る党(どこかで聞いたような笑)、ジョン・レノン記念党(一応、世界平和実現を綱領に掲げていると聞く)まで、乱立どころか、もはや無政府状態と呼びたくなるほどだ。
もちろん当選するのはごく一部で、下院に議席を持つ政党の数は全部で10。以前「両手の指に余るほど」と述べたことがあるが、これは無所属議員(4名)を保守系・左派系それぞれにカウントしてしまった筆者のミスによるものでした。お詫びして訂正します。
二大政党を別にすると、最も大きな勢力を持つのはスコットランド国民党で44議席。スコットランド独立を唱え続け、2014年には独立の是非を問う住民投票を実施するまでになったが、僅差で残留派に敗れている。
ウェールズにも独立派議員がいて、プライド・カムリを名乗り3議席持っている。
ただ、上記ふたつの独立派政党は、民族主義と同時に社会民主主義的な路線を採用しており、議会内勢力としては労働党と歩調を合わせることが多かった。このこともまた、英国は二大政党制、という認識が定着する一因であったと見て間違いないだろう。
これまた単純小選挙区制のなせるわざで、選挙区によっては2万そこそこの得票でも当選することがあるので、地域に根強い支持基盤を持つ党が、どうしても有利になる。
逆に言えば、全国にまんべんなく支持者がいる、といった政党にとっては不利で、得票数と議席数がまるで一致しない、という結果になってしまう。
読者ご賢察の通り、これでは民意を正確に反映し得ない、という論理でもって、比例代表制の導入を求める声も以前からある。
その急先鋒が、自由民主党。
日本の自由民主党も1955年に、当時の自由党と民主党が合同して(世に言う保守合同)誕生したが、英国のそれも似たような経緯で生まれている。
▲写真 英国自由民主党秋の党大会で演説を行う党首のエド・デービー(2021年9月19日、ロンドン) 出典:Photo by Chris J Ratcliffe/Getty Images
1970年代後半、当時の労働党内で左派および極左の発言力が強まる一方であったことに業を煮やした右派の議員が、1981年に社会民主党を旗揚げした。その後1987年に旧自由党系と大同団結して自由民主党となったのである。
我が国のマスメディアでは、自国の自民党とまぎらわしいせいか「連合(党)」と呼ばれることも多かったが、最近は自民党の名称が定着しつつある。
それはさておき、この(英国の)自民党は、その成立経緯からも容易に推察できるように、多くの選挙地盤が保守党とかぶっている上、その反共リベラルという政治路線は、教育程度の高い中間層に支持される傾向があるので、支持層が全国に分散している。
この結果、全国レベルの支持率では20%を超えることがよくあるのに、議席の方は20も取れない、ということになってしまう。2019年の総選挙に際しては、EU残留派の中心的枠割りを演じながら、11議席にとどまった。
こうした現実もあって、前述のように比例代表制の導入を求める声は前々からあり、2011年には「優先順位付き連記投票制」導入の是非を問う国民投票も実施された。
比例代表制そのものではないが、各選挙区において、得票数2位以下の候補者にもチャンスを与えるという意味で、我が国の「選挙区・比例連記」の制度と似た役割を果たすと思えば、そう大きな間違いにはならないだろう。
結果は、反対が70%以上。
保守党が強硬に反対した上、労働党も積極的に支持しなかったこと、その以前に伝統的なやり方を変えることを好まない英国人気質、という要素も間違いなくあったが、導入派が、「単純小選挙区制では、膨大な市に票が出て民意が正確に反映されない」
と連呼しても、
「地域特有の政治的利害や、候補者と有権者の密接な交流といった要素も加味されてこそ、真の民意と言えるのではないか」
という考え方が、英国の有権者の間に浸透しており、それを変えることができなかった、ということだろう。そう考えなければ、これほどの大差は説明がつかない。
以上を要するに、英国が単純小選挙区制を維持し、日本のような「比例復活」の道を閉ざしたことは、我が国の選挙制度について考える場合には、さほど参考にならないのだ。
長々と述べておいて結論はそれか、とのお叱りは甘受するが、我が国の選挙制度は、伝統に根ざしたものとは到底言いがたく、その意味では「民意」に照らしても改正のハードルはさほど高くないはずだ、ということは強調しておきたい。
ある年代以上の読者はご存じであろうが、我が国では、長きにわたって中選挙区制が採用されていた。
選挙区の人口に応じて3ないし5人の当選者を出すというもので、人口の移動などにより、1986年には公職選挙法が改正され、例外的に6人区や2人区ができた経緯もある。
現行の小選挙区・比例代表並立制は、1996年に採用されたものだ。
私に言わせれば、採用の経緯自体に、いささか問題があった。
これまた一定の年代以上の読者はご記憶のことと思われるが、中選挙区制にあっては、自民党が特にそうであったが、派閥の異なる複数の候補者が立ち、票の奪い合いの結果として金銭の授受など選挙の腐敗、時と場合では「同士討ち・共倒れ」という現象が起きた。
こうした弊害をなくそう、ということで採用されたのが現行制度であるわけだが、今となっては、有権者よりも大政党のメリットが優先されたとしか考えようがない。
では、どうすればよいか。その考察には(下)で取り組むこととさせていただきたい。
トップ写真:英セノタフでの国家主催の追悼式に出席する4政党の党首(左から、英国自由民主党首エド・デービー、労働党首キア・スターマー、スコットランド国民党(SNP)党首イアン・ブラックフォード、保守党首兼英国首相ボリスジョンソン)(2021年11月14日、ロンドン) 出典:Photo by Justin Tallis – WPA Pool/Getty Images
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この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト
1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。