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.政治  投稿日:2021/11/16

風を「読み違えた」マスメディア(下)似て非なる日英「二大」政党制 その2


林信吾(作家・ジャーナリスト)

「林信吾の西方見聞録」

【まとめ】

・立憲にとって最大の誤算は、野党共闘の効果が限定的だったこと。

・選挙における「風」は、日本だけでなく英国にも見られる現象。

・英国の「二大」政党制の背後には、英国の選挙制度が深く関わっている。

 

前回も少し触れたが、今次の総選挙では、マスメディアの予測が軒並み外れた。

まず自民党について、公示前276議席であったものが、230台にまで減る、との予測が支配的であった。単独過半数(233議席)は確保できないのではないか、と。

NHKだけは「最悪212議席、最善の結果なら253議席で過半数確保」と幅を持たせていたのだが、こうした調査結果で数字にばらつきが出るのは毎度のことで、これも前回述べた通りだ。

一方、立憲民主党については、公示前109議席のところ、110ないし130議席まで上積みするであろうと予測された。やはりNHKだけは「99~141議席」と幅を持たせていたが。

いずれにせよ結果はご案内の通りで、自民党は公示前より減ったとは言え261議席で単独過半数を確保。一方の立憲民主党(以下、立憲)は上積みどころか公示前を下回る96議席にとどまった。いずれもNHKが配信したデータだが、一読してお分かりのように、事前に「最善の結果」とされた予測議席数をも上回っていた。

これもすでに大きく報じられたことだが、直前の25日になって、朝日新聞が「自民が単独過半数か」との予測を掲げ、結果的には、これが「至近弾」となったわけだ。

私は前回、新型コロナ禍による緊急事態宣言の解除と、今次の総選挙における有権者の帳票行動が無関係とは考えにくい、との見方を開陳したが、その根拠の一つとして、まさにその当日、朝日新聞がAIを駆使した最新の調査結果に基づくと銘打って、他社とも以前の自社とも異なる予測を掲げたことが挙げられる。もちろん、単なる偶然だろう、と決めつけられたなら、そこで終わってしまう話ではあるのだが。

しかし、私はこうも述べた。コロナの問題だけで今次の総選挙の結果を語れると思うのは愚かなことである、と。

今更ながらだが、立憲にとって最大の誤算は、共産党・れいわ新選組との選挙協力が、限定的な効果を上げるにとどまったことだろう。マスメディアにせよ、この野党共闘を過大評価していた面は、確実にあったと思う。

▲写真 市民連合を交えた選挙協力に合意した野党4党の党首(2021年9月8日) 出典:立憲民主党

個別具体的な候補者の当落などは報道に譲るとして、私が今回テーマとして取り上げたかったのは、このように選挙において風が吹くとか吹かないとか、あるいはメディアが風を読み違えるといった現象は、果たして日本独特のものなのか、ということである。

結論から先に言えば、そのようなことはない。

私は『これが英国労働党だ』『英国議会政治に学べ』(いずれも新潮選書)という本を書いており、近代英国政治に関しては相当よく調べてきたと自負しているが、かの国では、選挙前の世論調査とは裏腹の結果が出ることなど、少しも珍しくない。

これはどういうことかと言うと、英国でも、当日の気分次第で最終的な投票行動を決める、といった有権者が相当数いる上に、とりわけ保守党にあっては、

「今度は危ない。負けそうだ」

という、いわば逆宣伝をすることで選挙運動の現場を引き締める、という手法が伝統的に用いられているという理由が指摘できる。

たとえば直近、具体的には2019年の総選挙だが、直前まで

「保守党の過半数確保は微妙な情勢」

であると報じられていた。この時はEU離脱の是非を問う、という明確な争点があったわけだが、これに先立つこと3年、2016年に実施された国民投票において、離脱派が勝ちを博していたのだが、僅差も僅差、(離脱)賛成51%、反対49%だったのである。

しかし結果は、保守党の圧勝。

▲写真 2019年英総選挙で自身の保守党が勝利したことを受け、会見に臨んだボリス・ジョンソン首相(2019年12月13日) 出典:Photo by Chris J Ratcliffe/Getty Images

私自身、この連載で述べたが、ジョンソン首相は速やかな離脱を掲げ、強いリーダーシップの持ち主であると印象づけるのに成功したが、対する労働党のコービン党首は、あろうことか、再度の国民投票などという「灰色決着」を掲げたのである。

これにはEU残留を訴える勢力までが失望し、自由民主党(英国にもある)や緑の党など、もともと親EUの立場をとっていた政党の候補者に票を集中するように呼びかけた。

我が国では英国の議会政治について「保守党・労働党の二大政党制」ということが言われるが、これは事実ありのままではない。両手の指でも数え切れないほどの政党が議席を持っているし、総選挙の都度40あまりの政党が候補者を立てている。

それではなぜ、二大政党制と広く信じられるようになったのか。これについては、選挙制度が大きく関わっているので、英国の自由民主党の問題も含めて、次回できるだけ詳しく観て行きたいと思う。

我が国の総選挙に話を戻して、自公政権に対する批判は根強く、かつ広範囲にあったのだが、そうした批判票の受け皿となったのが、立憲・共産ではなく日本維新の会(以下、維新)であったわけだ。なにしろ公示前の11議席から41議席にまで「爆増」した。

この数字だけを見て、憲法改正を強く求めるなど「自民党の右に立つ野党」が。あらためて存在感を示したと評価する向きもあるようだが、2012年のいわゆるブームの中で得た54議席には及ばず、得票集は20万ほども減らしたということは、見ておく必要があるだろう。

別に維新にケチをつけたくてこのようなことを述べるのではなく、データを冷静に見る限り、

「維新の勝利と断じるのは早計で、むしろ立憲・共産の自滅ではないか」

と思えてならないからである。

たとえば、共産党は選挙前に、立憲が政権を取ったら閣外協力して支え、その場合、

「自衛隊解体・日米安保条約破棄」

という方針は「凍結する」とまで言った。それでは今までの主張はなんだったのか、ということになるのは理の当然である。

TVの討論番組で、共産党の女性議員からこの発言を引き出したのが、維新の生みの親である橋下徹氏であったのは、なんとも皮肉な話だとも思えるが。

しかしそれならば……と新たな疑念を抱かれた読者もおられよう。

どうして英国では二大政党の間で割合頻繁に政権交代が起きてきたのに、日本ではそうしたことがなかったのか、と。

それはシリーズのテーマそのものなどで、順を追って見ることとさせていただきたい。

(その3に続く。その1

トップ写真:2019年の英総選挙で、EUからの離脱を訴えたボリス・ジョンソン首相(2019年11月6日) 出典:Photo by Christopher Furlong/Getty Images




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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