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.国際  投稿日:2022/1/15

アフガン人道危機への国連対応


植木安弘(上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科教授)

「植木安弘のグローバルイシュー考察」

【まとめ】

・国連とNGO、アフガニスタンの人道危機対応で50億ドルに上る緊急人道支援アピール発出。

・去年12月安保理は、人道目的のための支援に際しては制裁対象への資金の流入は最小限にするという条件の下、資金の流入を許可することを認めた。

・昨年のタリバンの政権奪回とその後の混乱の中でも、国連の人道支援職員はアフガニスタンに残り、人道支援を継続してきている。

 

国連と人道支援NGO団体は、1月11日、一段と深刻になるアフガニスタンの人道危機に対応するため、50億ドルに上る緊急人道支援アピールを発出した。

このうち44億ドルがアフガニスタンで支援を必要としている2200万人に当てられ、残りは周辺5ヵ国にいる570万人のアフガン人やホスト・コミュニティへの支援などに使われる。国民の半数以上が人道支援を必要としており、2300万人が食料難で飢えに苦しんでいるとされている。

アフガニスタンにおける人道危機は、昨年8月のタリバンの政権掌握以前も継続する内戦や深刻な旱魃などで国際社会の人道支援を必要としていたが、タリバンの政権掌握後は、政治的な混乱に加えて政府の資金が枯渇し、旧政権下の中央政府や地方自治体の職員がタリバンによる報復を恐れて国外などに逃れたため、政府機能や行財政が破綻したことにもよる。

政府の資金は、そのほとんどが米国の財務省に保管され運用されていたが、タリバンはテロ組織として認定されていたため、米国はタリバンに対してアフガニスタン政府の資金を凍結させた。その額は95億ドルと言われ、タリバン政権は財政的に苦境に追い込まれることになった。

米国や西側諸国は、タリバンをアフガニスタンの正統政府として承認しておらず、特に女性の政治的社会的権利の剥奪や女児の教育を初等教育以外は認めないなど、1990年代にアフガニスタンを統治していた時代の旧女性政策を基本的に踏襲した形となっており、西側諸国の反発を買っていることがある。

タリバンの政権掌握後、人道危機が大規模に拡大したもう一つの理由が、1988年以来継続しているタリバンに対する国連の経済制裁措置だ。この制裁は、同年にアルカーイダによるタンザニアとケニアの米大使館に対する自爆テロ事件を契機として、当時アルカーイダを匿っていたタリバン政府に対して、米国主導の下に国連の安全保障理事会(安保理)が経済制裁を課し、タリバンの指導者や関係団体がその対象となった。

タリバンが政権を奪還してもこの制裁措置は健在だったため、テロ組織と認定されているタリバンを利することは、人道支援目的でも制裁措置に触れる可能性があったため、人道支援活動に大きな支障となっていた。

国連の経済制裁措置では通常人道的支援は制裁の対象外とされるが、人道支援を支えるには食料や医療品の調達や現地職員への給料の支払いなど資金の流入が必要となる。しかし、資金の流入は、それを管理する制裁対象の国家や政治指導者などを利するため、制裁違反を恐れて滞ってしまうことが多々ある。アフガニスタンも例外ではなく、アフガン人道危機は、国連をはじめ、人道支援に当たってきた多くのNGOや報道機関などによってもその深刻さが報告されてきた。

▲写真 カブール市内をパトロールするタリバン兵士。(アフガニスタン・カブール、2021年9月21日) 出典:Photo by Marco Di Lauro/Getty Images

この状況を打開するために、米国は、昨年末安保理において制裁措置に一定の例外規定を設ける決議案を提出した。そして、12月22日安保理は決議第2615号を採択して、人道目的のための支援に際しては制裁対象への資金の流入は最小限にするという条件の下、資金の流入を許可することを認めた。

これを受け、米国の財務省は、人道目的であればテロ組織認定を受けているタリバンとハッカ二・ネットワークの関係者が絡んだ金融取引を一定程度認め、緊急支援活動の範囲を広げ、タリバンとの接触のレベルを引き上げ、タリバンが人道支援に対して一定額の税金を徴収することも認める新たな「一般ライセンス(general license)」を発行した。この安保理決議によって、国連や150に及ぶ援助団体のアフガニスタンでの活動が促進されることになった。

この安保理決議は全会一致で採択されたが、当初米国は、人道支援のみならず一定の復興支援のための財政支援もケースバイケースで認めようとした。しかし、中国が、米国の凍結資産の全面解除とアフガン政府への返還、並びにタリバン政権への制裁措置の再考や復興・再建のための資金援助を求めたため、安保理決議は人道支援を促進するだけのものとなった。

この決議では、国連の緊急支援調整官に人道支援の進捗状況を6ヵ月毎に報告する義務と、受益者への支援状況並びに対象外への資金の流用についての報告義務が課された。また、この特例措置は1年後にレビューの対象とした。このような義務やレビューは人道支援をさらに阻害するとして中国は批判したが、経済制裁が解除されない状況の中での例外措置を認めることになったため、決議を阻止するまでにはいかなかった。

アフガニスタンの人道危機は、その規模の大きさ、タリバン政権の不承認、経済制裁の継続、女性の権利の剥奪など多くの難題を含んでいるため、直ぐに解消される状況ではないが、厳冬の中で苦しんでいる人達への人道支援は、継続・拡大されなければならない。

昨年のタリバンの政権奪回とその後の混乱の中でも、国連の人道支援職員はアフガニスタンに残り、人道支援を継続してきている。国連の一つの大きな貢献は、まさにこのような人道支援とその調整にあることを忘れてはいけない。

トップ写真:世界食糧計画の特別栄養食品の配布サイトに集まる、急性栄養失調の妊娠中および授乳中の母親と中等度の急性栄養失調の6〜59か月の子供ら (2021年9月29日、アフガニスタン・ヘラット郊外) 出典:Photo by Marco Di Lauro/Getty Images




この記事を書いた人
植木安弘上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科教授

国連広報官、イラク国連大量破壊兵器査察団バグダッド報道官、東ティモール国連派遣団政務官兼副報道官などを歴任。主な著書に「国際連合ーその役割と機能」(日本評論社 2018年)など。

植木安弘

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