ペントアップ需要いよいよ現実のものになるか「2022年を占う!」内外経済
神津多可思(公益社団法人 日本証券アナリスト協会専務理事)
「神津多可思の金融経済を読む」
【まとめ】
・今年こそ、いよいよこれまで抑圧されていた需要(ペントアップ需要)が出ると期待されている。
・2022年の内外経済の見通しは、ペントアップ需要がいよいよ現実のものとなり、2021年より高い成長を遂げるというもの。
・そうした中、先進国の金融引き締め政策や、エネルギー価格の上昇、中国の動向、米中の政治イベントなどが懸念材料。
日本経済を表現する時、「ダイナミックな変動」などという言葉を使わなくなって久しい。そういう日本経済だから、2022年にどうなるかを数字で表現しても、すごく間違えることもない代わりに、占いとしては面白みがなくなりがちだ。特にこのコロナ禍の下では、感染がどうなるか次第なので、経済の本来のメカニズムだけで占うこともできない。2022年もまたそういう年になりそうだ。
■ いよいよ抑圧された需要が出る?
本当は実現するはずの需要が何らかの理由で抑圧されているものを、「ペントアップ(pent-up)需要」と言う。これまでのコロナ禍対応で数々の経済対策が打たれてきたが、その効果も100%出ている訳ではない。消費者があまり移動できなかったのであるから、それも仕方がない。
オミクロン株による感染次第という面もあるが、今年こそは、いよいよこれまでの抑圧されていた需要が出ると期待されている。もっとも、2021年も、最初はもっと急速な回復を予想する向きが多かった。それがずるずると先延ばしになってここまで来ている。それが、いよいよということで、新年度予算の前提となる政府の経済見通しでも、2022年度の実質経済成長の見通しは+ 3.2%と、2021年度の見込み(+ 2.6%)より高い。
しかし、厚生労働省が毎日発表している感染関係の数字をみていると、「前日からのPCR検査陽性者数増÷前日からの検査実施人数増」で計算した限界的な感染比率は、このところ急速に上昇し、かなりの高水準となっている。重症者数がその割に増加していないところがせめてもの救いだ。入院をしなくてはならない人の急増で、医療従事者の方々は再び多忙を極めている。そうした下で、ペントアップ需要の解放も後ずれしてしまうだろう。
■ インフレはどうなるか?
新規感染者数は世界で拡大しているが、そうした中にあっても、インフレ率は過去長い間みなかったほど高まっている。このインフレの背景については、海外で日本より早く現実のものとなったペントアップ需要に対し、供給面が追い付けないからだという説明もなされている。
コロナ禍で寸断されたサプライチェーンがなかなか元に戻らない。特に米国では、コロナ禍で解雇された人達が、雇用機会があってもかつてのように求職をしなくなっているようだ。いわゆる労働参加率の低下だ。その本当の理由はまだ良く分からない。それが構造的なものだとすると、現在のインフレは賃金上昇に結び付き、さらなるインフレを招く。
そうしたインフレのメカニズムの加速を避けるため、先進国の金融政策は、引き締め方向へと一斉に舵を切っている。それによって長期金利が上昇し過ぎると、今度はこの面から景気回復の頭が押さえられる。株式市場は既にそうしたことも意識しているようだ。
さらに、現在のエネルギー価格の上昇には、2050年のネットゼロカーボンに向け、石炭火力による発電が抑制されていることが効いている。これも構造的要因だ。インフレの動向は、ペントアップ需要についての「いよいよ」が、現実のものとなるかどうかを左右する。
▲写真 トルコリラが対ドルで下落したため、ガソリン価格が上昇し、値上げ前夜、ガソリンスタンドに給油しようとして来た車の行列。(トルコ・イスタンブール、2021年12月18日) 出典:Photo by Cem Tekkesinoglu/ dia images via Getty Images
もう一つ世界景気に不安材料があるとすれば、中国の動向だろう。不動産バブルとも言われているが、それが大きな調整局面に入り、中国経済がさらに減速すれば、日本もその影響からは逃れられない。中国は、日本のバブル崩壊の過程を隈なく研究したと言われている。典型的な失敗例とされるのは何とも居心地の悪いが、それを踏まえ上手な経済運営をしてくれれば今の日本にとってはかえってありがたい。
■ 2022年は米中にとって政治的に大事な年
2022年の内外経済の見通しの基本型は、ペントアップ需要がいよいよ現実のものとなり、2021年より高い成長を遂げるというものだが、このように、なかなか心配な点もある。他方で、政治面では11月に米国で中間選挙が予定されている。秋には中国でも共産党大会がある。いずれも両国の政権にとって重大なイベントだ。それだけに、経済運営に失敗できないと強く意識しているだろう。したがって、おかしなことが起こりそうになったら、全力でそれを食い止めるだろうから、経済面でとても悪いことが起こるとまでは警戒しなくても良いかもしれない。
2022年は、十干十二支で言うと壬寅(みずのえとら)。壬は妊に通じ、新しい命の胎動を表すようだ。また寅は、虫偏に寅と書くとミミズのことらしく、これもやはり地中の胎動を思わせる。中国数千年の歴史から来る知恵が、21世紀のグローバル経済にどこまで通用するか定かではないが、変化の期待を持っても良さそうである。100年前のスペイン風邪の流行も3年で終わったことだし、2022年が「いよいよ」の年になると期待したい。
トップ写真:オミクロン株感染拡大によるサプライチェーンの混乱で肉が品薄になっているスーパーマーケットの陳列棚。(フロリダ州マイアミ、2022年1月11日) 出典:Photo by Joe Raedle/Getty Images
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この記事を書いた人
神津多可思日本証券アナリスト協会認定アナリスト
東京大学経済学部卒業。埼玉大学大学院博士課程後期修了、博士(経済学)。日本証券アナリスト協会認定アナリスト
1980年、日本銀行入行。営業局市場課長、調査統計局経済調査課長、考査局考査課長、金融融機構局審議役(国際関係)、バーゼル銀行監督委員会メンバー等を経て、2020年、リコー経済社会研究所主席研究員、2016年、(株)リコー執行役員、リコー経済社会研究所所長、2020年、同フェロー、リスクマネジメント・内部統制・法務担当、リコー経済社会研究所所長、2021年、公益社団法人日本証券アナリスト協会専務理事、現在に至る。
関西大学ソシオネットワーク戦略研究機構非常勤研究員、オーストラリア国立大学豪日研究センター研究員。ソシオフューチャー株式会社社外取締役、トランス・パシフィック・グループ株式会社顧問。主な著書、「『デフレ論』の誤謬」(2018年)、「日本経済 成長志向の誤謬」(2022年)、いずれも日本経済新聞出版社。