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.国際  投稿日:2022/2/8

駆け引きが続くウクライナ問題


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2022#06」

2022年2月7-13日

【まとめ】
・ウクライナ問題勃発から2か月。ロシアとNATO諸国で激しい駆け引きが続く。

・ポーランドを筆頭に、東欧諸国でも危機感が高まっている。

・米情報機関や政府高官はしきりに「早期のロシア軍侵攻とキエフ陥落」の可能性を喧伝。米の「宣伝戦」か「正確な情報」か。

 

 ロシア軍が「ウクライナ国境周辺に集結し始めた」と報じられてから、早くも2カ月が過ぎた。12月1日に米国務長官が「ロシアがウクライナに重大な攻撃的活動を計画している証拠がある」「プーチン大統領が侵略を決定したかどうかは不明だが、侵略には重い代償を支払わせる用意がある」と記者会見で指摘したのが始まり、と記憶する。

 プーチンは本当にウクライナ侵攻に踏み切るのか?「必ず侵攻する」説は少数派だろうが、それ以外にも、これまで内外メディアでは「侵攻の可能性は高い」「NATO側の対応次第では侵攻する」、いや「侵攻はあり得ない」、「単なる陽動作戦だ」等々、数え切れないほどの相反する見解・予測が表明されている。

 筆者はロシアの専門家ではないので、断定的予測をせずとも許されるかもしれぬ。だが、ロシア東欧の専門家の方々は今頃大変だろうな、とつくづく思う。炎上を防ぐ最も賢い方法は、「それは私には分からない。プーチン大統領に聞いて欲しい。しかし、プーチン自身も未だ決めていないのではないか?」というものだが、如何だろうか?

 原稿執筆中に露大統領と仏大統領がモスクワで会談後に共同記者会見を行い、プーチン大統領が「会談は、有益だった」「事態打開に向け、マクロン大統領から示されたいくつかの提案は実現可能と考える」と述べたと報じられた。他方、独新首相は現在訪米中で、ロシアとNATO諸国の間で虚々実々の駆け引きが続いている。

 米露が米露なら、仏独も仏独だろうが、ここで欠けているのが東欧諸国の視点だ。今回は時間の関係で詳細を書くことは出来ないが、東欧、例えば、今回のウクライナ危機で最も危機感を募らせているのがポーランドだ。同国の専門家のインタビュー記事は非常に参考になった。ご関心ある向きは、英語だがこちらをお読み頂きたい。

 それにしても、最近米情報機関や政府高官はしきりに「早期のロシア軍侵攻とキエフ陥落」の可能性を喧伝している。これはバイデン政権一流の「宣伝戦」か、それとも「正確な情報」なのか。これら様々な情報は、「侵攻などあり得ない」と言い切った専門家たちの見解も含め、数週間後には、きっちりと、検証させてもらおうか。

 一方、東アジアでは北京冬季オリンピックが始まった。日本人選手には申し訳ないが、今回筆者はどうも気乗りがしない。これほど開催前から「ミソの付いた」五輪大会はなかっただろう。しかも、競技会場に雪がない。人工雪を降らすどころか、人工雪を大量生産し固めた会場が多いと聞く。一体、どこが「夏冬五輪開催」都市なのか。

 開幕前の日本マスコミの最大関心事の一つが、開会式の聖火最終ランナーにテニスの彭帥選手が起用される可能性だった。でも、それはないだろう。せっかく世界が忘れ始めたのに。彼女を再び世に出せば、世界のマスコミがまた騒ぎ出すだけだからだ。案の定、最終ランナーはウイグル族の女性だったが、これも実に姑息だ。

 中国といえば、最近、在米中国人・楊建利の興味深い講演集に目を通す機会があった。楊建利は日本より、米国の方で有名だ。楊は中国人権活動家で、1963年中国山東省生まれ。北京師範大数学系卒業、カリフォルニア州立大バークレー数学博士号、ハーバード大政治経済学博士号を取得した、秀才中の秀才である。


写真)アメリカで記者会見に臨む楊建利氏(2007年8月21日)
出典)Photo by Alex Wong/Getty Images

 89年の天安門事件時に帰国し民主化運動を支援して当局にマークされ、98年から米国で民主活動を本格化。2002年、秘密裏に帰国し中国国内の労働運動を視察して逮捕、スパイ罪・不法入国罪に問われ、懲役5年の実刑判決を受け服役。07年釈放、国外追放となるが、同年末米国で民主化運動を再開、今も講演を続けている。

 その楊建利が過去20年間に行った様々な発言を集めたのが、今回目を通した「中国を変えよう: アメリカ議会を動かした証言」なる本だ。楊の民主主義、人権、天安門事件などに関する発言は、今の中国では決して聞けないものばかり。詳細は今週の産経新聞コラムに書いたが、ご関心があれば、同講演集をご一読願いたい。

〇アジア

北京五輪では、コロナ感染で隔離された選手たちから、施設での食事のひどさや隔離条件の不透明さを批判する声が上がっているそうだ。具体的には、食事の量が足りず、まともに食べられるものがない、隔離条件も不透明だという。おいおい、何の文句があるのか。ここは「ゼロコロナ」の国だぞ。感染者には人権などないのだから。

〇欧州・ロシア

  北京五輪の初日、早速オランダ人TV記者の生中継が中国側当局により物理的に妨害される事件が起きた。今大会でメディア関係者の行動範囲は制限されているそうだが、詳細は不明。同記者は「ここ数週間、何度か警察から妨害されたり止められたりした」ことがあると述べているが、そこは北京、「これが最後の妨害」の筈はない。

〇中東

 2日夜、米軍部隊がシリア北西部で対テロ急襲作戦を実施し、「イスラム国」最高指導者を殺害したそうだ。ヘリコプターで現場に到着した米軍特殊部隊は民間人に退避を呼び掛け、その後、同最高指導者の自爆で子供と女性を含む家族が巻き添えになったという。ビンラーデイン殺害作戦を思い出すが、米特殊部隊の作戦は続くだろう。

〇南北アメリカ

 ペンス前副大統領が、選挙結果を覆す権限がペンス氏にあったと主張するトランプ前大統領は「間違っている」と述べたそうだ。ペンスは共和党良識派の支持を狙うのだろうが、共和党を「乗っ取った」トランプを正面から批判して大丈夫か。良識派の逆襲の始まりなのか、それとも負け犬の遠吠えなのか。全ては11月に判明する。

〇インド亜大陸

 特記事項なし。

今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

 

トップ写真)モスクワで会談に臨むプーチン大統領とマクロン大統領(2022年2月7日)
出典)ロシア大統領府




この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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